【文化祭】14
少し時間は経ってしまったけど、僕達は東妖高校へと戻ることにした。あれだけの大事件だったけど……目撃者もいなかったし。猿神を囲ってた女子たちは全員、アイツの連れてきた猿だったしな。
小田原さんと黒丸は文化祭を楽しんでいるのか、はたまた帰ったのかは分からない。あの場で別れたから。
僕とハク先輩はと言うと……例の電車に揺られていた。ハク先輩の持っているスマートフォンのナビで現在地を把握したところ、駅から少し離れていたからちょっとだけ歩いたけど。
駅には豪鬼が待っていて、眠そうな顔で僕たちを迎えてくれた。
「……さっきは、ごめんなさい」
ハク先輩が小さな声で言った。僕はかぶりを振って右手の数珠を触る。
「いえ、ハク先輩は何も悪くありません。小田原さんには呆れられてましたけど」
僕は苦笑しながら先程の戦いの後を思い出していた。
僕は猿神にトドメをさせなかった。それどころか……。
「使役、できちゃうのね」
ハク先輩が僕の数珠を見つめた。
あの時、ハク先輩が声を上げてくれて、正直ホッとしたんだ。
長年、人間たちを苦しめた妖怪を倒したとなったらそれはすごい手柄になる。周りの僕を見る評価も変わっただろう。だけど僕は、猿神を使役することを選んだ。
後悔をしていないと言ったら嘘になるけど……。
「ハク先輩に感謝しろよ」
『してるしてる。お礼に食べてあげようか?』
数珠から不穏な声が聞こえてくる。さっきまでわんわん泣いてたくせに元気な奴だ。ま、数珠の中じゃ悪さは出来ないだろうけど。
ハク先輩は少しはにかむと、僕の右手をキュッと握った。
「ダメよ、あなたはずーっと楓くんのことを守って。これは約束よ」
ハク先輩が優しく語りかける。数珠から小さな唸り声が聞こえた。
「……めんど〜」
ぶつくさ言いながら猿神の声が小さくなっていく。ハク先輩は今度こそ優しく微笑んだ。
目の前で微笑む彼女には、常夜に住む白夜の魂が宿っている。それは冥鬼の母で、ゴウ先輩に宿っている豪鬼とは夫婦の関係にある。
「ひとまずは一件落着といったところか」
僕たちの向かい側に座っていた豪鬼が足を揺らしながら言った。ハク先輩が少し戸惑ったように豪鬼を見つめる。
「ゴウくん──じゃなくて、冥鬼ちゃんの……お父さまなのよね」
「さよう」
ハク先輩は黙って自分の胸に手を当てた。彼女に宿っているもうひとつの魂を感じるのだろうか……。
「あ……あの、大丈夫です!」
僕は勇気をだして声を上げた。ちょっとだけ姿勢を正してハク先輩に体を向ける。
「この先、何があっても……僕はもっと強くなって、立派な陰陽師になって……ハク先輩のことを一生かけて守ります!」
ハク先輩が目を丸くした。豪鬼もちょっと驚いた顔をしている。
……今のって、告白すっ飛ばしてプロポーズになってないか?
「あ、いや! そうじゃなくて! お、陰陽師として! みんなの安全を守るのは当然の義務と言うかっ!」
『楓サン墓穴掘るの上手すぎ系?』
「う、うるさいな!」
数珠の中から聞こえる猿神を叱りつけながら何とか誤解だと訴えかけていると、ハク先輩が僕の手を掴んだ。大切そうに両手で包んだハク先輩は恥ずかしそうに俯いていたけど、やがてゆっくりと顔を上げて言ってくれたんだ。きっと僕は、その時の言葉を一生忘れないだろう。
「私が大人になって、おばあちゃんになっても……ずっと、傍で守ってくれますか?」
ハク先輩の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいた。その笑顔は世界一可憐で、美しくて。僕が大好きなハク先輩の笑顔だ。
きっとこの先何があっても、ハク先輩が笑っていてくれるなら僕はどんな困難も乗り越えられる。そんな気がしてる。




