【見舞い】1
十月下旬、夏の頃と比べてずいぶん気温も下がった。楓は普段よりも着込んだ装いで、普段見慣れないユニフォーム姿の友人、紀藤葵を目で追いかける。
一年生で小柄ながらメンバーに選ばれた彼は、普段学校で見せるおちゃらけた様子とはまた違った雰囲気で相手チームと戦っていた。
試合の結果は惨敗だったが、葵は今日の秋晴れのようにどこまでもすがすがしい笑顔を浮かべていた。強敵と試合をしたことでますます練習を頑張る気になったのだという。
そんな彼の傍に伊南朱音の姿はなかった。
古御門家によって四神の陰陽師となった彼女は、妖怪でありながら仙北屋たちに協力していた。四神の陰陽師、鳳凰として。もちろんそんな彼女の正体を葵はもちろん、楓も知らない。
「かーえーでっ! 今から寿司食べに行くんだけどお前も行かね? 日熊先生の奢りだって!」
はしゃいだ葵が、楓の後ろから肩に寄りかかるように飛びついてくる。楓の鞄につけられているケサランパサランに気づくと、怪訝そうな顔をして口を開いた。
「なあ、その毛玉さ──」
「悪い、葵。これから人と会う約束がある。あんまり日熊先生を困らせるなよ」
楓は不満そうな声を上げる葵に重ねて謝罪すると、すぐにその場を後にした。
彼がこれから会うのは、芥十六夜だ。多忙な八雲に代わって、楓と八雲の連絡役をしている。待ち合わせ場所は決まって、柊の入院している小森病院だ。
病院の前に辿り着くと、何やら入口で黒服の男が十六夜と話している。男は楓に気づくと静かに会釈をした。楓もつられて頭を下げると、彼に気づいた十六夜が人懐っこく笑って手を振る。尾崎九兵衛によく似た笑顔で。
「おっ、早いじゃん」
「……イサヨさんこそ」
楓はそう言って、先に病院へと入った。遅れて十六夜が院内へと入ってくる。
「誰と話してたか聞かないの?」
「聞いて欲しいんですか?」
距離感のある温度で楓が聞き返す。十六夜は気にした様子もなく答えた。
「人違いだったよ。慣れてるけど」
そう言って十六夜が悪戯っぽく笑う。恐らく九兵衛と間違えたのだろう。少なからず尾崎家の顔を知っている楓ですら、十六夜と九兵衛はそっくりだと思う。
「最近ぬいぐるみを買いましたか、だってさ。オレは貢がれる側だぜ? そもそも客層だって子供じゃなくて大人のお姉ちゃんだし」
そう答える十六夜に、楓はいつもの調子で『ぬいぐるみを貢がれそうな顔でもないですしね』と言いかけた言葉を飲み込む。楓は自然に、九兵衛と話す時の距離感で彼と話していたのだ。気まずそうに口ごもるが、十六夜は気にした様子もなく毛先に指を絡めている。
「オレが買うなら、ぬいぐるみより裁縫セットだしなぁ」
派手な見た目からは想像できないその意外な返事を聞いて楓が首を傾げる。
「オレさ、年の離れた妹が居るんだ。尾崎じゃなくて芥家のね。血は繋がってないんだけど、スッゲーかわいいんだぜ! この前なんかオレに手作りの雑巾を送ってくれてさ、学校で習ったんだって。今の小学生すごくね?」
十六夜は自分のことのように嬉しそうに話しながら楓と共に病院の廊下を進んでいく。
「ご実家は東北でしたっけ」
「茨城は関東だよ」
軽い口調ながらキッパリとした返答。楓はまた失言をしてしまったかと口を噤んだ。しかし十六夜はそんな楓を見て穏やかに笑う。
「楓ちゃん、他人に興味無いのかと思ってたわ〜」
「べ、別に興味が無いわけじゃ……」
常に仏頂面をしているせいで、あまり親しくない人間には楓の性格は誤解されがちだ。否定しようとすると、十六夜は嘘だよ! と笑って楓の肩をポンポンと軽く叩いた。その笑顔に九兵衛の顔がダブって映る。
「妹とはもう何年も会ってないから、楓ちゃんと話してたら懐かしくなっちゃってさ。ごめん、こんなつまんない話して」
十六夜はそう言って再び歩き始めた。どこか寂しそうな背中に声をかけようかと楓が考える前に、彼の足は病室へとたどり着いたのだった。




