【豆狸の冒険】3
「おかえりにゃさ〜いっ!」
店に入ると、フリフリの衣装に身を包んだ美少年たちに出迎えられた。彼らの頭には大きな猫の耳が生えていて、長いしっぽがスカートの後ろから見えているコも居た。
あー、分かった。ここって……。
「化け猫喫茶だ」
「ボクたちは化け猫じゃないにゃー」
猫のコスプレをした少年たちは心外そうに揃って唇を尖らせる。
「お兄さんは猫の国に迷い込んだんだにゃ。ここでしばらく休んでにゃ」
「ふーん、そーいう設定?」
オレはお言葉に甘えて店内に案内された。ずいぶんとかわいらしい内装だ……こういうの、男より女の子のほうが喜ぶんじゃない?
なーんて思っていたオレは、ふとテーブルを熱心に拭いている黒猫ちゃんに目がいった。
あれ? あの後ろ姿って……。
「こんなとこで何してんの、ゴーくん」
「はにゃ!?」
黒猫が変な鳴き声を上げて振り返った。そのまま時間が止まったのかってくらいフリーズしている。
女の子の格好をしているけどオレにはすぐ分かったよ、この子がゴーくんだって。だけども、黒猫は張り付いたような笑顔で完全に固まっている。
「ね、これ本物?」
「にゃー!? さ、さわんっ……」
頭についたネコミミに触れようとすると、ゴーくんは慌てて手を振り払って後ずさろうとする。その時、床に零れていたジュースでゴーくんが足を滑らせた。
「にゃー!?」
「おっと!」
すぐに抱きとめてあげると、ゴーくんは目をぱちぱちさせてオレの腕の中で借りてきた猫みたいに大人しくなった。やがて、ものすごく怖い顔をして声をひそめる。
「い、家には……言うなよ」
「そこは学校には言わないでくれ、の間違いじゃない? 東妖高校はバイト禁止。特別な理由がない限り許可は──」
腕の中でゴーくんが不審そうな人を見るような目でオレを見ている。あ、普段の尾崎はこんなこと言わないもんね。
「オレオレ、豆狸だよ」
「は……」
ゴーくんは力が抜けたように大人しくなった。オレの腹が情けない音を立てるのとほぼ同時に。
「ね、何か食わせて♡」
普段の尾崎九兵衛でもしないようなだらしない笑顔で言うと、ゴーくんはチカラが抜けたようなため息をついてからキッチンへと向かった。
やがて、すぐにゴーくんオススメのメニューがテーブルに並ぶ。値段は高いけどいい店だ。オムライスにはゴーくんが自らケチャップをかけてくれるし、隣でお喋りもしてくれる。まあ、今オレの隣にいるのはドラ猫ちゃんのゴーくんだけど。ゴーくんは唇をへの字にしてコップにストローをさしてくれた。
「ちぇ、オマエのせいでプロの接客失格だよ……」
「そりゃドーモ。苦情は冥鬼ちゃんに言ってね」
オレはオムライスを頬張りながら答えた。
楓クンの話だと、鬼原ゴウは常夜の国の王様と繋がってるんだったっけ。ハクちゃんのこともだけど、ゴーくんの力も良くないことに利用されなければいいんだけど。
それにしても美味いな〜、このオムライス……。腹ぺこだったから余計美味しく感じるよ。
「ごちそうさま、チョー美味しかったよ」
オレはゴーくんの髪を軽く撫でた。ゴーくんは唇を尖らせて『お粗末さま』と応える。すぐに会計を終えて帰ろうとするオレの後ろから、パタパタと小さな足音が近づいてきた。振り返ると、オレを追ってきたのはゴーくんだ。
「駅まで送ってやるから、オレが上がるまで待ってろよ」
「それ知ってる、テレビで見た。ツンデレってヤツだ」
「うるせー馬鹿!」
ゴーくんはオレの脇腹に全然痛くないパンチをする。でも、ゴーくんの申し出は助かった。あの狗神とかいうコワいお義父さんから逃げるのに夢中だったから、帰り道がちょい不安だったんスよね。ただでさえ上結駅は都会なんだもん。
オレはお言葉に甘えて店内でのんびり過ごしながらゴーくんが仕事を終えるのを待った。
時刻は夜の十一時を回りそうなところだ。
「高校生がこんな時間までバイトなんて、親御さんが聞いたら泣くっスよ〜? 生徒指導室においで」
「泣かねーよ。オレ、親いねーし」
ゴーくんはサラッと壮絶なことを言ってスタッフルームから出てきた。二人揃って『猫の国』を出ると、当然ながら辺りは真っ暗だ。昼に比べて、ちょっと肌寒い気もする。
「こっちだぜ」
ゴーくんはそう言って足早に歩き出した。あったかい店内が恋しかったけど……終電を逃したら外で寝る羽目になる。
「親が居ないって、何で?」
「小さい時に火事で死んだから」
ゴーくんは、ちょっと言いづらそうに顔を逸らした。なるほど……だからゴーくんはハクちゃんの家に暮らしてるのか。
「ひ、日熊」
ゴーくんの声が傍で聞こえる。どうしたの、と言おうとした時……オレは奇妙な視線を感じた。
駅に近づいているから人が多くなってきたのは当然なんだけど……この視線は明らかに変。ゴーくんの手がオレのズボンをギュッと握った。
「最近さ、殺人事件がこの辺であったんだ。それも心臓を抉られてさ……犯人、相当恨んでたんじゃねーかな」
「アハッ、やめてよゴーくん……」
オレは口元を引き攣らせながらゴーくんの手を握る。このヒリヒリするような視線、間違いなくオレたちを見てるよね。ゴーくんもそれを感じてるのか表情がカタい。
誰がどこから見ているのか注意深く探ろうとした時、人混みに紛れてゆっくりとこちらに向かってくる男が居た。手には刃物を持ってる。……なんか、ヤバいかも……。
「ご、ゴーくん……とりま、逃げよっか!」
オレはゴーくんの手を握って駅とは反対方向に向かって駆け出した。土地勘なんかないしどこに逃げたら正解なのか分からない。だけど、オレの生徒は守らなきゃ。それが先生ってものなんだから。




