【イサヨと八雲】2
「……鬼道楓?」
楓の口を塞いだのは古御門八雲だった。既にゴウもイサヨに捕らえられている。やはり罠だったのだと楓は後悔した。よりにもよって無関係のゴウまで巻き込んでしまったのだから。
「何だ、じゃあちょうどいいじゃん。早く病院に連れてかない?」
イサヨが緊張感のない声で言う。この中で一番他人事のような声色だ。
「び、病院って……なんの事だ?」
「小森病院。世話になったことあるんじゃないの?」
楓の脳裏に、尾崎九兵衛の姉が経営する小森病院のことが過ぎった。まさかまた霊力を奪うつもりかと身構える。
「ゴウ先輩、逃げてください!」
楓はエプロンのポケットに手を入れて御札を取り出そうとした──が、八雲に遮られる。
「イサヨ、説明が不十分だ」
「アハッ、ごめんて☆」
ぺろっとイサヨが舌を出す。八雲はニコリともせずに楓に向き直った。以前キイチの部屋で会った時のような腰の低さは無い。
「俺は古御門家の人間としてここに居るわけじゃない。誤解を招いた。俺たちは君に危害を加えるつもりはない」
「……それを証明できますか?」
エプロンの中で御札を握ったまま、警戒を解かずに尋ねる。八雲は少し考えるように顎に手を当てると、琥珀色の瞳で楓を見下ろした。
「証明か……なら、まず俺たちの素性から話した方が良いな」
そう言って、八雲がゆっくりと瞬く。
「俺の本当の名前は尾崎八雲。呪われた尾崎家の人間だ」
衝撃的なその告白に楓は絶句した。呪われた、というその言い方は少し引っかかる。
「完全な風評被害だってば。元凶は古御門家だぜ? ま、オレは最近まで兄弟の存在すら知らなかったんだけどね」
イサヨは緊張感のない顔で笑う。顔立ちも笑い方も、尾崎九兵衛によく似ていた。
八雲は、自分たちの家にはオサキという邪悪な妖怪が憑いていて、周りを不幸にする危険な一族だと古御門家が触れ回ったせいで世間からの風当たりが強くなったと言う。その結果、普通の暮らしを続けることが難しくなった両親は、子供たちを養子に出したのだと説明した。
「オサキ……憑き物筋、ですか?」
「その通りだ」
動物の霊が家に慿くという話を聞いたことがあった。家族間には特に災いをもたらすことはないが、他人には害を与えるという。尾崎にいつも感じていた嫌な気配はオサキによるものだったのか、と楓は納得した。
「でも、どうして八雲さんは古御門家の養子に?」
八雲は少し返事に惑うように口を噤む。しかしすぐに答えた。
「古御門泰親を殺すためだ」
低く、恨みのこもった声。とても冗談で言ったようには見えない。
「あの男を放置しておくのは危険だ。奴は既に……」
八雲が一度言葉を止めると、イサヨの表情が曇る。八雲の発言を諌めるように口を開こうとするが、それよりも前に八雲が言った。
「君の父上を殺そうとした」
「な──」
楓は頭が真っ白になった。彼の父親が数日帰ってこないのはいつものことだ。そしてふらっと帰ってくる。だから今回も、てっきりどこかで寝泊まりしているものだと思っていた楓はショックを受けた。
「一命は取り留めてる──安心してくれ。今は小森病院に居るんだ」
「こ、小森病院って……お前の身内の病院だろ!?」
ゴウが尋ねると、八雲はかぶりを振った。
「姉は亡くなったよ。恐らく九兵衛に殺された」
「こ、殺された……!?」
突拍子もない話に楓もゴウも絶句した。それも自分たちの顧問である尾崎九兵衛の仕業とは、とても信じられない。しかし、彼には何かとてつもなく恐ろしいことを企んでいる雰囲気がある。それが何なのか、楓には分からない。
「とりま……病院行かない? そこならゆっくり出来るしさ」
辺りを気にしながらイサヨが提案する。楓とゴウは顔を見合わせると、二人に案内されて病院へと向かったのだった。




