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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【小田原家】1

 ホテル暮らしも一週間が過ぎると退屈だ。だからってこんなことに巻き込まれるなんて思わなかったですよ、オレもご主人も。

 ヒビの入った鳥の面と地味な正装から動きやすい人間の服に着替えたオレは、跳ねるように歩きながら『ねー?』ってご主人の顔を覗き込む。

けれどご主人はすっかり拗ねた様子で離れて歩こうとするから、オレはすかさず隣に並んだ。


「暑苦しいわ。隣来んな」

「えー? 親鳥の後に着いてくのはすりこみの基本やないですか」

「誰が親鳥や。よそのアホと仲良くなっとったやんけ。なーにが楓クンや。あーアホらし」


 猿神クンのお屋敷を出てからご主人はずーっとこれだ。怒りたいのはオレの方だったのに……。


「ご主人、やきもちとか子供みたいですよー?」


 わざとおどけたように言ってみるケド、ご主人は返事をしなかった。その無言が、ちょっと……ううん、すごく気まずい。オレは、少し上擦った声で言った。


「オレのご主人は牛蒡さんだけですよー? いつだってそーです。オレの一番は〜……」


 いつも『アホ』とか『ガキ』なんて軽口を言って何かしら応えてくれるはずの、ご主人の返事はない。……もしかして本当に怒ってる?

 オレは小走りに近づくと、ギュッとご主人の腕にしがみついて立ち止まった。突然オレが立ち止まったことでご主人が僅かにつんのめる。


「……おい」


 ちょっと怒ったような声が頭の上から聞こえる。オレはご主人の袖をぎゅーっと掴んだ。


「……嫌です」


 顔を覆う鳥の面はない。オレの醜い顔を覆うものは何も無い。だから泣いたらダメだ。それなのにオレの両目からは雫が溢れてくる。


「あなたに嫌われるのは嫌です。あなたに捨てられるのはもっと嫌です。あなたに必要とされないのが、オレは一番……」


 怖いんです。

 顔を上げて訴えるけれど、涙でご主人の顔は見えない。怒っている? 呆れている? オレなんか、もう必要なくなっちゃった?

 溢れてきた不安がオレの胸の中いっぱい支配する。

 ふと、オレのほっぺたが引っ張られた。焦ったような顔でご主人がオレを見下ろしている。


「アホか、お前が俺の知らんとこで鬼道の息子と会ってたから怒っとるだけや! お前は……ほら、昔からそういうとこあるから……ああもお、何で泣くん……」


 ご主人は慌てた様子で、オレを子供にするように抱っこをする。オレは涙をゴシゴシと擦りながら顔を隠そうとするけど、擦ったらアカンってなだめられた。


「泣きたくて泣いてるんじゃないです……」

「そうやな、そういう奴やお前は。悪かった悪かった、かんにんな」


 ぽんぽんとご主人の手がオレの背中を叩いた。オレは、くぐもった声で『泣き虫でごめんなさい』と呟く。ご主人は優しい声で『ホンマにな』と笑った。

 鬼を屠った最強の妖怪……烏天狗の子、黒丸。その一番の弱点は小田原牛蒡、オレのご主人だ。

 烏天狗は、性質上家族愛が非常に強い。長いこと家族を知らなかったオレは、こんなに弱くなかった。何なら猿神クンみたいに人間を騙したり困らせたりもしてきたし。そのせいでやんやと言われたりもしたけど、全然へっちゃらだった。若かったからってヤツだ。

 そんなオレに初めてできた家族が小田原牛蒡という人間で、小田原家だった。家族を知って弱くなったオレなんかを愛してくれるこの人を、命に替えても守りたいと思ってる。

 ヤキモチ妬きだからっていうのももちろんそうだけど、ご主人は柊殿のことをライバル視してたから楓クンに修行をつけてるなんて言い出せなかったんだよね。オレの独断だし……。


「全部柊が悪い」


 ご主人は忌々しげにため息をついた。鬼道柊殿が突然陰陽師を辞めて、家業の一切を息子に伝えず遊び歩いているというのは我々の業界じゃ周知の事実だ。柊様をよく思っていない陰陽師たちが楓クンにキツく当たるのは、昔の柊殿に仕事を取られたと思ってる人達がほとんど。

 ご主人はカリスマ性のある柊殿のことを認めてた。それがある日突然、柊殿が陰陽師を辞めたもんだからご主人は張り合う同業者も居なくなって、悪い噂は流れるし柊殿はふざけるばかりで話し合いに応じてくれなかった。


