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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【小田原清音】2★

「やめて!」


 突如襲いかかってきたカラスが清音のリュックを咥えて翼をはためかせると、小さな体は呆気なく宙ぶらりんになってしまう。

 娘を守ろうと手を伸ばす清代を見て、カラスがくちばしの下で低く笑う。それは中年の男の声だった。清音の知らない大人の声だ。それが怖くて、清音が母へと手を伸ばす。


「お母ちゃあん! 怖いっ! 怖いよお!」


 パニックになって清音が泣き叫んだ、その時だった。清代の頭上で白い羽根が舞う。芋けんぴを口にくわえた白い天狗がカラスを斬り裂いた。両手をばたつかせる清音を片腕で抱きとめたその天狗は双子の片割れ、ヒスイだ。


「きぃ様に触るなっつってんだ」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった清音は目を丸くして、何が起きたのか分からずに瞬きを繰り返す。ヒスイは清音をしっかり片手で抱いて刀を持ち替えた。同様に、清代までも襲おうとした白カラスを斬り捨てたオオルリも参戦する。斬り捨てられたカラスは黒い炎に変わって地面に落ちる前に燃え尽きた。


「きぃ様と奥様はこのオオルリが守りますよッ!」

「お前じゃ無理だし」

「空気読めやテメェ!」


 二羽の天狗は口喧嘩をしながら自前の刀を使ってカラスを斬り捨てていく。それらは全て、斬られると黒い炎に変貌して消えてしまう。

 地上に下ろされた清音はすぐに清代へ駆け寄って抱きついた。清代は娘の体に怪我がないか心配そうに確認している。


「ほら、奥様は良い人だし」


 そう言ったのはヒスイだった。


「きぃ様のことが世界一大好きだから心配なんだし」

「しんぱい……?」


 清音が聞き返すと、ヒスイは瞬きで返事をする。


「オレもきぃ様が大好きだから」


 そう言ったヒスイが少し笑ったように見えて、清音は驚いたように目を瞬く。


「清音、牛蒡さん……ごめんね……」


 ぎゅ、と幼い娘を抱きしめて清代が涙を流す。ヒスイとオオルリは顔を見合わせると、清代に手を貸して下山を手伝うのだった。

 牛蒡のためを想うなら、清代を説得して牛蒡の元に戻すよう尽力するべきなのだが、彼らは真逆だった。もちろん、母娘を襲った白カラスについて師に報告する義務がある。


 清代に車の手配をして道案内をしているオオルリを尻目に、ヒスイはいつもと変わらないぼんやりとした顔をして窓越しの清音を見つめる。


「まだ泣いてるし。ウケるし」

「泣いてへんもん……ヒスイお兄ちゃん意地悪や」


 清音が鼻を赤くして目尻を拭う。そんな一挙一動を見つめるヒスイに、清音は聞こえるか聞こえないか分からないほどの小さな声で言った。


「また、会える?」


挿絵(By みてみん)


 車窓を白く曇らせて清音が問いかける。ヒスイはその曇った部分に指で触れると、清音の頬を撫でるような仕草をした。


「きぃ様が望むなら」


 ヒスイは特に顔色も変えずに答える。けれど、その声はいつもよりずっと優しかった。彼らの手引きによって下山し正式に離婚をした清代は、何回か引っ越しを繰り返して東京の上結に二人で暮らし始めた。もう妖怪と関わるなとは言われなかったが、清音は母のために妖怪とは離れて生きようと誓った。母がどうして妖怪を遠ざけようとするのか、すぐに理解したから。


 仙北屋一族は東方と並ぶ名家だった。当初、清代は仙北屋に嫁ぐ予定だったのだそうだ。しかし小田原牛蒡と一緒になったことで、仙北屋家の当主は酷く小田原牛蒡を憎んだ。あの手この手を使って嫌がらせをする仙北屋に対し、清代は妖怪や夫を遠ざけることで家族を守っていた。怨み屋の呪いは厄介だと彼女は良く知っていたから。

