【転校生?】1
例え彼が陰陽師でなくなっても、朝はやってくる。普段と変わらない、少し肌寒い朝。
眠い目をこすりながら八重花の作ったおにぎりを鞄に入れて、いつも通りの時間に家を出る。楓は陰陽師である前に高校生だから。
「寒くなってきたな……」
駅までの道を歩きながらぽつりと呟いた。ついこの前まで夜まで寝苦しかったというのに、ほんの少し肌寒くなってきた。日中の時間も短くなり、すっかり秋を感じる。
電車に乗って学校に辿り着いた楓は、早足で教室へと向かった。
「おはよー楓! ……ど、どーした?」
教室に入った途端、葵に声をかけられる。一睡もしていない楓の顔は目つきの悪さも相まってさらに酷いことになっていたが、葵が驚いているのはおそらく目つきのことではないだろう。
「……縛るのが面倒くさかったんだよ」
楓はそう言って自分の席についた。
いつも頭の上でポニーテールにしている髪を、今日は縛らずにそのままにしている。幸い、今日は体育もないから縛る必要もない。
「へーっ、珍しい……そういや文化祭効果でさ、あの美少女メイドとはどの店で会えるんだーって部活の先輩に聞かれたんだぜ」
「やめろ文化祭の話は」
葵が楽しそうに、嫌がる楓の顔を覗き込んでくる。文化祭でメイドに扮したのは今年一番思い出したくない苦い過去だった。写真も小鳥遊香取によって不特定多数の人にばらまかれ、その分の報酬は得たにしても心中は複雑だ。楓は鞄の中から教科書を取り出しながらため息をついた。
その時、鞄から白いものがこぼれ落ちる。
「うおっ! これ、朱音がお前に押し付けたやつじゃね?」
「ああ……」
鞄からこぼれ落ちて、ふわふわと舞ったそれを葵が両手で受け止める。その手の中には白い毛玉、ケサランパサランがあった。幸せを呼ぶお守りと言われて伊南朱音に渡されたものだ。
「──あのさ、朱音のことなんだけど」
毛玉を取って鞄の中へと戻そうとする楓を見ながら、葵が何かを言いかける。しかし、毛玉は楓の手をすり抜けてふわふわと漂ってしまう。
葵が咄嗟に手を伸ばそうとするが、その風で毛玉が大きく揺れた。
「ちょ、マジで生きてるみたいじゃんこれっ!」
そう言いながら、葵が両手で毛玉を捕らえようとする。ふわふわと揺れる毛玉が葵の手から逃げるように浮き上がった。まるで本当に生きているようだ。逃げるように、からかうようにふわふわと舞う。
その時、窓から風が吹き込んできた。毛玉は大きく舞い上がって教室の入口へと飛んでいく。開かれた教室の入口には、学生服を着た少年が立っていた。
白くて長い髪をした、中性的な顔立ちの少年。楓はその少年にとても見覚えがあった。
「キイチ……!?」
長い髪を靡かせたその少年は、毛玉を手のひらに乗せてうっすらと微笑む。血のように赤い瞳が楓を映した。
「おはよう、兄さん」
それは古御門家で何度も聞いた声。それでいて妖しくて、耳元で囁かれたような不思議な色香がある。古御門泰親の孫であるキイチが、学生服を着て教室の前に立っているこの異常な状況に理解が追いつかなかった。




