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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【転校生?】3

「起きたか」


 楓の意識が戻った時、腕組みをしている大柄な体がそこにあった。髭面で怖い顔をした大男。


「し、しょ……」

「ゴホン! 夜更かしなんぞしていたんだろう。全く最近の若造はたるんでいるッ!」


 日熊は、わざとらしい咳払いをして楓を叱責した。彼が楓の師匠ではなく『日熊先生』として接している。つまりここは……。


「保健室よ!」


 ふと、視界の端で凛とした少女の声がした。ツインテールを靡かせた小柄な少女、楓たちの部活の部長である高千穂レンだ。いつもより少しだけ声に覇気がない。


「あなた、廊下で倒れてたの。ここまで運んできたのは日熊先生よ!」

「ありがとう……ございます」


 楓はまだ意識のハッキリしない頭で状況を整理した。先程までの記憶を思い出しながら楓が額を押える。楓はある目的のために廊下を歩いていたはずだった。その目的とは……。


「そうだ、ハク先輩はッ──! ハク先輩は無事ですか!?」

「落ち着きなさい鬼道くん!」


 レンがぴしゃりと言って腰に手を当てた。


「ハクは無事よ! もちろん他のみんなも部室に居るわ! 幽霊部員のカトリーヌ以外全員ね」


 レンは普段と変わらない強い口調で言った。その力強さが、今の楓にはありがたい。レンはしばらく楓を見つめていたが、すぐに日熊を見上げた。


「あたしは尾崎先生に鬼道くんが起きたことを知らせてきます。日熊先生は鬼道くんと一緒に居なさい! 返事は?」

「……は、い」


 レンはそう言って身を翻すと、保健室の扉に手を伸ばした。その手が引き戸を掴む前に止まる。


「……心配したじゃない」

「え?」


 レンはそれに対しては答えずに保健室を出ていった。廊下を歩くレンの足音がどんどん遠ざかっていく。やがて日熊は大きくため息をつくと慌てたように楓の顔を覗き込んだ。


「か、楓ッ! 一体何があった? 体は大丈夫なのかッ!?」

「だ、大丈夫ですけど……キイチに、会ったんです」


 楓は心配そうな顔をしている日熊を落ち着かせて、先程の出来事を思い出しながら話した。キイチの姿をした何者かに部室に案内させられそうになったこと。途中で意識を失ったことを。

 日熊は難しそうに腕を組んで話を聞いていたが、やがて長いため息をついて楓の頭を軽く撫でた。


「……とにかく、お前が無事で本当によかったぞ」


 大きな手が、くしゃくしゃと楓の頭を撫でる。やがて廊下の先からパタパタと足音が近づいてきた。

 保健室の扉が開かれると同時に、ハクが駆け寄ってくる。ハクは心配そうに楓の顔を覗き込んだ。


「楓くん、もう大丈夫?」

「はい、心配をかけてすみません……ハク先輩、ゴウ先輩も」


 ハクの傍らには同じく息を切らせたゴウが居た。ゴウは小さな肩を上下させている。


「何か、あったの?」


 ハクが、元気のない楓を見ておずおずと尋ねる。楓は日熊を見上げると、少し口を噤んでから古御門家から届いた手紙のことを話した……。

 改めて口にするが、やはり楓の胸中は辛い。保健室を重苦しい空気が支配した。


「冥鬼ちゃんを渡せだなんて酷いわ。何とかならないの?」

「俺達もそれを模索してる。古御門家の思いどおりになどなってたまるか」


 日熊が腕を組んで鼻を鳴らした。あの夜、空が白むまで楓たちは鬼道家のこれからについて話し合った。

 古御門家に逆らって陰陽師を続けることは出来ない。かと言って、相棒である冥鬼を差し出すつもりもない。今月中に答えを決めなければいけないが、具体的な答えは出てこなかった。


「古御門家にお願いしてみるのはどうかしら? 考え直して欲しいって」

「それが簡単にいかないから深刻なことになってんだろ」


 ハクは隣のゴウに突っ込まれてしまい、しょんぼりと肩を落とす。

 古御門家に直接出向いて頼み込むという作戦は、楓も考えていた。古御門泰親は比較的楓には友好的な人物だ。もしかしたら話せば許してくれるんじゃないかと思った。使用人であるあやめの口添えもあればさらに期待できる。

 しかし古御門先生の娘であるゆりは鬼道家を──鬼道楓を嫌っているのだろうと楓は推測した。理由は分からないが、たびたび冷たく接してくるあの女性を楓個人も苦手に感じる。


