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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【見舞い】2

 柊は穏やかな顔で眠りについていた。あまりに静かすぎて、このまま目が覚めないのではとすら思ってしまうが、静かに布団は上下している。楓は胸をなでおろした。

 楓の僅かな変化に気づいた十六夜が小さく微笑む。陰陽師と言えども、楓がまだ子供であることに安心したように。楓が不思議そうに十六夜を見ると、彼は誤魔化すようにアハハと笑って辺りを見回した。ふと、入口の傍に紙袋が置かれていることに気づく。中身は高級そうな果実ゼリーとタオルだった。


「家族と食べたら? これめっちゃ美味いやつだし!」


 十六夜はそう言って紙袋ごと差し出す。楓は戸惑いがちにその袋を受け取った。誰からの見舞い品なのか、どこにもメモや手紙らしいものはない。


「八雲じゃね? この病室のことを知ってるのはオレとアイツしか居ないもん」

「八雲さん……ですか」


 難しそうな顔のまま、まじまじと袋の中を見つめている楓を気遣って、十六夜が袋の中からゼリーをひとつ取った。


「お〜、デッカいブドウ! オレこれ貰う!」


 十六夜はそう言って果実ゼリーをちゃっかりポケットに仕舞う。楓がぎこちなく笑うと、十六夜は慰めるように楓の顔を覗き込んだ。


「親父さん、すごい陰陽師なんだろ? 大丈夫、きっとすぐに目が覚めるって」


 そう告げる十六夜の顔は尾崎九兵衛そっくりだった。整った顔立ちに、九兵衛によく似た声。けれどその笑顔の裏で楓を気遣うその表情は、九兵衛とは微妙に異なっている。若くしてホストになるだけあって、芥十六夜は人柄が良い。

 楓は九兵衛にそっくりな十六夜の顔を見つめたまま黙っていたが、やがて静かに瞬きをして言った。


「裁縫セット……買いに行きませんか?」

「え」


 突然の提案に、十六夜が目を丸くする。


「特に予定もないので、妹さんへのお土産、付き合います」


 迷惑でなければ、と楓が付け足す。それは散々失礼な態度を取ってしまった詫びも込められている。ちらりと十六夜の表情をうかがうと、彼は髪を指で弄りながら嬉しそうに破顔した。

 十六夜と共に病院を出た楓は、彼の車に乗りこんだ。派手な車選びのセンスは九兵衛に似ている。楓は、十六夜の妹の話に幼い冥鬼を重ねた。


「式神もわがままとか言うの?」

「はい。毎日食事の支度が大変です」

「まるで人間の子供じゃん。献立も楓ちゃんが自分で考えるんだ?」

「最近は……家事をしてくれる妖怪が住むようになってだいぶ楽になりましたけど」


 楓が答えると、十六夜は熱心に相槌を打ってしみじみとため息をついた。


「陰陽師の知り合いなんて居なかったからスゲー新鮮なんだけど。楓ちゃんスゲーし」

「ホストも十分すごいんじゃ……」


 そう言って横目で十六夜を見ると、彼はアハハと笑った。


「オレはほら、ちょっと顔が良くて人と喋んの好きなだけ」


 うそうそ、と冗談っぽく笑った十六夜はハンドルを軽く握って話を続ける。


「八雲もスゲーけどさ、こうやってガッツリ話したりしないんだ。兄弟なのにわかんないことばっかり」


 十六夜は古い雑貨屋の駐車場へ入りながら笑った。


「ノインのことも、わかってやれなかったしなぁ」


 ぽつ、と十六夜が呟く。聞きなれない名前を耳にして楓が聞き返すが、十六夜が車を出たため楓も慌てて外に出た。

 楓が先導するようにして、下町の小さな商店街を歩く。


「八雲さんとは、どうやって知り合ったんですか」

「うん? ……あー、八雲がそのうち話してくれんじゃね?」


 十六夜は少しバツが悪そうに肩を竦めた。不思議に思いながらも楓は商店街の一角にある店に入る。そこは布製品やボタン、手芸用品が狭い店内にぎっしりと並んでいた。


「ヤバ! 知る人ぞ知る名店って感じ!」

「まあ江戸時代から続いてる店ですし」


 楓はそう言って、興奮気味の十六夜と共に店内をゆっくり歩き始める。


「思い出の店なんだ? 彼女……が居るようには見えないから、お母さんと来たとか?」


 十六夜は楓の話を聞きながら店内を見回した。頷きかけた楓が僅かに口ごもる。

 脳裏に、幼い自分の手を引く和服の女性と、隣にいる父の姿が過ぎった。


 ──違う、あれは母さんじゃない。


 記憶の中で自分の手を引く女性がどんな顔をしていたのか思い出せない楓だったが、あれは写真で見た母ではないと断言できる。

 しかし、それが一体誰なのか思い出そうとすると頭の中に霞がかかったようになってしまうのだった。


「オレこれ買おうかな〜」


 十六夜が小さな花柄がいくつも散りばめられた箱に入った裁縫セットを手に取る。


「イカしてるっしょ? 妹が高校生になっても、ばあちゃんになっても使えるような裁縫セットがいいなーって思ってさ」


 十六夜が裁縫箱を抱いて得意げに笑う。子供用にしては少し大人しい柄だが、確かにこれなら大人になっても使えるだろう。


「きっと妹さんにも伝わりますよ、十六夜さんの気持ち」


 脳裏にチラチラと過ぎる母ではない誰かの存在に後ろ髪を引かれながら楓は言った。

 レジでラッピングをしてもらい、妹へのプレゼントが買えた十六夜はご機嫌な様子だ。来た時と同じように共に商店街を歩いて車に戻る道中、楓は何となく先程の考え事に思いを巡らせる。

 楓の記憶の中に存在しない母、鬼道すみれ。その死は、楓はもちろん彼女に焦がれていた豆狸すら覚えていない。


(……椿女)


 ふと、楓の頭に和装に身を包んだ少女の妖怪が浮かぶ。豆狸同様、父と長い付き合いの彼女ならばすみれの話が聞けるのではないか。


「十六夜さんすみません、僕用事を思い出して……」


 そう言って楓が傍らを見ると、十六夜は自分のスマホを見つめて難しそうな顔をしていた。


「オレもお呼びが掛かったみたい」


 そう言って十六夜が困ったように笑う。これから出勤だろうか、と楓は思った。


「電車で帰りますから、気にしないでください」

「ゴメン! 次は夕飯ご馳走させてよ。ねっ! チョー美味いイタリアンの店知ってるんだ〜」


 十六夜は人の良さそうな顔で笑うと楓の肩に腕を回した。彼の距離感が近いのは尾崎家の特徴なのだろうかと楓は内心思う。鼻腔をくすぐる香水はスパイシーだが、楓の知る尾崎九兵衛のように強すぎることはない。フルーツのようなみずみずしい香りで、十六夜によく合っている。


「楽しみにしてます」

「言ったな? 絶対だぞ〜」


 そう言って十六夜が楓の頭を軽く撫でる。もし兄が居たら彼のような人だったら良い。口には出さなかったが、楓は密かにそう思う。


 奇しくもこれが楓と十六夜の最期の別れとなった。

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