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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【最強の陰陽師】2

「柊……何故お前がここに?」


 彼が部屋に入った時、古御門泰親は目を丸くして柊を凝視した。


「何故って、嫁の実家に帰ってきちゃまずいですか? お義父さん」


 柊は飄々とした口ぶりで言うと、室内を見回す。何も変わっていない。彼が彼女のためにこの家に訪れたあの日から。


「柊さん……!」


 泰親の隣に座っていた和装の女性が腰を上げる。迷わずに柊の胸に飛び込んだその女性は古御門泰親の娘、ゆりだった。

 表情を変えずに押し返そうとする柊だったが、女性はヒステリックに叫んで抱きついてくる。


「柊さん、柊さん! 片時も忘れたことなんかなかった! 柊さんにはあたししか居ないって、ようやくわかってくれたのね?」


 ゆりと呼ばれた女性の狂気じみた様子にも怯むことなく、それどころか険しい表情で柊がゆりを押し返す。

 興奮気味のゆりとは対照的に、泰親は少し戸惑ったように柊を見つめていた。


「……今更なんの用だ」

「うちのバカ息子のことでちょいとさ」


 柊はそう言って、何事もなかったように泰親の目の前に跪く。


「今回の処分について、センセイの見解をお聞きしたいんだが」

「処分?」


 泰親は長い顎髭を手で撫でながら、泣きじゃくる娘と柊を交互に見つめる。ゆりは袖で涙を拭いながら何も答えない。

 柊から話を聞いた泰親は、眉を寄せてゆりを見た。


「ゆり、どういうことだ」


 泰親と柊の視線を向けられたゆりは、袖で顔を隠して泣きながら黙っていたが、泰親が彼女の名前を呼ぶと涙を拭って答える。


「猿神という凶悪な殺人鬼を古御門家の承認無しに従えた罰です。鬼道楓の式神は強力ですが、鬼道楓が猿神を制御できるとは思えません。実力にも光るものはありませんし──彼の式神は、もっと強力な陰陽師(・・・・・・・・・)に託すべきだと判断しました」


 そう言いながらゆりが泣き腫らした目を柊へと向ける。柊は目すら合わせずに答えた。


「俺は楓に何も教えちゃいないし師匠も先生も(・・・・・・)作らせちゃいない(・・・・・・・・)。そういう約束をしたのはそちらさんじゃねえのか」


 どこか声に怒りを含ませた柊は、おもむろに姿勢を正してから畳に両手をつく。


「古御門先生、鬼道楓の処分を取り消してくれ」


 事態を理解した泰親は、ゆりを厳しい顔で見つめていたが、やがて深々と頭を下げる柊を見下ろして静かに言った。


「……頭を上げろ、柊。作法もなっていない土下座など見たくはない」

「作法もクソもあるかよ、クソジジイ」


 頭を下げたまま柊が悪態をつく。

 すると、泰親は今までに見せたことがないくらいに破顔して笑い声を上げた。


「はは……懐かしい憎まれ口だ。私にそんな口が聞けるのはお前くらいだぞ、柊」


 泰親は満足そうに笑うと、ゆりに目を向けてしっかりした声色で告げる。


「すぐに鬼道家に処分の撤回を伝えろ。書面での通達も忘れるな」

「でもお父さん、あたしは……」

「いいからすぐにやれ!」


 泰親が一喝すると、ゆりは血が滲むほどに唇を噛み締め、憮然とした態度で立ち上がって部屋から出ていった。

 柊は、少し拍子抜けしたような顔をして小さく安堵のため息をつく。


「さて、柊……この後は暇か? どうせ無職だろう」

「あんたに言われるとスゲー腹立つな……無職だけど。何?」


 柊は懐に手を入れて、暇を持て余しているネズミ姫にこっそりと木の実を与える。


「いや、思い出話でもと思ってな。東北のいい地酒が入ったのだ。よければ今からどうだ?」

「朝から酒とは……恐れ入ったね、お義父さん。具合が悪いって聞いたけど、元気そうで良かった」


 柊はようやく警戒を解いた笑みを浮かべた。泰親は気を良くして柊を手招くと、使用人を呼びつけて酒瓶と盃を持ってこさせた。

 自ら酒を注いだ泰親が、その盃を柊に差し出す。柊はそれを受け取ると、自分の盃にも酒を注いでいる泰親の顔をじっと見つめた。


「何だ?」

「いいや……お義父さんとこうして酒を飲むのが懐かしくてさ」


 柊は目を細めて微笑むと泰親に盃を差し出す。


「俺がすみれと結婚することが決まった時もこうして一緒に酒を飲んだろ。よくもまあ自慢の娘を俺みたいな悪ガキにくれてやる気になったよな」


 泰親は、それには答えず黙ったまま柊を見つめていた。


「ありがとよ、お義父さん。楓の処分を取り消してくれて」

「ふふ……その話はもういい。親子水入らずでゆっくり飲もう」


 泰親はそう告げると、盃を口につける。柊も泰親に倣って盃に口をつけようとした──その時だった。柊の袖から一匹の白ネズミが飛び出して勢いよく盃に体当たりをする。からん、と音を立てて盃の中身が零れ落ちた。


「その酒を口にするな!」


 ネズミ姫はハッキリとした声で告げると短い体毛を逆立てて泰親を睨みつける。


「人間は騙せても妖怪(わらわ)の鼻は騙せんぞ! これは毒酒ぢゃ!」

「だそうですよ、お義父さん……いや」


 柊は苦笑気味に呟くと、膝に手をついてゆっくり立ち上がる。


「茶番はその辺で終わりにしようぜ、クソジジイ。お前は古御門泰親じゃないだろ?」


 その問いかけに、泰親はニタリと笑って酒を飲み干した。


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