「アイツがちゃんとしとったら息子もあそこまで卑屈にならんかったやろ。何でこそこそとクロに息子の修行を頼む必要があるのか分からん」


 ご主人はハンカチでオレの涙を拭って体を下ろした。

 無言でぐりぐりとオレの頭を撫でる手がいつもより優しい。


「わかんないです。でも……オレも楓クンのことは気になってて、オレがやりたいって言っちゃった」

「そーやな、お前とアイツは似とるしな」


 ご主人の指がオレの髪を梳くように撫でる。


「初めて会った時のお前にそっくりや」


 そう言って笑ったご主人はあの時の少年のまま、歯を見せてイタズラに笑った。ご主人は昔から全然変わってない。


「ただ、今度アイツに修行つけるなら俺も連れてけ。俺抜きでこそこそされるんはホンマに好かんからな」


 ヤキモチ妬きなところも全然変わらない。


「ご主人も、オレ抜きできぃちゃんに会ったら嫌ですよ?」

「きぃちゃんと妖怪タラシを同じ天秤に乗せんなや。っちゅーか一人できぃちゃんに会えるわけ……ええいもう、やかましいわ! 先行くで!」


 ご主人はさっさと歩き出した。オレは解けてしまったスニーカーの紐を結び直して後を追う。


「ちょ、待ってくださいよー! この靴歩きにくいんですって!」

「下駄のほうが歩きにくいやろ」


 ぶつくさ言うご主人の後を駆け足で追ったオレは、きぃちゃんのくれたメモを頼りに静かな住宅街までやって来た。

 プールでの一件後、瀕死の仙北屋黒夢からハクちゃんのことを聞いたオレたちは楓クンの助っ人に行った。その直前、きぃちゃんからメモをもらったんだ。


『……私の家に来て。そこで全部話します』


 メモに書かれていたのはきぃちゃんが今住んでいる家の住所だった。

 きぃちゃんは、オレのご主人の大事な一人娘。何せ赤ちゃんの時から知ってるから、オレにとっても妹みたいな存在だ。きぃちゃんには弟と思われてそうやケド……。

 きぃちゃんには、奥様の病気のことも聞かなきゃならない。もし治る見込みがあるなら、オレはいくらでも天狗の知識を提供するつもりだ。人間に妖怪の薬が効くのかは分からないケド……いや、きっと効く!

 ご主人と奥様の離婚の原因、世間はご主人にある……と見るだろうケド、オレはどっちも悪くないと思ってるんだ。仕事に一生懸命なご主人と、普通の暮らしがしたかった奥様。出会った時はあんなに幸せそうだったのに。人間って難しいよな。


「あ、靴紐解けちゃった」

「またかお前。そこ座れ」


 ご主人は、ぶつくさ言いながらオレを縁石の上に座らせた。面倒くさそうに目の前に屈んで、オレの靴紐を縛り直してくれる。

 ……ご主人の髪、白髪ばっかだ。皺も増えたし、いっぱい苦労した顔してる。オレは手を伸ばして、ご主人の短い髪を撫でた。


「撫でんなアホ」


 ご主人が悪態をつきながらキュッと靴紐を引っ張る。


「靴紐はなぁ、蝶々の部分をもっかい結べば解けないんや。見とけ」


 何だかんだ文句を言いながらご主人が靴紐を綺麗に結び直してくれるのが嬉しくて、オレはじっと手元を見つめていた。


「何やニヤニヤして」

「いや、何かこういうの家族っぽくて良いなって」


 ご主人はオレのことを睨むように見つめていたけど、靴紐を結んだ手が、ぽんとオレの頭に置かれた。

 それは親が子供を撫でる時のような優しさにも似てる。親を知らないオレはご主人の温度しか分からないけど。


「お前みたいなやかましい子供は要らん」


 ご主人はそう言ってオレのおでこをお面越しに指で弾くとさっさと歩き出してしまった。

 来た時と同じように、ご主人の後ろを歩きながら駅までの道のりを引き返す。


「えー! オレはご主人みたいな父上欲しいなー? 傍目から見たら親子ですよ、オレたち」

「言っとけ」

「オレのツレはクロしかおらん!」

「言ってへん」


 オレはご主人の大きな背中に抱きついた。ご主人は振り払うようなそぶりを見せたけど、オレが離れないことを分かってるのか諦めたように歩き始める。

 きぃちゃんのこと、奥様とのこと、色んなことを考えてる背中だ。オレはずっとそんなご主人のことを見てきた。ちょいと性格がキツくて乱暴なところはあるかもしれんけど、この人は世界中でただ一人、オレと契約してくれた人間だ。

 だから、オレにとって小田原牛蒡は特別な人。この人が家族を愛するように、目に入れても痛くないほど大切で、最期の時までずっと守りたい。

 オレはご主人の腕にぎゅーっとしがみつく。


「だって、大好きなんやもん」

「……んなこと言うのお前だけや」


 ご主人は苦笑気味に呟いてオレの頭を撫でると、背中を丸めたまま歩き出した。

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