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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【王牙少年の事件簿】4

 頭に流れ込んできた情報を必死に振り払いながら、少年は走った。目を瞑ると、女の金切り声が近づいてくる。怖くて体が震える。思い出すことを心が拒否していた。


「はっ、はっ……」


 廊下を走って飛び込んだのは男子トイレだった。逃げ込むようにして個室の中でしゃがみこむ。上手く呼吸ができなかった。少年は両手で口を押さえて激しく肩を上下させる。どうしようもなく怖くて、不安で、涙がボロボロと零れた。


「み、見つけたっ……足速すぎやんお前……」


 息を切らせながら男がやってくる。目つきの悪い気だるそうな中年の大人だ。警察署まで彼を連れてきた、小田原牛蒡。彼にとっては、ちょっと怖いおじさんでもある。


「は、はっ……おじさ……」


 返事が出来ずに震えることしか出来ない少年に、牛蒡は真っ白な紙を差し出した。


「霧氷療術──静浄」


 牛蒡が口の中で呟くように唱えると、次第に少年の呼吸は収まっていく。


「よーし」


 彼はそう言って少年の頭を撫でる。黒丸もだったが、牛蒡も清音も紗雪も不思議な力を持っている。まるで魔法使いだ、と少年はぼんやりと思う。


「お前、思い出したんか」

「……少し、だけ」


 少年は膝を抱えて俯いた。ぬいぐるみを見た瞬間、一気に色んな光景や声が頭の中に迫ってきたのだ。身震いが止まらず、もう何も思い出したくないとすら思う。


「無理に思い出さんでええって」


 牛蒡はそう言って少年の頭をぐりぐりと撫でた。


「ボクの傍に居ると……おじさんも危ないよ」


 少年は声を震わせながら言った。

 彼を纏う何かは、いつでも少年を呑み込めるように狙っている。彼に近づく者全てに危害を加えるために。


(この人たちを遠ざけなきゃ。ボクを助けてくれたこの人たちを巻き込んじゃダメだよ)


 分かっているのに、助けて欲しい。その手に縋りたくて、たまらない。


「危ない目なんか今まで何度も遭っとるわ」


 牛蒡は鼻で笑うと、白い紙を指で摘んでヒラヒラさせた。紙にぼんやりと青い文字が浮かび上がる。紙の上で青い炎が起こり、小さな雪うさぎが姿を現した。


「かわ、いい……」

「はは、これやるときぃちゃんがすぐ泣き止んだんや。お父ちゃんすごい! 魔法使いみたいや! ってな」


 牛蒡の作り出した雪うさぎは鼻を小さく動かして少年の膝に飛び乗った。手を差し出すと人懐っこく擦り寄ってくる。


「おっちゃんな、この仕事向いてないねん」


 雪うさぎの頭を撫でる少年を見ながら牛蒡が言った。


「ガキの頃から体が弱くて、酒飲むのも術を使うのもアカンって言われててな。一日に二回が医者との約束や」


 ま、医者の言うことなんか聞かんし酒も飲むけどな、と笑って牛蒡が少年の頭を撫でる。


「おっちゃんがお前くらいの時は、ずーっと病院のベッドで窓の外見てるだけやった。この子は大人になるまで生きられへんでしょうね、なんて言われとったんやで。信じられるか?」


 少年はかぶりを振る。

 彼が時折飲んでいるものは病気の薬だったのだ。黒丸が過保護なほどにしょっちゅう牛蒡の体を気遣っていた理由も理解出来た。


「そんなおっちゃんにも家族が出来てな、今は別々に住んどるけど……二人ともおっちゃんの宝物や」


 牛蒡は少しだけ声のトーンを落とした。


「俺とお前は他人やし、俺はお前の名前も知らん。こないだ会ったばっかりやからな。ぶっちゃけ迷子なら警察か児相にでも任せたらええと思ってた」


 やけど、と牛蒡が言葉を止める。

 言葉を選ぶように口ごもった牛蒡は、少年がびっくりするほど大きな咳払いをした。そしていつものように不機嫌そうな顔で少年を見据える。


「お前、俺の息子になるか?」


 その問いかけは、とてもぶっきらぼうだったが、それ以上に優しい。少年は牛蒡をまじまじと見つめた。


「もしこのまま、お前の親が見つからんかったらお前行くとこないやろ」

「えっと……」

「料理はきぃちゃんのが上手いかもしれへんけどな」


 ガハハ、と牛蒡が大声で笑う。その優しさに、あたたかさにもっと触れていたいと彼は思った。


「……いいの?」


 声が震えてしまう少年を見る牛蒡の眼差しは、とても優しかった。しかし少年の目にはあまりにも眩しくて、霞んでしまって、よく見えない。


「お前の体にまた変なものが近づいてきたら、それを上手くあしらえるのは俺とうちのクロしかおらん。普通の人間じゃ手に負えへん」


 男はそう言って少年の頭を撫でた。

 きっと自分にまとわりついているモノは、周りの人を不幸にしてしまう。でもこの人なら。この人達なら自分をすくい上げてくれるのではないか。

 そう思った時、少年の両目からは涙が溢れていた。


「……っ、ふぇ」

「おう、泣くな。えっと……」


 牛蒡は少年の頭をポンポンと撫でてから少し口ごもった。


「いつまでもお前とかガキとか呼ぶんはなぁ……」


 ぶつぶつと呟いた牛蒡は少し考えた後、不意に『あっ』と大きな声を上げた。


「清純や。きぃちゃんの清に純粋の純で清純(きよすみ)。ええ名前やろ! きぃちゃんの名前も俺が考えてん」


 牛蒡は機嫌良さそうに少年の頭をわしわしと撫でた。少年は頭の中で何度もその名前を繰り返し呼んでみた。清純──何だか元気が出てくる。自分なんかにはもったいない素敵な名前だ、とほんの少し思う。


「……いいよ、清純で」

「いいよって何やねん、そこはカッコイイ名前! って喜ぶとこやろ!」


 少年の頭を撫でながら優しい声が笑う。いつの間にか、少年を呑みこもうとしていた嫌な気配は消えていた。

 パタパタと個室の外から複数の足音が聞こえてくる。


「ご主人っ!」


 それは息を切らせた黒丸と紗雪だった。


「おおクロ、こいつの名前決まったで。清純や」

「名前? きよすみ?」


 黒丸は不思議そうに首を傾げている。しかし、少年が泣いていることに気づいたのか疑いの目を向けて腰に手を当てた。


「ご主人、またデリカシーのないこと言ってその子のこと泣かしたんやないですよね?」

「んなわけあるかい! 俺はデリカシーの塊みたいな男やぞ」

「だい、じょうぶ……?」


 紗雪が心配そうに少年の顔を覗き込んでくる。彼は涙をごしごし拭った。


「大丈夫、だよ。牛蒡おじさんは……すっごく優しいんだ!」


 そう言うと、紗雪も黒丸も意外そうに目を丸くした。少し考えた様子の黒丸が微笑む。


「そっか、良かったっ!」


 黒丸が少年の頭を優しく撫でる。その眼差しは親が子を見つめるときの愛情たっぷりのものによく似ていた。


 小田原清純。それは、呪われた少年に与えられた新しい名前だ。

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