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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【最弱陰陽師の決意】3

 一度楓も訪れたことがある鬼原家。長い歴史があるとは言え、何度も改築を繰り返したそこは新築同様の家が建っていた。

 少年、鬼原ゴウが生活しているのは豪奢な新築ではなく隣にある平屋の離れだ。風呂もトイレも完備されており、勉強するための部屋もある。そんなゴウの部屋にやってきたのは、一人の少女だった。


「ゴウくん、居る?」

「何だよ、ハクお嬢サマか。そんなとこ居ないで入れよ」


 鬼原家の跡取り、鬼原ハクが扉の外から声をかけてくる。しっかり化粧をしていて、どこかに出かけるような装いの彼女は、遠慮がちに扉を開けた。部屋の中では、ゴウが机に向かってノートを広げている。一見勉強をしているように見えなくもないが、その手はずいぶん前から止まっているようだ。


「そのお嬢様って呼び方……好きじゃないわ」


 ハクが寂しそうに唇を尖らせる。ゴウはバツが悪そうに視線を泳がせると、椅子ごとハクへ向き直った。


「悪かったよ。いつもの癖だ」

「ゴウくん、家の中で私をお嬢様なんて呼んだりしないじゃない」


 少し咎めるようにハクが言うが、ゴウはとぼけたように『そうか?』と答えるだけだ。  

 家の中での彼らの関係性は、普通の兄弟や親戚の子供同士とは違っていた。


 幼い頃、彼の家は全焼した。出火元は家の蔵。中にある鬼原家の貴重な資料はほとんど燃え尽き、両親も亡くなった。唯一生き残ったのは幼い男児。名前を鬼原ゴウと言った。

 両親が亡くなったゴウを引き取ったのは少女の親だ。表向きは鬼原家の者として丁重に扱われたが、所詮は分家。ハクの祖父母は完全にゴウのことを厄介者扱いしていた。その雰囲気が伝わり、使用人たちも次第によそよそしくなっていく。だから、自ら離れでの生活を申し出た。

 ハクの両親は気を遣って食事を同席にしてくれたり休日には外に連れ出してくれたが、祖父母の目が厳しくなるとそれも出来なくなった。それでも、古いしきたりに縛られた窮屈な家の中でゴウの存在はハクにとって癒しだったし、一人っ子のハクにとって兄であり弟でもあるゴウには何でも話すことが出来た。


「あのね、ゴウくん」


 ハクはそう言って古びた本を胸の前でギュッと抱きしめる。それはハクが子供の頃、ゴウの家に遊びに行くたび、蔵から持ち出してよく読んでいたものだ。酷い火事の中、唯一焼けることのなかった書物。書かれているのは、鬼原家の祖先について記された貴重な資料。

 それは、彼らの祖先が天女だったという夢物語のような記述。鬼と交わった天女は男女の双子を産み、女子を人の世に、男子を常夜の国の王にとしたと書かれていた。

 ゴウも散々ハクに聞かされていたから、その昔話は知っている。亡き両親も、鬼原家には神聖な力があると常日頃から言っていた。それがこんな形であるとは、ゴウはもちろんハクですら想像していなかったが。


「私たちの魂の半分は冥鬼ちゃんのご両親で、とても大切な人達よ。絶対に悪い人たちに奪われちゃいけないわ」


 ハクはそう言って真剣な表情でゴウを見た。


「いのちだいじに、ってヤツか? 言われなくてもオレは自分を大事にしてるけどな」


 ゴウはのんびりとした口調で言いながら目を背ける。自分の先祖のことなんてどうでもよかった。ただ、両親が繋いでくれた命をないがしろにはしたくない。口には出さないがハクにもそれは伝わっている。


「私たちを狙う悪い人たちは、古御門家だって牛尾くんが言ってた」


 ハクは文化祭の時の事を思い出しながら呟いた。猿神という妖怪にさらわれた時のことを。


『古御門泰親は鬼原家を食べたがってる。きっと美味しいんだろうねえ』


 牛尾は、そう言ってハクの髪に顔を埋める。それだけでも恐怖でいっぱいだったが、ハクは毅然と尋ねた。


『食べるって……古御門泰親さんは人間でしょう?』

『キヒッ……元々はネ』


 含みのある言い方をして牛尾はハクの髪に指を通した。その指がハクの胸のリボンに手を伸ばす。


『かんなぎの心臓はどんな味かなぁ? ボクも味見していい?』

『ど、どういうこと? 元々は、って……』


 ハクに押し止められて、牛尾が少し不機嫌そうに目を細めるがすぐにニヤリと笑った。


『言葉通りの意味。……ああ、ついでに教えておいてあげようカナ』


 牛尾は自分の顎に指を当てて少し考えるような仕草をする。しかしすぐに口元に弧を描いてハクの耳元に顔を寄せた。


『鬼道楓を線路に落として殺そうとしたのって、_____だヨ』


 耳元に囁かれた言葉を聞いて、ハクが目を丸くする。

 鬼原ハクにとって、鬼道楓はただの後輩ではない。彼の前では鬼原家のハクとしてではなく、普通の女の子でいられたから。それは友人やゴウに向けるものとも違い、あたたかくて優しい特別な感情だ。

 自分の身をかえりみず立ち向かうその姿に、ハクは自分も力になりたいと思った。

 そして……夜祭りを共に過ごしたほんの短い時間。あの夜ハクが伝えた言葉は、楓に届いていないだろう。


『楓くんに出会えて本当に幸せ』


 大輪の花火にかき消されたその想いは今でも変わらない。叶うことならこれからもずっと、十年先も二十年先もその幸せを噛み締めて生きていたいと思っている。

 そんな楓の命まで奪おうとしている者がいるなら、いてもたっても居られなかった。


「私、楓くんが好きだから……力になりたい」


 真剣な表情でハクが言うと、ゴウは目を丸くしてそれから大きなため息をつくと『知ってるよ』と言っておもむろに立ち上がった。


「行くんだろ、アイツの家」


 パーカーを羽織りながらゴウが言う。ハクは力強く頷きを返した。

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