【東方清音】
東方清音という少女は、陰陽師の才能がある子ではなかった。
父は一代でその名を知らしめた小田原牛蒡。母は陰陽師の名家、東方家の一人娘。清音は、小田原家の中でとても大切に育てられた。
幼い時に両親が離婚をしたのは、きっと自分のせいなのだ。普通の女の子として生きることよりも、父のような陰陽師になりたいと願ってしまったから。
清音は母に引き取られた。『普通の女の子になりなさい』と言うのは母の口癖で、清音はそれに従った。陰陽師の話も妖怪のことも、母親の前でそういった話をしないように努めた。
ただ普通の女の子としての生活を、母と過ごす毎日。それでも父親とは一ヶ月に一度は会っていた。離婚しても清音は父も母も大好きで、いつかまた家族で暮らせると思っていた。
その矢先、母が病に倒れた。病の原因は『呪い』だと言う。父に恨みを持つ者が、命と引き換えにかけた呪い。
治療には莫大な金がかかり、普通の医者に治すことは出来ない。そんな清音に手を差し伸べたのは、古御門泰親だった。母親を救うために陰陽師になる道を選んだ清音は、古御門家の援助を受けて自らの式神を得た。水流山で暮らす人間嫌いのつらら女郎、紗雪。自分と似ている少女を、『式神』ではなく『友達』として手を差し伸べた清音は、古御門家に命じられるまま『かんなぎ』を探し始める。
清音の他にも東妖高校には陰陽師が居た。古御門家に選ばれた四人の高校生。彼らは四神の陰陽師と呼ばれている。
彼らは二つのチームに別れて行動をしていた。清音は『応竜』と呼ばれ、『鳳凰』と共にかんなぎを探す役目を任せられた。この名前は、四神の陰陽師として活動する上での役職名のようなものだ。残りの二人、『霊亀』と『麒麟』はまた別の役目を与えられており、清音は彼らの本名も、どんな思いで陰陽師になっているのかも知らなかった。かんなぎに繋がる情報を調べるだけで治療費が貰えるならぬるい仕事だと、軽く考えていたから。
『霊亀たちが何やってるか知ってる?』
ある日、学校の帰りに寄ったファストフード店で鳳凰が言った。今どきの女子高生といった風貌の彼女は、先輩である清音にも物怖じせず話しかけてくる。彼女と話していると、任務ということを忘れてしまうこともたびたびあった。
『陰陽師の霊気を吸い取ってるんだって』
清音はポテトを見つめながら引きつった表情を浮かべた。鳳凰はポテトの袋を指で引き寄せて『食べていい?』と断ってからバーベキューソースをたっぷりつけて口に放り込む。
『陰陽師の霊気ってさ、すごいチカラがあるらしいよ。病気も治療できるとか』
楽しそうに語る鳳凰の話を聞きながら、清音はすっかり溶けたバニラシェイクを飲みこむ。
清音の母親が現在入院している病院は陰陽師や妖怪専門の医療機関、小森病院。そこは霊気を使った治療方法もあると言う。母の病を治すためには、一体どれだけの霊気が必要なのか、清音には想像もつかなかった。
そんなある日、霊亀が麒麟を殺したと知らされる。麒麟は陰陽師の家系として歴史のある一族、西ノ明家の跡取りだった。彼を殺した霊亀とは、清音の通う東妖高校の生徒会長、仙北屋黒夢という少年。仙北屋財閥の次男であり、清音の母と同じようにかつては名家と言われた陰陽師の一族。彼の父は小田原牛蒡と同期の陰陽師だったが、不祥事を起こしていつの間にか姿を消した。そんな男の息子である黒夢は表向きは品行方正で物腰柔らかだが、幼い頃から尋常ではないほどに厳しく躾られたせいか内面はかなり歪んでおり自分以外の人間を見下すような男に成長していた。
陰陽師が人を殺したという異常な事態にも関わらず、古御門家は仙北屋黒夢を処分しない。
次第に、清音は彼らに協力するのが恐ろしくなっていった。自分は何か、とてもいけないことに手を貸しているのではないか。
しかし、協力しなければ治療費は得られない。母のため、思い悩む清音の心は次第に擦り切れていき、後ろめたさで父から距離を取るようになった。
そんな清音の密かな楽しみは、家庭部での調理活動。元々料理が好きだった清音にとって、部活中は何も考えずにいられた。互いに刺激し合える部活の仲間も、清音にとって大切な存在。家庭部は、母が望んだ普通の女の子でいられる場所だった。
鬼原家には、かんなぎと深い関わりがあると鳳凰に告げられたのはその頃。鳳凰の協力者である陰陽師が独自の調査の末に辿り着いた情報だったが、まだ確信が持てないため仙北屋黒夢にも古御門家にも報告をしていないのだと言う。
鳳凰の協力を得て鬼原ハクの調査を始めた清音は、紗雪をオカルト研究部へと近づけた。もし鬼原ハクがかんなぎなら、清音は彼女を捕えなければいけなくなる。ずっと探していた存在が見つかったかもしれないのに、清音の心は晴れない。挙句、紗雪が鬼道家の陰陽師に惚れてしまったものだから怒る気も失せてしまった。
そして今日、清音は仙北屋にプールに呼び出された。仙北屋は、清音がかんなぎを見つけたかもしれないと疑っているようだ。
水虎を使って清音に喋らせようとする仙北屋だったが、紗雪に遮られる。しかしその紗雪も、清音を人質に取られて一方的に痛めつけられてしまった。
朦朧とした意識の中で、捕らわれた自分を救おうとする大切な人の姿が見える。清音は声にならない声で『お父さん』と呟いた。




