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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【文化祭】12

「夢を見ることはあるか?」


 地面につかない足を揺らしながら豪鬼が尋ねる。僕は彼の向かい側に座っていて、そんな豪鬼を見つめていた。いつも僕たちが通勤に使っている古い電車に揺られながら。


「……は」

「我らが常夜(むこう)で見る夢は人の世の今だ。ゆえに──我々はここを夢の世界と呼んでいる」


 豪鬼は両手の指先を合わせて瞼を瞑る。まだ沈まない太陽が窓から差し込んできて、豪鬼の黒髪を照らしていた。太陽は夏の面影を残していて、見ているだけで暑い。


「白夜は不死を司る。しかし、魂の片割れである鬼原ハクに何かあった場合……常夜に居る白夜がどうなるか我も分からない」


 豪鬼が穏やかな声色で言うたびに古い電車が揺れた。

 だったら……もっと焦っても良いじゃないか。この人、自分の妻さんが危険な目に遭ってるのにさっきからずいぶん落ち着いているけど、僕なら話している時間すら惜しいと思ってしまう。行先も告げずに僕と電車に乗っているけど、このままだと普通に帰るルートだぞ。


「白夜さんのこと、心配じゃないんですか」

「心配だとも。我が愛しい妻だぞ」


 豪鬼は、首を傾げてちょっぴり心外そうな顔をすると、ふうっとため息をついて座席に凭れた。


「焦らずともよい。彼女の中の白夜は、まだ夢を見ている」


 豪鬼はそう言うと穏やかな表情で電車の外を眺める。僕は小さなため息をついて瞼を伏せた。脳裏に浮かぶのはハク先輩のことばかりだ……。

 ハク先輩は無事だろうか? 今すぐに助けに行きたい。こんな僕なんかでも……弱くて卑屈でどうしようもない男だけど……あなただけは守りたいから。


 電車のベルが聞こえてうっすらと目を開けると、目の前には豪鬼がスヤスヤと眠りについていた。いつの間にか電車は停車しているみたいだが……。やけに外が眩しくて、オレンジ色の光が差し込んでいる。まるで夕焼けみたいに。


「……長いな」


いつまで経っても電車は動かない。僕は痺れを切らして立ち上がると、ドアの横にある押しボタンを押した。電車のドアを抜けた先は……。


「えっ?」


 そこは知らない家の廊下だった。ずいぶん大きな家みたいだが……いや、そんなことよりも……!

 僕は慌てて電車に戻ろうとして振り返るが、そこにあるのはトイレのドアだった。恐る恐る開けてみるけど、中には誰もいないし当然電車の中でもない。


「ええ……!?」


 豪鬼とはぐれたばかりか、電車から出た知らない家の中にいたなんて……まさかまた猿神の術なのか?

