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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【豆狸の冒険】4

「な、なあッ! どんどん駅から離れてるぞ! 駅ナカに逃げ込めば良かったんじゃッ……」

「それ! もっと早く言って欲しかったっス! 混乱しちゃってそこまで頭回んなかったんスよ!」


 オレは物騒な刃物男から逃げるべくゴーくんの手を引いてとにかく走った。今思えば、確かにゴーくんの言う通り駅の中に逃げ込めばよかったと思う。だけど駅から離れた住宅街なら、何かあったら大声で助けを求めれば誰かが通報してくれるはずだと思った。そんな安直な考えから、オレは閑静な住宅街へと逃げ込んだんだ。

 けど、住宅街に辿り着く前にどうやら回り道をされていたらしい。オレたちの目の前には街灯に照らされた不審者が立っていた。肩をいからせて、顔を隠すようにマスクをつけてサングラスをしているけどその体格からして男……だよね? 見間違いじゃなければキラリと光る刃物を手に持っている。


「……ご、ゴーくん……駅まで走って逃げられる?」

「お、オマエ……どうする気だよ」


 ゴーくんは心配そうにオレを見上げていた。

 オレは冥鬼ちゃんや椿ちゃんみたいに強くないから……足止めくらいしか出来ない。だけど、それで生徒(ゴーくん)が逃げられるなら充分だと思わない?


「この馬鹿ッ! オマエに何かあったら楓が泣くだろッ!」


 ゴーくんは鋭い。オレの考えていることをすぐに察して怒鳴りつけてきた。確かにゴーくんの言う通り、オレに何かあったら楓クンは泣いてしまうだろう。あの子は優しいから。すみれちゃんの大切な息子で、オレにとっても同じくらい大切な存在。楓クンを泣かせるのは嫌だ。

 だけど、今のオレに出来ることなんてこれくらいしかない。オレは教師だ。大事な生徒を守れなくてどうするって言うんスか。


「逃げろ、ゴーくん!」


 オレはゴーくんを後方へ突き飛ばすと、不審者に駆け寄った。不審者は少し怯んだみたいだけど、手に持った刃物を突き出そうとしてくる。刃物がオレの頬を掠めた。


「バレー部顧問……舐めんなよッ!」


 オレは刃物を持った不審者の腕を掴むと、そのまま一気に腕ひしぎ十字固めをキメる。やっぱ力は足りないけどッ、でも尾崎(オレ)だって成人男性だ。これで充分なハズ……!

 カランと音がして、不審者の手から刃物が落ちた。オレは息を切らせながら、不審者の顔を見てやろうとして勢いよくそのマスクを剥ぎ取る。さあ、どんな意地の悪い顔だ? どうせオレより大したことないんだろう……け、ど……。


「ぴゃあ……!」


 今度こそオレは情けない悲鳴を上げて後ずさる。マスクの下の顔は、グジュグジュに腐っていた。刃物を持っていた手も焼け焦げたように爛れていて、こんな怪我を負って生きているなんてありえるのか? 力が抜けてしまったせいで、男はオレの拘束から逃れて這い出てくる。よろめきながら男が体を起こし、腰が抜けそうなオレに向き直った。

 頭が真っ白になって完全に戦意喪失したオレに、逃げたはずのゴーくんが駆け戻ってくる。


「立て、日熊!」

「う……ううっ!」


 オレは何とかゴーくんの手を借りて立ち上がる。即座に男の前から逃げたオレたちは、暗くて静かな住宅街を駆けていく。その道中で、暗がりから警察官がこちらに歩いてくるのが分かった。


「よ、良かった……!」


 オレはホッとして警官に向かって大きく手を振る。警官が暗がりの中でオレたちに気づいて足を止めた。人に会えたってだけでこんなに安心するなんてマジでビビりすぎでしょオレ。


