【怪異を探せ】3
「って……ゴウ先輩! そっちは校門ですよ!」
「当たり前だろ、帰るんだから」
早速校内に残って聞き取り調査でもするのかと思いきや、ゴウ先輩はまっすぐに生徒用玄関から出て校門へ向かおうとする。
「怪異についてはバカ千穂とハクが何とかするって。チラシ作るって言ってたし……はにゃあ……」
ゴウ先輩は眠そうにあくびをした。というか何だそのあくびは。猫か? 猫なのか?
「い、一応校内を見て回るだけでもしませんか?」
「ならオマエがやれ、言い出しっぺなんだから」
眠そうに目を擦っていたゴウ先輩だったが、すぐに拗ねたように頬を膨らませて歩き出す。
僕は慌ててゴウ先輩の後を追いかけた。
「何怒ってるんですか。ハク先輩と帰れないから拗ねてるんですか?」
「ハクは関係ねーぞ。めちゃくちゃ眠いだけだよ──」
ゴウ先輩は、ふにゃあ〜、とネコみたいなあくびをして目を擦っている。そういえば、この人は出会った時から眠そうだったな。
「夜更かし、ですか?」
「いや、夜は九時には寝てるんだぜ。むしろ何でこんなに眠いんだろうな……成長期か?」
僕の質問に、ゴウ先輩は考え込むように俯いて腕を組む。
九時には寝るって……なんと言う健康的な生活だろう。今時の小学生だって夜更かしをして日付けが変わるまで起きてるっていうのに。
ゴウ先輩は、小さな体を少しでも大きく見せたいのか大股で歩いている。背丈は130あるかないか……どちらにしても見れば見るほど小学生並の背丈だ。彼の動きに合わせてネコミミヘアーがぴょこぴょこと動いてる。これで尻尾もあれば完璧に、親の趣味でコスプレをさせられた小さい子供って感じだろう。コスプレショップに連れていきたがる小鳥遊先輩の気持ちも何となくわかる。
「春だから──ですかね」
「うにゃ……」
僕は、眠そうにウニャウニャ言っているゴウ先輩の後を歩いて返事をしながら何となく辺りを見回した。
遠くから、野球部が練習をしているのか掛け声が聞こえる。続いて、ボールが空高く打ち上げられた小気味のいい音。
校舎の方からは吹奏楽部の練習か、騒がしい楽器の音色が聞こえる。──窓が空いているから余計音が漏れるんだな。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、僕はいつの間にか立ち止まっていたゴウ先輩にぶつかってしまった。
「うっ! すみません……!」
小さすぎて危うく蹴飛ばしてしまうところだった。慌てて謝罪を口にするが、ゴウ先輩もよそ見をしていたらしい。彼の視線は、校舎の隅に置かれた古めかしい焼却炉に向けられていた。女子生徒が、何やら一人で焼却炉の前に立っている。
「今どき珍しいですね、焼却炉。環境によくないから僕の中学の時は撤去されてましたよ」
「……鬼道、あいつ何か変じゃないか?」
ゴウ先輩はスクールバッグを肩にかけたまま、焼却炉に近づいている女子生徒を訝しげに見つめている。
女子生徒はフラフラとした足取りで焼却炉に近づくと、中を覗き込むような体勢を取った。
それだけでも十分危険なのだが、焼却炉から突然パチッと何かが弾けたような音が聞こえ、女子生徒の髪に火の粉が降りかかる。
火の粉は不気味に揺らめきながら少女の体に燃え移ると、瞬く間に上半身に広がっていった。
「ご、ゴウ先輩! たっ大変ですよっ……あ……れ?」
僕は慌てふためきながら傍らのゴウ先輩に声をかけるが、返事がない。辺りを見回すと、今まで傍に居たはずのゴウ先輩の姿がどこにもなかった。
その間にも、女子生徒の体にはみるみるうちに炎が燃え広がっていく。
「くそっ……!」
僕は、すぐさま焼却炉へと駆け出した。
炎は女子生徒の体を包み込み、どんどん燃え広がって辺り一面には焦げ臭いにおいが立ち込めていた。いくらなんでも火の勢いが早すぎる。早く火を止めないと──それから警察……いや、救急車が先か?
「す、すぐに水をっ!」
僕は女子生徒に駆け寄ると、花壇のそばにあるホースを引っ張り出す。堅く閉められた蛇口を懸命に捻ってみるが、長く使われていなかったのか、蛇口はビクともしない。
「嘘だろっ……ぐぅっ!」
僕は慌てて両手を使って蛇口を捻ろうとした。そんな僕の後ろから、炎に体を舐め尽くされている女子生徒がよたよたと近づいてくる。
女子生徒の足からは黒煙が立ち上り、肉の焼けるような嫌な臭いを立てているのに、彼女は悲鳴や呻き声ひとつ上げない。
その不気味さに、僕は咄嗟に後ずさってしまった。
「……っ……」
女子生徒の顔が、焼けただれてぐにゃりと歪む。
伸ばされた手には炎が燃え移っていて、生きているのが不思議なくらいだ。
「ひ……」
僕は懸命に震える手で蛇口を捻るが、やはり堅く閉められていて水は出なかった。
いやそれよりも……どうして彼女はまっすぐ僕に近づいてくるんだ!?
狼狽える僕の目の前で、少女が燃えさかる両手を伸ばす。
「何で殺したの?」
突然、あどけない声でそう言った少女の顔がドロドロと焼け爛れてゆく。
僕はすぐに後ずさろうとするが、不自然なくらい体が重くて足が動かない。炎に包まれた少女が僕の首に手をかける動きは、払いのけられるほどゆっくりとした動作なのに。
「ねえ、何で──あたしを殺したの」
「あぐっ……うう……!」
人の力とは思えない強い力で、少女が僕の首を絞めあげる。
「大好きだったのに……何で?」
首を絞め上げられる痛みと、全身が焼けるような熱さに目を開けていられない。あまりの熱さと苦しさで、意識が飛びそうになる。
「ねえ、センセイ……」
少女は楽しそうに笑うと、さらに力を込めて僕の首を絞め上げる。
あまりの苦しさで涙が歪む視界の中、僕が最後に見たのはドロドロに溶けた顔を歪めて笑う少女の顔だった。