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【鬼火】1

 車に乗っていた時間は永遠のようにも感じられたが、僕達を乗せた高千穂家の高級車は安全運転で学校の校門前に停車した。

 当然のように部長は校門を乗り越えるように僕らに指示し、小さくて身軽なゴウ先輩、次に僕が校門を乗り越えてから、ハク先輩に抱き上げられた冥鬼を校門の上から抱きとめ、そして僕とゴウ先輩で手を貸しながらハク先輩が校門を乗り越える。

 最後に高千穂部長が校門を乗り越えるはず、なのだが、部長の後ろから進み出てきた使用人が校門の鍵を開け、部長は悠々と校門を通って敷地内に入った。


「何だよその鍵……まさか盗んだんじゃ」

「何よ。後で返却すれば問題ないでしょ」


 ゴウ先輩のツッコミにも、部長は平然とした態度で答えながら使用人に車へと戻るよう指示をする。

 こうして、僕達は全員が学校の敷地内に入ったわけだ。


「夜の学校って、何だか不気味ね……」


 春の夜風が肌を撫でる寒さのせいか、ハク先輩が身震いをする。

 僕の隣にはしっかり冥鬼がくっついていて、夜の校舎を不思議そうに見つめていた。


「これが、おにーちゃんのがっこう? おっきなおうちがいくつもあるよ」

「今度、僕が休みの日にでも散歩がてら来てみようか。昼間の学校はまた違う景色だからさ……」


 小さな手を握ってそう提案すると、冥鬼は嬉しそうに頷いた。

 そんなぼくたちのやりとりを聞いていたハク先輩が、冥鬼と同じ目線になるように座り込んで優しく尋ねる。


「メイちゃんって、昼間は何してるの?」

「テレビみたり、おひるねしたり……あと、しゅぎょーしてる!」


 ハク先輩の問いかけに、冥鬼は屈託のない笑顔で答えた。初めて挨拶をした先程よりも、だいぶ緊張が解けてきたらしい。きっと車の中でハク先輩が根気よく冥鬼に話しかけてくれたからだな。


