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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【文化祭】13

「これ、柊の匂いがして気に入らなかったんだよね〜」


 猿神は御札を顔に近づけて嫌そうに唇を尖らせる。


「だから、こうしま〜す」


 パッと猿神が御札から手を離した時、体が勝手に動いていた。

 例えこれが罠だとしても、御札を取り返すチャンスは今しかない。僕はこれを失う訳にはいかないんだ。


「は〜い、残念」


 御札に手を伸ばそうとした時、猿神に足払いを喰らった。

 バランスが崩れて膝をつく僕の頭の上で、撃鉄を起こす音が聞こえる。僕の目の前に御札がハラハラと落ちた。

 手を伸ばせば、御札が取り返せる。だけど……。


「拾わないの? 拾えないんでしょ?」


 僕の後頭部で、猿神が押し付けた銃口がゴリッと音を立てた。冷や汗が頬を伝う。

 手を伸ばした瞬間、きっと僕は頭を撃ち抜かれて死ぬ。手を伸ばさなくても、僕は猿神に殺される。

 さすがにもう打つ手がない。


「くそ……」


 奥歯をギュッと噛み締めた瞬間、襖が蹴破られる音がした。頭に押し付けられていた銃口が離れる。音のした方向を見ると……そこには、年配の男性が憮然とした様子で立っていた。小田原さんだ。


「ったく……人間喰うとか殺すとか、そんなん生かしとくわけにいかんよなぁ、クロ」


 小田原さんが言うと、彼の後ろからはらはらと黒い羽根が舞って、黒い鳥の面を被った烏天狗が姿を現した。


「どうも猿神クン。その節はうちの山で好き勝手してくれてありがとね」

「……ああ、妹を殺したのってやっぱセンパイだったんだ」


 猿神がにっこり笑った。その優男のような雰囲気が徐々に変わっていく。褐色の肌が赤く変わり、細身の腕はみるみるうちに太くなって白い剛毛が生え始めた。

その姿は、僕が初めて見た猿神の姿と同じだ。大きさも逞しさもあの時とは比べ物にならない。

 僕は、すぐに手を伸ばしてあの札を手に取った。


「楓クン、ハクちゃんにカッコイイとこ見せなきゃアカンよ〜」


 黒丸が腰の短剣を引き抜きながら楽しそうに言う。そう言われるといつも以上に緊張するんだが……。


「──鬼神天翔」


 心を鎮めて、御札を握った指先から火の粉が溢れ出る。全身に霊気が満ちていく感覚があった。

 続けて、僕は右手の赤い数珠に意識を集中させていく。


「急急如律令──炎狗翔臨!」


 数珠から炎を纏った狗が勢いよく猿神に向かって飛び出してきた。

 火に弱いはずの猿神は怯む様子もなく炎狗の突進を受け止めると、巨大な体躯で炎を押し潰そうとしてくる。


「ケケッ! こんな火、食い潰せるんだけど〜ッ?」


 猿神が豪快に炎狗に噛み付いた。一瞬炎の勢いが弱まるけれど、炎狗は一層激しく燃え広がって猿神の体毛を焦がしていく。

 これだけで終わりにする気なんかない。僕は続けて、小さく折りたたんだ御札を手に取る。御札をある生き物の形に見立てて折ったものだ。僕はそれを猿神に向けて放った。


「絡みつけ、紅天月螭(かてんげっち)!」


 御札から炎が鱗粉のように降り注ぎ、みるみるうちに姿を変えて細長い生き物へと変わっていく。

 僕が御札で折ったのは、蛇だ。満月の光を浴びた水に御札を浸して乾かし、ミズチである八重花の氣を使って丁寧に折ったものになっている。非常に難しくて、作るのにも時間がかかったけど……僕が初めて自分で作った御札だ。


「うグッ!」


 炎を纏った蛇が猿神の体に巻きついてギチギチと締め上げていく。少しでも気を抜いたらせっかく作った炎の蛇が炭になってしまいそうだが……火を弱めるわけにもいかない。火力の強さで猿神を拘束してるようなものだから。そのくらい、この術は火力の調整が難しく……て……。