「……先輩」


 帽子を深く被った警官は、何かを小さな声で呟きながらゆっくりと近づいてくる。その様子は何だか穏やかじゃない。


「先輩、生きてたんですねぇ。そうですよね、先輩が死ぬはずない……あんな死に方するはずがないんだから」


 不穏な雰囲気の警官が、妙に首をカクカクと揺らしながら歩み寄ってくる。さすがにゴーくんが怪しんで、オレの服を掴んだ。


「何声掛けてんだよ馬鹿! は、早く行こうぜ」

「そ、そーっスね!? すんません、オレたちそろそろ……」


 オレは警官から離れるように一歩二歩と後ずさった。


「小森先輩はぁ、自分で命を断つような人じゃないぃ……」


 警官はオレの話なんか聞かずに、ゆっくりと暗がりの中から歩み寄ってくる。その両目は……。


「ひいッ!」


 警官の両目は無かった。ぽっかり開いた二つの空洞からはダラダラと血が流れ、首も取れかかっている。は、ハロウィンにしてはちょっと早くない!?


「ひ……日熊、逃げるぞ!」


 ゴーくんがオレの袖を強く握った。オレは何度も頷いて警官から距離を取るように後ずさる。

 そして勢いよく警官に背を向ける。すると……後ろから肩を掴まれた。


「殺されたんですよね? 俺みたいに」

「ひぇ……!」


 オレは変な悲鳴を上げて警官の手を払おうとするけど、完全に腰が抜けてその場に尻もちをついてしまう。ゴーくんが慌ててオレの袖を引っ張った。


「馬鹿ッ! 何転んでんだよ!」

「あ、アハッ……腰抜けちゃって……」


 ゴーくんの手を借りて立ち上がろうとするオレに、警官がふらふらと近づいてくる。悪寒が止まらない。これが妖気か恐怖なのか、それすら分からなかった。真冬でもないのに、指先が氷のように冷たい。何で、何で何で何でオレたちがこんな目に?


「ひ、日熊……何とかしろって!」

「何とかって何!? オレ楓クンじゃないしッ!」


 次第にオレたちの声が大きくなるけど、誰も外の様子を見にやってこなかった。こんなに密集した住宅街なのに! ああ、なんて薄情な現代社会!

 突然、嫌な気配を纏わせた警官の口からにょろりと髪の毛が伸びた。オレとゴーくんは思わずその場で抱き合ってしまう。オレたちの前で長い髪の毛が地面につく長さまで伸びていく。それはまるで生き物のように地面を這いながらオレたちに近づいてきた。マジで気持ち悪すぎでしょ!

 ポケットを漁っても身を守るものは何も無い。頼れるのは己の体のみ。ってことは……またバレー部顧問の名にかけて一発お見舞いコース? 化け物に人間技が通用すんのか分からないけど、生徒(ゴーくん)だけは守らなきゃ。

 オレはへっぴり腰で体を起こそうとした。その時。


「ぐぶっ!」


 警官の口から伸びた髪の毛が切り裂かれる。


「こ、今度は何ッ?」


 オレはゴーくんと抱き合ったまま、辺りを見回す。やがて彼の口からこの世のものとは思えない悲鳴が上がり、警官の首と体が離れた。警官の首は地面に落ちるよりも前に砂に変わって消えていく。


「は……」


 無言の静寂が辺りを支配する。一体何が起きたのか全然分からなくて辺りを見回すと、少し離れたところに人影があった。暗くてぼんやりとしか見えないけど、長い鎌のようなものを手にしている。


「ご無事ですか?」


 男はそう言って暗がりの中から近づいてくる。オレは目を凝らしながらそいつを二度見した。黒いスーツに身を包んでいるその男は、長身で痩せ身。


「あ、アハハ……助かりました」


 オレが苦笑しながら自分の後頭部に手を当てようとした時、その腕をゴーくんが掴んだ。オレの後ろに隠れるように縮こまっていたゴーくんが青い顔で小さく震えている。彼の視線の先には、オレたちを助けてくれた命の恩人が居た。暗闇から現れたそいつの姿が街灯に照らされる。

 その男は、大きなツノに山羊の頭。体は人間と変わらずシュッとしているのに、異様に大きな頭がとてもアンバランスで、まるで……異教の悪魔みたい。

 そう思った瞬間。オレはゴーくんに手を引かれて夢中でその場から逃げていた。


 オレこと豆狸の長い長い一日は、本当に今度こそ終わりを告げたのだ。

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