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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【文化祭】10

 教室を飛び出して校門に向かうと、そこには女の子たちが数人がかりで誰かを取り囲んでいた。彼女たちの中央に立っているのは、背の高い白髪の男。

 僕は電話をかけてきた伊南さんの無事を確認しようと辺りを見回すけれど、彼女の姿はどこにもない。不思議に思って彼らに背を向けた時だった。


「楓くん? そこに居るの?」


 伊南さんの声だ。咄嗟に振り返ると、目の前に立っていたのは白髪の男。僕は思わず後ずさってしまう。男は僕を見下ろすと赤い目を細めて自分の喉元に手を当てた。


「お願い、今すぐ校門に来てくれないかな。変な奴が楓くんのことを呼んでて──」

「なっ……」


 男の口から伊南さんの声がする。それも電話で聞いた時と全く同じ言葉で。


「ボクの猿真似……ちゃんと引っかかってくれたんだね〜?」


 間延びした声とともに、男がニヤリと笑った。雪のような白い髪に赤い目。褐色に焼けた肌をしていて、やたら派手な色の服を着た高校生くらいの男。


「自己紹介、初めてだよね〜? ボクは牛尾って言うのよ。牛尾日吉(うしおひよし)〜」


 牛尾日吉と名乗った男は僕の顔を覗き込んでニターッと笑う。


「鬼道楓〜、久しぶり〜……だっけ?」


 牛尾は僕の頭に手を置いてゆっくりと髪を撫でる。顔が強ばる僕とは反対に、牛尾は気が抜けるような顔で笑っていた。


「猿神……なのか?」

「当たり〜〜」


 牛尾はニコニコ笑いながら僕の顔を覗き込んだ。見た目は人間にしか見えない。だけど師匠が言っていたはずだ。猿神は師匠と同じように、人間に化けて暮らしている妖怪だ、と……。


「ああ、あの時は暗かったから顔がよく見えなかったけど〜……全然柊に似てないのか。安心した〜」


 牛尾はヘラヘラと笑いながら僕の髪に指を通す。その指がゆっくりと僕の首に近づいてきて──ぷつり、と肉に爪を立てた。


「牛尾様! あーんして〜!」

「ヤダッ! 日吉くん私を食べて〜!」


 女子たちが僕を押しのけて牛尾を再び取り囲む。彼女たちの手にあるのは喫茶店で買ったであろう軽食だ。たこ焼きに焼きそば、クレープなんかも持っている。


「はいは〜い、順番に食べてあげるから喧嘩しな〜い」


 牛尾はあははと笑って、女子たちの肩を抱いた。アイツは人間を襲うわけでもなく、ただ女子たちにチヤホヤされている。へらへら笑いながら女の子たちに甘えている牛尾の様子は、とても人殺しには見えない。

 そもそも、こんな真昼間の学校に堂々とやってくるなんて何を考えてるんだ?

 困惑する僕の後ろから駆けてきた女子生徒が、牛尾に近づいてきて耳打ちした。


「あ、ようやく終わったんだ〜……偉い偉い」


 牛尾は小さく口笛を吹くと彼女の頭を撫でてからふらついた足取りで僕に歩み寄ってくる。口の端についたクリームを舌で舐め取りながら、牛尾は眠そうな目を瞬く。


「いい加減、頭の悪い上司の下につくのも飽きてきたし……」


 癖毛の白髪をかきあげて呟いた低い声はゾッとするほど冷たい。思わず後ずさった瞬間、牛尾がずいっと顔を寄せてくる。穴があきそうなほどじっと僕を見つめた牛尾は、すぐにまたニヤーッと気が抜けるような顔で笑った。


「この前のリベンジ、させてよぉ〜……鬼道楓」


 牛尾は、ズボンのポケットからくしゃくしゃの紙を差し出して僕に握らせた。それには汚い字で住所が書かれている。鬼ヶ島……確かハク先輩とゴウ先輩がいつも降りる最寄り駅の名前だが……。


「な、何だよ……これ」


 僕が聞き返すと、牛尾はへらへらと笑いながら僕の肩を抱き寄せてきた。


「本当はクロムサンが使う予定の場所だったんだけど〜……ボクが使っちゃおうかな〜って」

「だ、だから何を……」


 牛尾は、あははと笑って僕の頬を指で押した。頬の感触が楽しいのか、それとも僕をおちょくっているのか、牛尾は眠そうな顔で笑う。


 「古御門泰親って奴が鬼原ハクを欲しがってるって聞いたからサ〜……誘拐してみた」

「──ッ!?」


 どうして、牛尾の口からハク先輩の名前が出るんだ? いや、それよりも……。古御門先生がなぜハク先輩を……。


「ああ、何も知らないんだ〜?」


 牛尾は僕の袖を捲りながら首を傾げる。何を、と言おうとするけど声が出ない。これは……恐怖? それとも動揺?

 驚愕する僕の顔を見た牛尾が、ニマーッと笑う。数珠が見えるまで僕の袖を捲りあげて、数珠をパチンと指で弾いた。その音で僕はハッと我に返る。


「……あ、れ」


 顔を上げると僕の目の前には葵が居て、ムスッとした顔でスマートフォンを差し出している。


「こ、ここは……」


 辺りを見回すけど、そこは猿神に呼び出される直前まで居た、自分の教室だ。僕はここで伊南さんの電話を受けて……。


「何ボーッとしてんだよ、楓。お前に電話だってば」


 困惑する僕の気持ちなんか知りもしないで、葵が僕にスマートフォンを突き出した。表示されているのは僕の知らない電話番号。

 僕は小さく喉を鳴らして葵のスマートフォンを受け取った。


「……もしもし」


 僕はカラカラに乾いた声で尋ねる。電話の向こうの相手にもその情けない声が聞こえたことだろう。暫しの沈黙の後に、相手が少しだけ笑ったように聞こえた。


「……ハクのことで話がある。部室に来てくれるか?」


 声の主はゴウ先輩だった。けれどその声は普段のゴウ先輩とは違ってとても穏やかで。不思議と安心する声色だった。


「あ、楓! 何か落ちたぜ」


 葵が僕の足元を指す。足元には、くしゃくしゃになった紙くずが落ちていた。僕のじゃない、と言おうとして息を飲む。

 なぜって、その紙くずには見覚えがあったから。恐る恐るそれを拾い上げると、紙には汚い字で住所と──それから。

『今から一時間後、おやつの時間にいただきます』と書かれていた。


 時刻は十四時五分を回ったところだ……。

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