「っぐ!」


 鬼符の効果が強すぎたのか、炎の蛇だったものが勢いよく飛散した。

 猿神は体をまだらに黒く焦がしながらも大したダメージを受けていないようだ。


「な、何で……」

「ケケッ……いっぱい栄養とったおかげかなぁ」


 猿神がゆっくりと長い腕を垂らして、拳を地面に押し付けるように歩み寄ってくる。

 その時だった。

 猿神の周囲で、飛散したはずの炎の花が不自然に舞い上がっている。その頭上には、刀を構えた黒丸が居た。彼の刀に、舞い上がった炎の花が吸い寄せられて炎を纏う武器へと変わる。


「どーも、猿神クン。楓クン、このお花使わせてもらうよ」


 すぐさま猿神が黒丸に飛びかかるけれど、黒丸は器用に避けて舞うように身を翻す。決して猿神が遅いわけじゃない。体が大きくなっているのに、一層スピードが増している。けれどそれ以上に……。


「は、速い……」


 黒丸が速いのだ。

 下駄が猿神の顎を勢いよく蹴りあげ、続けて彼の腹に重い一撃が入る。その衝撃で猿神が怯んだ。黒丸は身軽に飛び回りながら猿神を翻弄していく。そのスピードはどんどん速くなっていった。

 山で見た時もその速さに圧倒されたけど、本気の黒丸はこんなに速いんだ……。あの猿神がまるで子供みたいに翻弄されている。


「ウザいなぁ〜〜」


 猿神が低く呟いた。目が合えば相手の自由を奪える猿神と、鳥の面を被って視界を遮っている黒丸。相性は猿神にとって最悪だろう。

 そんな猿神の目が僕に向いた。ニヤ、と笑った赤い目が光った瞬間、まずいと思ったけどもう遅い。僕の体は……。


「急急如律令──煉獄炎狗!」


 僕の手が、口が、勝手に動いて黒丸に向かって術を放つ。速度を増した炎狗が二匹に変わり、四匹となって黒丸に飛びかかった。


「あらら、まだ遊び足りないん? お山であんなに遊んでやったのに」


 黒丸は気にする様子もなく炎狗たちを受け流すけど、天井のある場所は動きづらいようだ。以前のように自由に飛び回ることができていない。そこに猿神が加わると……。


「おっと。あはっ、残念でした〜!」


猿神の指先が、黒丸の羽根に触れた。間一髪で黒丸が避け、そこに炎狗が襲いかかる。不利な環境、そして予測できない動きが四つから五つになったというのに黒丸は楽しそうだ。


「アイツが何で笑っとるんか気になるか?」


 必死に炎狗を抑え込もうとしている僕の横で小田原さんが言った。僕に言ったのかと思ったけど、どうやら後ろのハク先輩に言ったようだ。小田原さんはふところから何も書いていない無地の和紙を手に取る。


「クロも、お嬢ちゃんとおんなじで怖がりなんや。だから笑って強がっとる」


 小田原さんがそう言った時、何も書いていないはずの和紙に筆文字が描かれていく。それはみるみるうちに術式に変わり、和紙いっぱいに美しい紋様が描かれた。


百氷晶風(ひゃっかせいふう)!」


 その言葉と共に僕の手の中にある御札が舞い上がる。その優しくて激しい風は、炎狗を一匹二匹とかき消すのだった。

 小田原さんが術を使ったことに驚いたのは猿神だけじゃない。黒丸も、どこか焦ったように声を荒らげる。


「ご主人、これで三回目ですよっ! これ以上──」

「アホ、よそ見すんな!」


 黒丸の注意が逸れたのを、猿神が見逃すはずがなかった。猿神が飛びかかり、畳を蹴ろうとした黒丸の足首を掴む。そのまま、黒丸の体を押し潰すように倒れ込んだ。


「あはは、ようやく捕まえたッ……どうやって食ってやろうかな〜?」


 猿神の手が黒丸のお面をグッと掴む。ピキピキ、と音がしてお面の軋む音が聞こえた。黒丸は全く動かない。もしかして気を失っているのか……?

