表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

171/435

【王牙少年の事件簿】5

 肩の荷が下りたような表情で警察署から出ていく幼い子供たちと自称保護者の男を窓から見つめている少年が居た。御花畑王牙だ。


「王牙くん……まさか本当に信じるとか言わないよね? 彼らの話」


 刑事が半信半疑といった顔で声をかけてくる。王牙少年は眼鏡のブリッジに手を当てて『当然信じるが』と答えた。幼い頃に不思議な出来事を経験した王牙少年にとって、この展開は『想定内』だった。刑事を含め、彼のことを深く知らない者は王牙少年を変わった子供だと思っているようだが気にしない。


 そもそも、彼が妖という非現実的な存在を信じるきっかけになったのは、ある夏の日、自分の運命を変える少女に出会ったからだ。


 好奇心旺盛な小学生だった王牙少年は、父のすすめで岡山の山奥に向かった。いわゆる一人旅行だ。そこは父の古い友人が暮らす、地図に載っていない村があるという。

 しかし山に入った王牙少年は深い霧に阻まれて迷子になってしまった。幸い、バックパックの中には数日分の食料が入っている。しばらくはその場から動かずにいた王牙少年だったが、一向に霧が晴れる気配は無い。携帯電話は圏外で、助けを呼ぶことすら出来なかった。


 山の中をさまよい歩き食料が尽きた時、既に王牙少年の精神は限界を迎えていた。死が脳裏を掠めたその時、彼は名前も知らない村へとたどり着く。村人は皆、獣の耳と尻尾を生やしており、それを見た王牙少年は、きっと自分は天国に来てしまったのだと思った。

 疲労と空腹で道端で倒れていた王牙少年を救ったのは、その土地を治める名家の娘。

 電波すら届かない山奥の村で、王牙少年は娘の家で過ごした。それは一週間だったような気もするし、ほんの一日や二日間の出来事だった気もする。

 銀色の髪に雪のような美しい肌をした儚げな少女。彼女の名前は織姫。体は弱いが、草花が好きで大人しい可憐な少女だった。

 少女は自らを、『どうぶつ』だと名乗った。彼女の正体が何だろうと構わなかったのだ。彼は織姫に恋をしてしまったのだから。

 ほどなくして、父が付き人を連れて迎えにやってきた。娘の父と王牙の父は古い友人で、王牙少年が迷い込んだこの村こそが父の紹介したかった場所なのだと聞かされた。

 王牙少年はいずれ、国民を守る職務に就かなくてはならない。それは人間だけでなく、人里離れて暮らす彼らも守る必要があると父は言った。


『私が結婚出来る年齢になったら、あなたを迎えに行っても構わないか?』


 別れ際にそう尋ねると、織姫は美しい銀色の尻尾を振りながら嬉しそうに頷いた。王牙少年が恋をしたのはそれが初めてのことだ。

 織姫のためにも、彼は立派な人間にならなければいけない。


「古来より人と妖は共存してきた。それをお前が知らないだけだ。勉強しろ」

「はは……」


 これ以上の対話を諦めて苦笑気味に頭を下げている刑事のことなど気にせず、王牙少年は鑑識の結果に目を通す。中身はほぼ想定内の展開だ。

 小田原牛蒡と子供たちは妖と関係がある。そして、今回の小森夫妻の事件にも人ならざる者が関わっている可能性が強まった。


「お、王牙くん?」

「俺は俺の役目を果たす。お前も自分の足で捜査しろ。今よりも上の地位を目指すならな」


 そう言って部屋を出た王牙は振り返ることなく警察署を出るのだった。そこには高級車が停まっており、黒いスーツの男が待ち構えていたかのように立っている。


「カトシキ、なぜここに」

帝人(みかど)様のご命令です」


 淡々とした男の返事を聞いて王牙少年がため息をつく。

 彼は、自分をカトシキと名乗る口数の少ない男。年は未だ二十代後半ほど。妙に落ち着き払っており陰のある青年だ。父である御花畑帝人の忠実な付き人であり、父が妖に抵抗がないのは彼の存在も大きい。

 王牙少年はカトシキも見ずに車に乗り込む。


「ここは便利なところですね。私には少々賑やかすぎますが」


 カトシキはそう言って車内でブランデンブルグ協奏曲を流す。涼しい顔をしているが、時々、父の好みで演歌を流されると石のように固まってしまう面白い奴であることを王牙少年は知っていた。お望み通り演歌を流してやろうかと思った王牙少年だったが、彼にはふざけるよりもカトシキへ問わなければならないことがある。


「もう怪異と遭遇したのか?」


 王牙少年が問いかけると、カトシキは静かに『ええ』と答える。美味しい酒の飲める店を探していたら偶然に遭遇したのだそうだ。


「駅の周辺は騒がしいですが、私が見つけたのは隠れ家のようなバーでした。ドイツのビールが美味しかったですよ。母国の味によく似ています」


 カトシキが『今度王牙様もご案内いたします』と普段の変わらない感情の乏しい声で言う。しかし王牙少年は知っていた。その顔は彼が一番楽しんでいる顔だと。王牙少年はため息をついてカトシキを睨む。


「俺は未成年だ」

「存じております」


 悪びれる様子のないその返事を聞いて王牙少年が沈黙する。しかし一呼吸おいて冷静さを取り戻した彼は、努めて静かに問いかけた。


「……他にはないのか」

「メイド喫茶を初めて見ました。あのしっぽはどうやって生えているのか興味深いです。王牙様も着てみてはいかがですか、メイド服」


 王牙少年はうんざりした顔をすると『もういい』と言って顔を背けた。しかし、流れる街並みを見つめた王牙少年にカトシキが声をかけると、勢いよく振り返ってきた。


「オサキについてですが」

「知っているのか?」


 拗ねたかと思えばすぐに振り返ってくる王牙少年のことを、まるで犬のようだとカトシキは内心思う。なので、あえて彼の望む言葉は口にしない。


「……ここまでの移動費と滞在費は王牙様が全額出していただけると伺いました。無断で家を出てしまった王牙様を探すのにとても苦労をかけられましたから、お優しい帝人様もそのように判断されたのでしょう」


 どこまでもマイペースなカトシキの返事を聞いて、王牙少年は眼鏡のブリッジに指を当てて隠しきれないため息をつく。車内のBGMは、いつの間にか第三番へと変わっていた。王牙少年の長財布に入っているのは、結婚資金として貯めている大切な金だ。捜査費用として少しずつ下ろしてはいるが、使いたくない金でもある。

 すっかりカトシキにペースを乱された王牙少年は眉間に皺を寄せてしばらく黙っていたが、やがてぶすっとした声で言った。


「いいだろう。ただし条件がある」

「条件とは」


 車を走らせながらカトシキが横目で王牙少年を見る。あえて彼の口からその言葉を言わせるために。


「俺に協力しろ。この事件を解決する」


 王牙少年はそう言ってキャッシュカードを財布から抜き取った。この慇懃無礼な悪魔を、とびきりこき使ってやろうと思いながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