 しかし仙北屋の歪んだ(のろい)は、牛蒡と陰陽師の世界から離れた清代をどこまでも追ってくる。日に日に衰弱していく清代を前に、幼い清音に出来ることはなかった。


 やがて、清代は呪いの前に倒れてしまう。幼い清音を引き取ったのは仙北屋だった。清代の治療費を払い続ける代わりに清音を養子になるのが仙北屋の望みだったのだ。清音は、陰陽師になるため厳しい修行を受けた。真冬の雪山に放置されて死にかけたこともある。それもまた、仙北屋の歪んだ愛だった。


 年月が経つ事に清代はどんどん弱っていく。自力で呼吸が出来ないほど弱ってしまった母の命を繋ぐため、清音には更なる手柄が必要だった。古御門家のために働けば金が手に入ると聞きつけた清音は、母のために彼らに従うしかなかったのだ。

 父に頼れば、自分の手を汚さずに母を救う方法が見つかったかもしれない。けれど、母を追い詰めてしまったのは自分だという後悔はいつまでも清音の中にあった。幼い日に天狗の山で母を拒絶した時のことが、脳裏に蘇る。清音を抱きしめて泣きながら謝罪をした母の苦しそうな顔が頭から離れなかった。

 自分が妖怪と仲良くなりたいと思わなければ、普通の生活をしていれば。そうやって自分自身を洗脳して、紗雪のことも道具のように使ってきたつもりだったのだ。


「清音!」


 心配そうに駆け寄ってくる紗雪を、清音がぎゅっと抱きしめる。

 自分のことを慕い、想いを返してくれる式神、紗雪。いつしか清音は、道具であるはずの彼女を大切な親友だと思うようになっていた。この薄汚れた世界で、紗雪は真っ直ぐに清音と向き合ってくれる。それは紗雪も同じなのだ。清音は、紗雪にとって初めての友達だから。


「私と一緒に……戦ってくれる?」


 しゃくりあげながら問いかけると、紗雪は清音の背に腕を回した。


「うん、私……清音が大好きだから。泣かないで。私も清音を守る、よ」


 優しく涙を拭って紗雪が微笑んだ。紗雪に支えられるようにして、清音がゆっくりと体を起こす。ヒスイの焼けた片翼からハラハラと羽根が舞って清純の目の前に落ちた。その羽根の先は黒く焦げている。重度の火傷を負ったのだろう白い羽根が、何枚も目の前に落ちては黒く染まっていった。


「お、お兄さん、羽根がっ……!」

「問題ないし。つーかハンデくれてやった的な?」


 清純が心配そうに見上げるが、ヒスイは涼しげに答えた。それは強がりだと人間の清純ですら分かる。


「減らず口をほざくなよ……」


 仙北屋の怒りを表すように炎が不規則に揺れ始めた。

 本体の仙北屋は、現在黒丸たちと戦っている。恐らくこの炎は仙北屋の思念だ。それなら人を殺めることが出来ないヒスイにも勝機はある。


「……援護よろ、きぃ様」

「わかった」


 清音が取り出した無地の和紙に水色の模様が描かれる。氷を使う小田原牛蒡と、風を使う東方家の血を強く受け継いだ清音の術は天狗と相性が良い。


「急急如律令──氷結風花ひょうけつふうか!」


 細かな氷の粒で出来た花の紋様が清音を中心に描かれてヒスイの片翼を補うように氷の膜が羽根を覆い、心地よく冷たい風が彼の傷を癒した。


「氷柱壁!」


 黒い炎から火の粉が降り注いでくる。それを防いだのは紗雪だった。何層にも渡って生やされた厚い氷柱の壁で炎を塞ぐ。その壁の中心目掛けて黒い炎がいくつも叩き込まれた。


「うぅっ……」

「はははッ! お前みたいな雑魚、すぐに溶かし殺してやるよ!」


 仙北屋の笑い声が不気味にこだまする。次第に薄くなっていく氷柱の壁に、次々と黒い炎が叩き込まれていく。


「雑魚はお前だし。どこ見てんの」


 やにわに、仙北屋の頭上から声が聞こえた。氷の羽根を生やした白い天狗が刀を振りかぶる。氷風を纏ったその刀が炎の中心部へと突き立てられた。まるで血しぶきのように黒い炎が周囲に飛び散る。それは頬を掠めて黒い跡を残したが、ヒスイは表情を変えることなく刀を引き抜いたのだった。

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