「ああ、楓クン起きたんだ?」


 軽快な口振りで保健室に入ってきたのは尾崎と、彼を連れてきた高千穂レンだった。


「いやあ、オレほどじゃないけど楓クンもモテるっスね〜。男に女に妖怪まで? 羨ましいっスわ」

「茶化すな貴様」


 日熊がジト目で尾崎を睨む。尾崎は気にした様子もなくベッドに腰を下ろすと、楓の額に手を当てた。


「で、盗られたモノとかない?」

「盗られたモノ、って……」


 数珠は手首についたままだし、札も持っている。学校だからと言うのもあるが、手荷物は少ない。

 何もとられていません、と言いかけた時だった。尾崎はいつの間にか火をつけていた煙草を口に咥えると、その煙を楓の顔目掛けて吹き出した。


「尾崎、貴様! 一体何を……」


 日熊が掴みかかるけれど、尾崎は煙草を咥えたままその手を難なく避けた。


「邪気避けの香だよ。そんなことも知らねえのにオカ研の副顧問してんだ? ウケる」


 尾崎は鼻で笑うと、不思議な匂いのする煙をふーっと吐き出した。確かにこの匂いは煙草と言うよりも香のようだ。体内から悪いものが抜けていくような。


「尾崎先生は……どこでこれを?」

「秘密。楽になるでしょ」


 尾崎はそう言って琥珀色の目を細めて笑う。


「尾崎、貴様……良からぬ奴と付き合っているなら今すぐ手を切れ」

「アハッ、何それ」


 尾崎が面白そうに笑うが日熊は笑わなかった。


「エッチな本の読みすぎじゃない?」

「茶化すな、貴様──!」


 日熊が眉根を寄せて尾崎の胸ぐらを掴む。何か言いたそうに、とても怒った顔をして。


「それにさぁ」


 胸ぐらを掴まれたまま抵抗しない尾崎がゆっくりと口を開いた。


「仮にオレが良からぬ相手と付き合ってたとして、日熊ちゃんに関係あるの?」


 その問いかけに、日熊が言葉に詰まった。

 やがて、何か言いたそうにもごもごしながら引き下がってしまう。


「オレは陰陽師じゃないけど簡単なお祓いくらいなら出来る。その後のことは保証しないけど」


 アハハと笑って尾崎が体を起こした。


「何とも無くて良かったね。楓クンはオレの大事な生徒(オキニ)だもん」


 尾崎が楓の頭に手を置く。それが本心なのかどうか、楓には分からない。そんな楓に尾崎が顔を近づけてきた。


「嘘だけど」


 ゾクッとするような低音が耳元をくすぐる。鼻腔を、先程嗅いだ煙草と香水の匂いが掠めた。楓がハッとして逃げようとするが、尾崎によって腕を引き寄せられる。琥珀色の瞳が楓のすぐ近くにあった。


「……ッやめてください」


 恐怖を感じて嫌がるその反応がおかしいのか、尾崎はニヤニヤ笑いながら身を翻す。


「高千穂ちゃんも気をつけなよ。妖怪も人間も、何するか分かんねえんだから」


 尾崎は意味ありげにレンに目配せをすると、振り返りもせずに保健室を出ていった。


「……おい、馬鹿千穂?」


ゴウが黙ってしまったレンの顔色を窺う。いつもならここで『高千穂よ』と威勢のいい訂正が入るところだ。しかしレンは黙ったまま何も答えない。


「レンちゃん?」

「……今日の部活はここまでよ。各自帰宅しなさい」


 レンは重苦しい様子で呟くと、すぐにツインテールをなびかせて身を翻した。


「何だアイツ」


 ゴウが肩を竦めて呟く。けれど、レンが保健室を出て足音が聞こえなくなるとすぐにベッドに近づいてきて声をひそめた。


「部活が始まる前にさ、尾崎が誰かと電話してたんだけど……その内容がヤベーんだよ」


 緊張した面持ちでゴウが話し始めようとするのを日熊が真顔で制する。


「盗み聞きか?」

「き、聞こえちまったんだよ!」


 ゴウは慌てて弁解すると、更に声をひそめて楓の周りに集まるように手招いた。


「でさ、尾崎の奴……『次はイサヨを殺す』とか言ってて……」

「い、イサヨだと?」


 不意に大きな声を上げたのは日熊だ。楓たちの視線を浴びた日熊は、しどろもどろに説明する。


「じ、実は先日……尾崎に化けていてな、イサヨと言うチャラついた男に声をかけられたんだ。昔の仕事仲間だったらしい」


 何をやってたんだと言いたい気持ちを楓はぐっと飲み込む。帰りが遅かった理由はそういうことだったのかと理解した。


「あの嘘つき教師、仕事仲間を殺す気か?」

「ドラ猫、人を見た目で判断するのは……その……関心、せんぞ」


 不意に日熊が口を挟む。再び楓たちの視線を浴びた日熊は、慌てたように何度も咳払いをした。


「日熊、オマエどーしたんだよ。あんだけ尾崎のこと嫌いって言ってたのに」

「き、嫌いとは言ってない! ふ、不真面目なところは気に食わんが……別に奴の全てを否定しているわけではないというか……だな」


 ごにょごにょと言い訳している日熊を尻目に、楓は以前の出来事を思い出していた。あれは楓の家に尾崎ヒフミと名乗る男がやってきた日。尾崎の尾行をするためにゴウと行動していたが、すぐに尾崎には見つかってしまった。その時の会話だ。


『け、今朝……尾崎先生のお兄さんに会ったんですけど』

『えー、だれ? ヒフミ? シロー? イサヨ?』


 あの時は何人兄弟が居るんだと思ったものだったが、イサヨは尾崎が口にしたものと同じ名前だ。

 ゴウもそのことを思い出したらしく、楓をチラリと見て目配せをした。


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