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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【七月海の大罪】

 アタシの家は貧乏だった。兄弟たちを養う経済力さえ無い両親は、アタシと一番下の弟を残して、全ての兄弟を養子に出した。

 母親は精神が変だった。いつも何かに怯えていて、謝っている。だから父親によく殴られていた。彼の暴力は、いつしかアタシたち子供にも向けられたっけ。


 そんな生活に耐えきれなくなった十四の時、アタシは弟を残して家を出た。父親の虐待に耐えられなくて、逃げるように飛び出した日のことを今でも後悔している。

 行くあてもなく、体を売ることで生計を立てて学校に通っていたアタシは、ある日酔っ払いの男にホテルに連れ込まれそうになったところを、塾帰りの高校生に助けられた。

 小森五百里(こもりいおり)。医者の息子だと言う。小森家のご両親は馬鹿がつくほど良い人で、アタシに帰る場所と寝床をくれた。

 そのまま十六でトアを妊娠したアタシは、小森家の嫁になることができた。五百里も、責任感の強い奴だったからすぐにアタシとの結婚を承諾したし、大学にも行かせてもらえたおかげで小森家の病院を継ぐこともできた。五百里は警官になるっていう夢があったから病院は継げなかったしね。

 アタシの結婚生活は、とても幸せなものだったんだ。


 ある日、五百里が養子であることを知った。アタシは興味本位で五百里のことを調べてしまったんだ。

 五百里は、アタシの兄だった。両親が養子に出した内の一人が、よりにもよって五百里だったの。

 生まれてきた子供は、小さい頃家に置いてきた弟にそっくりで……アタシの罪を突きつけられているみたいだった。こんなこと、五百里には絶対言えない。気が変になりそうだ……。


 長いこと音沙汰の無かった弟から連絡が来たのは最近になってから。弟は今、高校教師をしているのだと言う。

 アタシは、二つ返事で弟に会った。

 久しぶりに会った弟は見違えるような風貌をしていて、ひと目で女慣れしていると分かった。

 本当にアタシの弟なのか疑わしいとさえ思ったけど、アタシの連れてきたトアを見て無邪気に喜ぶその顔は、間違いなく幼い頃の面影があった。


「ねーちゃん、今は小森病院の院長先生だって? 玉の輿じゃん」

「まあ、ね」


 アタシは歯切れ悪く言った。


「九兵衛、ボクと同じ匂いがするね」


 突然、弟をジッと見つめていたトアが言った。この子は本当に変な子だ。いつもぬいぐるみに話しかけて、一人でぶつぶつ言っている不気味な子。五百里の前では普通の子供を装うから始末が悪い。

 どんなに愛そうと努力してもダメだった。この子の顔を見るだけでアタシの罪を思い出すから。


「あー? もしかしてトアくんも聞こえる系?」


 息子がこくんと頷くと、弟は嬉しそうにそうかそうかと言って頭を撫でた。


「な、なによ……何が聞こえるの?」

「ねーちゃん、オサキさまって覚えてる?」


 その名前は、二度と聞きたくなかった。

 尾崎家が貧乏だった理由、アタシたちが惨めな思いをした理由が、その名前にある。

 だけど、母さんの言っていた話の通りならオサキさまの声は女にしか聞こえないはずだ。

 どうして弟と息子が……。


「オレたち似た者同士なんだよねー? トアくん」


 その時は、弟が言った意味が分からなかった。


 六月の初め、五百里が死んだ。

 拳銃で自分を撃って、自殺だったらしい。

 アタシのせいだ。実の兄妹なのに結婚なんかしてしまったのがバレた。どうしてバレた? お義父さんとお義母さんは何も知らないはず。彼にアタシの罪を吹き込んだ奴がいるとしたら、それは──。


 アタシはトアの目の前でぬいぐるみを放り投げると、彼を階段から突き落とした。

 恩知らずの呪われた子。死んでしまえ。アンタを殺して、アタシも死ぬ。尾崎の血を終わらせる。

 薬を大量に飲んで、そんなことを喚き散らした気がする。


 気がつくと、階段の下には動かなくなったトアが居て、アタシの様子を見に来ていた弟がトアを抱き起こした。


「ねーちゃん、何やってんの。トアくん息してねえじゃん」

「知らない。そんな子知らない! アタシにはあの人がいれば良かった!」


 アタシは半狂乱になって叫ぶと、弟に掴みかかった。弟は何とかアタシを落ち着かせようとしてくるけれど、その心配そうな顔があの人によく似ていて悲しかった。


「ねえ、姉弟でするセックスは最高なんでしょ?」


 だったらアンタで慰めてよ。泣きながらそう言うと、弟は少し寂しそうに笑って静かにアタシの体を抱きしめた。

 アタシはオサキ様の呪いから逃げられない。九兵衛、アンタだってそうだ。アタシたちが尾崎である限り。


「こりゃ確かに、相性抜群だね」


 事が終わったあと、弟は煙草の煙を吐き出しながらアタシの隣で笑った。

 いつの間にか、トアは居なくなっていた。殺したんだっけ? 弟がどこかに捨ててくれたのかな。それすらもう覚えていない。

 もう何もかも、どうでもいい。


「九兵衛、アタシね」


 弟と同じように、生まれたままの姿でまどろみながらアタシは言った。


「アンタを置いて家を出たこと……今でも後悔してる」


 弟がゆっくりと体を起こした。無駄な肉のついていない綺麗な背中が、暗闇の中にぼんやりと映っている。どこか女性的で綺麗な体。

 アタシの視線に気づいて振り返った弟は、子供っぽく笑った。


「分かってるよ、ねーちゃん」


 その笑顔は幼い頃の九兵衛にそっくりだ。

 昔から甘えん坊で、いつもアタシの後についてきたかわいい弟。十年経ってもその面影は残ってる。


「シャワー借りるね。今夜はずっとねーちゃんの傍にいるから安心していいよ」


 弟は優しく笑うと、ゆっくりと浴室へ向かった。

 満たされている。心も体も、弟が満たしてくれた。五百里が死んで空っぽになったアタシの足りない部分を埋めるように。


 ねえ九兵衛、アタシの罪は……許されたのかな? 

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