「ふふふっ……お姫様になるための修行かな?」

「えへへ、ちがうよ? あのねぇ、しきがみの──」


 話を聞いてもらえて嬉しいのかどんどん饒舌になっていく冥鬼が、あらぬ言葉を口にする。

 やばい……! 何か、何かないか? 冥鬼の気を逸らせるようなものは……。

 僕はすかさずズボンの両ポケットに手を突っ込むと、牛娘が包装紙に描かれたキャンディを冥鬼に差し出した。


「そっ、そうだ冥鬼! キャンディ食べるか!? 美味いぞ、ミルクキャンディ!」

「たべるぅ〜!」


 下手くそな遮りをしたにも関わらず、冥鬼は嬉しそうに声を上げると甘えて口を大きく開ける。

 僕は包装紙を開いて冥鬼の口へとキャンディを押し出した。冥鬼の注意が完全にキャンディに逸れたことで、何とか話を逸らすことができた。

 ハク先輩には申し訳ないけど、冥鬼が式神であることや僕が陰陽師であることは一般人に知られちゃいけないんだ。

 迂闊に正体をバラすとその人が危険に晒される場合があるし、総連からの評価も当然下がる。さすがに資格剥奪、まではいかないけどな。


「馬鹿千穂、ずいぶん静かじゃねーか。ビビってんのかよ?」


 先程から黙ったままの部長にゴウ先輩がからかうような声をかける。

 すると部長は、暗闇の空を見上げて呟いた。


「今日は新月だわ。妖怪も人も、月の魔力に魅せられて気持ちが昂る日──何かが起きそうでワクワクするの」

「んにゃー……それで黙ってたのか」


 ゴウ先輩は呆れたように目を細めると暗闇の空を見上げて月を探す。僕達もつられて空を仰いだが当然、新月は夕方でもない限り肉眼で確認できない。


「おほしさま、ぴかぴかしてるー!」


 冥鬼だけが、無邪気に空に手を伸ばして楽しそうに笑っている。ぼくもこんな状況じゃなければ冥鬼と一緒に星を観測していたところだ。


「もしかしてあれが……そうなの?」


 ハク先輩は少し強ばった表情で呟いた。校舎の陰になって薄暗い姿を表した焼却炉が静かにそこにある。


「東妖七不思議の一つ、鬼火の焼却炉よ」


 部長は、車から持ち出してきたらしい懐中電灯の光を焼却炉へと向ける。

 薄汚いただの焼却炉だが、夜に見るとまた不気味だ。

 汚れが人間の顔のようにも見えるし、風の音すら人の声に聞こえてしまう。


「この焼却炉は昔、一人の女の子の命を奪ったと言われているわ。ちょうど、こんな夜更けに女の子は焼却炉の前にやってきたの」


 突然、部長が焼却炉を見つめたまま口を開く。その口調は、まるで僕達を怖がらせようとするかのように静かで、普段のハキハキとした声色よりも幾分低めのトーンだった。


「理由は簡単。呼び出されたのよ──担任の先生にね」


 わざと静かにゆっくりと語り出す部長の話し方に恐怖を感じたのか、冥鬼が僕の足にぎゅうっと抱きついてくる。思わず声を上げそうになってしまったが、何とかこらえた。

 怯える冥鬼や、何よりハク先輩の前で怖がる素振りなんかできない。


「彼女は先生と秘密の関係を持っていたの。当然、秘密の関係っていうのは男女の関係のことよ。けれど先生には奥さんと子供が居て……彼女との関係を終わらせるために呼んだのね」


 懐中電灯の明かりをクルクルと回しながら部長が続ける。口の閉じた鉄製の扉と長い煙突部分をゆっくりと懐中電灯の明かりで辿り、やがて地面へ向けられる。

 そこには、ゴウ先輩と僕が目撃した女子生徒のものと思わしき足跡が残されていた。


「女の子は先生との関係を無かったことには出来なかったの。もし別れるなら自分たちの関係を周りに言いふらす、って脅された先生は……彼女の首を絞めて殺した。先生は証拠を消すために、女の子を燃えさかる焼却炉に放り込んだのよ」


 部長の話に一声も発することなく、一同が押し黙る。空気が重い。

 僕の足元で抱きついている冥鬼は、とっくにぷるぷると震えていた。僕はさりげなく自分の腕の皮膚を抓ることで恐怖に打ち勝とうと試みる。

 そんな僕達の恐怖を煽るように部長が続ける。


「でもね、女の子は生きてたのよ。焼却炉の中で生きたまま燃やされながら、あまりの熱さに声にならない悲鳴を上げて……助けを求めた。それからというもの、この焼却炉の前を通ると……ああ、苦しい……どうして殺したの? ひどいよ、先生……ってか細い声が……」

「も、もういいってば……! 小さい子供(ガキ)だって聞いてんのに!」


 部長の不気味な語り口調に一同が無言を貫いている中、ゴウ先輩が涙目で制止させた。さすがのゴウ先輩でも怖かったんだろう。ネコミミが震えているのが見えた。

 いつの間にか、ハク先輩までぷるぷると震えながら僕の服を掴んでいる。


「は、ハク先輩……大丈夫ですか?」

「な、何か……レンちゃんの話を聞いてたら寒くなって来ちゃった、みたい、で……。楓くん、手を握って……くれる?」


 既にハク先輩は涙目だ。よっぽど怖くてたまらなかったんだろう。僕はさりげなく自分の手を服でゴシゴシと拭いてから、迷わずハク先輩の華奢な手を握った。

 ハク先輩は小さく震えていたけど、僕が手を握りしめると少し安心したように微笑む。


「ありがとう、楓くん……」

「いや、その……汗かいてて、すみません……」


 むしろこの会話で汗がさらに増えそうな気がしてならない。自発的にハク先輩の手を握ったという事実は、僕に恐怖よりも嬉しさを授けてくれた。


「夕方、鬼道くんが目撃したっていう少女は間違いなく少女の幽霊だと推測するわ。きっと先生に殺された女の子の強い恨みがここに留まっているのね!」


 部長が熱く語っているのをよそに、僕はハク先輩と手が繋げたことですっかり舞い上がっている。単純すぎる話ではあるけど、下心は恐怖よりも強いのだ。

 普段の大人の余裕があるハク先輩はそこにおらず、部長から聞かされた怖い話に怯えている。こんなハク先輩が焼却炉の幽霊に出会ったらきっと卒倒してしまうはずだ。僕も、たまらなく怖かったから。

 僕はハク先輩の恐怖を解くように繋いだ手をギュッと握りしめた。


「大丈夫です、何かあったら僕が先輩を守ります──必ず」


 それは心からの気持ちだった。正確には、守るのは僕じゃなくて冥鬼なんだけどな。

 ハク先輩は少しだけ驚いたように目を丸くしていたけれど、やがてはにかむような笑顔を見せてくれた。


「ありがとう、楓くん……」


 その微笑みは、僕にとってまさに天使の微笑みだ。心無しか、ハク先輩の顔が赤くなっている気がする。いや、気のせいじゃないと思いたい。

 僕はハク先輩とのスキンシップに夢中になりすぎて、足元でもじもじしている冥鬼に気づかなかった。

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