 僕は注意深く辺りを見回しながら廊下を進むことにした。足音を立てないように靴を脱いで、すり足で歩きながら耳をそばだてていると……曲がり角の先から話し声が聞こえた。


「日吉兄ちゃんが連れてきた娘、もっと泣いて怖がるかと思ってたよなぁ」

「かんなぎの娘だからね、貫禄が違うや」


 ケラケラと楽しそうに話す声がだんだん近づいてくる。尻尾を揺らしながら並んで歩いてきたのは二匹の猿だった。なるほど、この家は……。


「わッ、誰だお前!?」


 猿が僕に気づいて驚いたように後ずさる。僕は緊張で震える呼吸を整えながら『陰陽師だ』と告げた。

 時刻は三時ちょうど。猿神が予告していた『おやつの時間』だ。


 彼らに猿神の部屋まで案内させるのは簡単だった。彼らは、僕が陰陽師だと知ると慌てたように自ら猿神の部屋まで案内すると申し出たから。

 猿たちに案内された扉の先には、今まさに猿神がハク先輩に危害を加えようとしている瞬間だった。


「……ああ、来たの」

「ハク先輩を返してもらう」


 猿神は、くすくすと笑いながらハク先輩の肩に手を置くと、彼女の背中を突き飛ばした。


「楓くん!」


 突き飛ばされてよろめいたハク先輩が泣きそうな顔で笑った。その瞬間、彼女の背後で赤い目が光る。

 僕は、もう一人の師匠である黒丸の言葉を思い出していた。彼も、豆狸と同じように猿神と面識のある妖怪だ。だからこそ彼の特徴を知っていて、僕に教えてくれた。

 猿神は、人を騙す術が得意な妖怪で……その中でも厄介なのが、目が合った者の自由を奪うことができるという能力。目が合えば最後、幻を見せられてあっという間に喰われてしまうのだという。だから彼に襲われた陰陽師は為す術なく殺されてしまったんだ。

 そうだ、アイツの射程距離を思い出せ。


「先輩!」


 僕は咄嗟に目を瞑ると、ハク先輩の体を押し倒すようにして床に転がった。ぎゅ、とハク先輩が僕の服を握りしめる。その小さな手が震えていた。


「だ、大丈夫ですか? すみません、遅くなって」


 体を起こしながらハク先輩の無事を確認しようとしていた僕は思わず言葉を飲み込んだ。ハク先輩が目に涙をためて、身体を震わせながらも優しく微笑んでいたから。


「絶対助けに来てくれるって、信じてた」


 へにゃっと笑ったハク先輩の頬に涙が伝う。その涙を見たら僕も泣けてしまいそうだ……。本当に、ハク先輩が無事でよかった。

 けれど、今は泣いている場合じゃない。


「ケケッ、泣き虫で最弱の王子様がご登場かぁ」


 猿神の不快な笑い声が聞こえる。僕は袖で涙を拭って顔を上げた。奴は天井の梁にぶら下がるようにして僕たちを見下ろしていた。器用に白い尻尾を梁に巻き付けている。


「猿神……」

「猿神じゃなくて牛尾だってば。覚えなよ〜、ヒトの名前だぞ?」


 猿神は尻尾でぶら下がっまま器用に体を揺らし、勢いよく畳の上に降り立つ。僕は咄嗟にハク先輩を背中に庇いながら猿神から距離を取った。


「バァ〜ン」


 ふざけた声色と共に、猿神が拳銃を取り出す。その引き金を引いた途端、銃口から勢いよく白い猿が飛びかかってきた。僕はそれを躱して御札を顔の前に翳す。

 猿神(コイツ)の弱点は分かっている。


「急急如律令、煉獄──」


 奴の弱点は火だ。僕は以前と同じ術式を展開する。猿神を幻影で惑わせ、戦意を喪失させる作戦だった。けれど……。


「楓くんっ、後ろ!」


 僕が背後に感じた殺気に気づくのとハク先輩の呼び掛けはほぼ同時だった。

 後ろから飛びかかってきた猿が僕の手から御札ケースを毟りとる。どうやら猿神が出現させた小猿は一匹だけじゃなかったようだ……。

 小猿は身軽に猿神へ駆け寄ると御札ケースごと渡してしまう。猿神はケースをパラパラと捲って満面の笑みを浮かべた。


「これ、返して欲しいでちゅかぁ〜?」


 あのケースの中には……大事な札が入っている。自分で札を作ることができない僕にとってはどれも大事なものだけど、その中で特に大事な札。

 一度、親父にあの札をもう一枚作ってもらえないか頼んだことがある。だけど親父は僕を見ることなくテレビを見ながら手をヒラヒラさせた。


『俺は陰陽師を辞めてんだ。仕事のノウハウは他の奴に聞け』


 ……と、まあこの返事だ。

 あの男は昔から僕に陰陽師にまつわることは何ひとつとして教えてくれなかった。そんな親父がただひとつ残していたという札、鬼神天翔は猿神を倒すなら絶対に必要なものだ。何としても取り返さないと、僕もハク先輩もここでやられてしまう。


「……」


 黙って見守る中、猿神がパラパラと御札ケースを捲る。奴がその中の一枚を手に取った時、嫌な汗が流れた。


「返して欲しいのは〜、これだよね?」


 ニヤッと猿神が笑った。

 コイツ……どこまで頭が切れるんだよ。

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