【王牙少年の事件簿】3
「ちょっ、君!?」
「どこ行くん!」
悲鳴を上げながら部屋を飛び出す子供に刑事と黒丸が声をかける。後を追いかけようとした黒丸を制したのは牛蒡だった。
「ご主人?」
なぜ止めるのかと言いたそうに黒丸が牛蒡を見上げる。牛蒡は子供の後ろ姿を見つめて言った。
「……俺が行く。お前はそのぬいぐるみから目ぇ離したらアカンで」
黒丸は牛蒡が同じことを考えていたことに気づいて目を丸くする。牛蒡は軽く黒丸の頭を撫でると、子供の後を追いかけて部屋を出ていった。
王牙少年は眼鏡のブリッジに指を当てたまま、刑事の持っているぬいぐるみを見つめている。
「そのぬいぐるみを持ってきた男の連絡先は?」
「あっ、いや……実はその人、ぬいぐるみを置いてすぐに出ていっちゃったから名前も連絡先も聞けてなくて」
「は?」
王牙少年の目ヂカラに刑事が竦み上がる。
「役立たず……」
さらに紗雪の容赦ない突っ込みを受けて刑事が肩を落とす中、王牙少年だけが口を噤んでいた。
「何か心当たりでもあるんです?」
目敏く黒丸が声をかけると、王牙少年はぬいぐるみを見つめたまま口を開いた。
「このぬいぐるみを置いて行った男は、あの子の思い出したくない記憶を無理やり呼び起こそうとしているように思える。家族ではないが、それに近い関係者だろう。しかしあの子供にとって良い存在ではないようだ」
独り言のように呟いた王牙少年は、何か言いたそうな顔で自分を見つめる黒丸に気づいた。
「何だ?」
「いや、アタマ御花畑のお坊ちゃんって訳じゃないんやなーって思って。それ貸して」
黒丸がそう言って警官の手からぬいぐるみを取り上げる。その両手を握って力いっぱい引っ張ると、ぬいぐるみの胴体が裂けて大量の米粒と髪の毛が床に落ちた。
「ひえええっ!? か、髪の毛がっ!」
刑事が悲鳴を上げて紗雪に飛びつく。紗雪は迷惑そうな顔をして足元を見た。髪の毛に混じった米粒は血のように赤い。その米粒を手ですくった紗雪が眉を顰める。
「この血の、匂い……人間の女」
「何でそんなことわかるの君!?」
刑事は目を白黒させながら今度は王牙少年に抱きつこうとするが、案の定睨まれたせいですごすごと身を引きながら椅子に腰掛ける。そんな刑事を慰めるように苦笑した黒丸が言った。
「むしろ何で分からへんの? ケーサツなのに」
黒丸は不思議そうに聞き返すとおもむろにぬいぐるみの腹の中に残っている髪の毛を摘んで王牙少年に見せる。
「けど誰のものかはオレたちにもわかれへん。心当たりがあるなら教えてよ、御花畑クン」
王牙少年は目を細めて黒丸を見つめると、長い沈黙の後にそっと眼鏡のブリッジを押さえた。
「……お前、人間か?」
「御花畑クンこそ、こういうの見慣れてるみたいやケド?」
黒丸が挑発的に笑う。王牙少年と黒丸はしばらく黙って視線を合わせていたが、先に目を逸らしたのは少年のほうだった。
「面白い。分かった……話してやる」
「ちょ、ちょっと王牙くん! この人たちは部外者だよ! ついでに言うと君もね!」
刑事が慌てて口止めをしようとするが、王牙は足元に散らばる米と髪の毛を指して言った。
「鑑識に回せ。それがお前の仕事だ」
王牙少年はどこまでもマイペースに言う。刑事は周囲の視線に気づくと、ぬいぐるみを紙袋に戻してからいそいそと部屋を出ていった。
「ケーサツっておもろい人が多いんやねぇ」
「あれは新米だ。そんなことよりも……」
扉も閉めずに慌ただしく部屋を出ていった若い刑事の後ろ姿を見送りながら黒丸が楽しそうに言うと、王牙少年は中身が抜けてくたくたになったぬいぐるみを見つめて話を戻した。
「俺の推理では、あの子供の両親は既に亡くなっている。ぬいぐるみを持ってきた男は、彼らの死に関わっている人物だ。それも、普通の人間ではない可能性が高い」
王牙少年の推理を聞いて、紗雪がチラリと黒丸を見る。紗雪も黒丸も、王牙少年と同じことを考えていたからだ。しかし、ただの人間がそこまで推理出来たのは意外だった。
「ずいぶんハッキリ言い切るケド……それが本当だったらケーサツの出番はここまでですよ」
「……何?」
王牙が尋ねると、黒丸は楽しそうに人差し指を立てて笑った。
「ここからは、妖怪の出番です」