 けれど、僕の心配は全くの杞憂に終わった。


「体デカくなって馬鹿になっちゃいました? 猿神クン」


 猿神が押し倒したように見えたのは、黒丸の身につけている着物と黒い鳥の面だった。彼はちょうど僕たちに背を向ける形で、翼をはためかせている。着物の下には身軽そうな黒いシャツと半ズボン。その背格好はずいぶん小柄で幼い。


「ご主人、あとでお説教ですよ」


 真っ白になった和紙を憮然とした顔でペラペラ振っている小田原さんにそう言った黒丸は、炎を纏った刀を猿神へ向けた。それは風を含んで混ざりあって、どんどん大きくなっていく。

 猿神はゆらりと体を起こした。


「ケケッ、イラついてんの? なるほど、センパイの弱点が分かったかも」


 体から白煙を立ち上らせながら猿神が低い唸り声を上げる。畳を砕いて体を起こした猿神の指がゆらゆらと左右に揺れて、誰かを指そうとした時だった。

 猿神の声が止まる。

 炎を纏った風の刀が彼の体を引き裂いたんだと分かったのは、炎の花が斬りつけた刀の軌道をなぞるように空中に留まっていたから。


「──烏蝶諷詠(かちょうふうえい)。風に散れ」


 風炎の刀に斬り裂かれた猿神が、ガクリと膝をついてその場に倒れ込んだ。畳に血が広がっていき、そのままぴくりとも動かない。


「終わった、のか……?」

「ウン! これで人が喰われる心配もなくなったね」


 呆然と見ているだけだった僕に、鳥の面を拾い上げた黒丸が返事をする。鳥の面を空に掲げて無事をチェックした黒丸は、しっかりと面を被ってから振り返った。


「すごいじゃん楓クン! 新技かっこよかったよーっ! 修行の成果やね!」


 パタパタと翼をはためかせながら僕に抱きついてこようとする黒丸の首根っこを小田原さんが掴む。


「クロ、お前には聞きたいことがた〜っぷりあるで。ホテル戻ったら覚悟しとき」

「ち、ちがくて……話せば長くなるっていうか、オレだってご主人にお説教したいもん〜!」


 黒丸が頭を抱えて何とか小田原さんの機嫌を取ろうとしている。小田原さんは伸びている猿神と僕を交互に見て言った。


「さっさと仕留めとけ」

「え、でも……倒したのは黒丸だから小田原さんの手柄に……」

「管轄外の手柄で認められたってちーっとも嬉しくないわ。はよやらんかい」


 僕は言われるままに猿神に近づいた。猿神は既に虫の息だ。


「やだ……死にたく、ないよォ〜……」


 突然、猿神がしゃくりあげるように呟く。そのたびに、斬りつけられた胸から鮮血が溢れた。


「楓クン、同情したらアカンよ。猿神クンは昔からずる賢い妖怪や。演技で泣くのなんか朝飯前やし」


 それは知ってる。猿神はかつて親父が逃がしてしまった妖怪だ。親父がトドメを刺さなかったから、コイツは今の今まで悪事を働いてきた。だから、猿神はここで殺さなきゃいけない。それが僕の宿命なのに。


「いやだッ、死にたくない! ねえ! 許してよ! 見逃してくれたっていいじゃん! 鬼! 悪魔! うわあああ〜ん!」


 猿神が、無様に鼻水を垂らしながら涙を流す。演技とは思えないほどの豪快な泣きっぷりだ。

 いくら心を鬼にしても、宿命なんだと自分を鼓舞しても、ここまで取り乱している猿神にトドメを刺すことに抵抗がある……。


「鬼道」


 小田原さんがもう一度険しい声で言った。甘えを捨てろと言われているような気がする。

 僕は深く深呼吸をすると、ゆっくりと震える右手を猿神に翳した。

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