【小田原家の文化祭】1
「やー、すごいですね文化祭! オレんとこの祭りもすごいケド、これって全部生徒さん方がやってるんでしょ?」
「あんまキョロキョロすんな、クロ」
「だってこういうの初めてなんですもん」
初めて歩く学校の廊下はメイドに扮した生徒さんやお客さんでいっぱいだ。一般人も入ることが出来る校内には生徒さんの御家族だったりとか、メイド喫茶の噂を聞きつけてやってくる物好きさんも居る。何より、日本人はお祭り好きやからねえ。
オレは校門で貰ったパンフレットを眺めながらご主人のお小言に軽く返した。東妖高校の文化祭は、賞金をかけて腕前を競うメイド喫茶と部活動の出し物が前半と後半に分けて行われる。パンフレットには切り離して使える投票券が付いていてお気に入りのメイドさんに投票することができる他、食事代を割引してくれるサービスなんかもあるらしい。
教室ごとにコンセプトの違う喫茶店に入っておもてなしを受けるのは結構楽しい。オレは和風ハイカラメイド喫茶が気に入った。床に畳を敷いて本格的な和風の喫茶店を開いてたんやケド、お茶菓子も美味かったし、やっぱり和服はええなぁ。オレも着てみよっかな?
「お前、俺らが東妖高校に来た目的忘れとるんか?」
「忘れちゃいないですケド、まずはご主人の緊張を解いてあげようと思って。楽しんでます?」
「アホか」
ご主人は唇をへの字にしてそっぽを向いた。オレは方向転換してご主人の腕を引っ張る。傍から見れば親子にしか見えないし、むしろそれで良い。ただでさえ目つきの悪い中年のオッサンがオレみたいな子供連れで高校の文化祭に来てるんだから。結構悪目立ちしてるしね。ご主人もそれを感じ取ってか、いつもよりぶすーっとして緊張してるみたい。
こりゃ早めに用事を済ませた方が良いかもなぁ……。オレはパンフレットに書かれた地図を見ながら上の階へと向かった。目的の教室はすばり……家庭部だ。
家庭部の前では、バスケットにお菓子をたくさん詰め込んだ女子生徒がペロペロキャンディをくれた。他のメイド喫茶とコンセプトが違うのか、みんな黒ずくめの魔女みたいな服を着ていてカッコイイ。
「どーぞ、魔法のキャンディですよ〜」
「わあ、おおきに!」
ピンクと白のデッカいペロペロキャンディを受け取ったオレは、早速それを舐めた。甘くて砂糖菓子の匂いがする。
教室を覗こうとすると、魔女の衣装を着た女の子が入口から出てきた。
「ねえ、オレたち人を探しとるんやケド──」
早速尋ねようとした時、女子生徒にギューッと抱きしめられる。思いのほか背が高い女の子だ。オレの体は女の子の腕にすっぽりと収まってしまった。
「ヤバ! 超かわいい〜! 誰の弟?」
女の子がそう言ってオレの頭を撫でると、教室の中から友達らしい子達が数人出てきてオレを取り囲んだ。各々が『かわいい』とか『何歳〜?』なんて言いながら手を握ったりほっぺを摘んだりしてくる。
「ちょっ頭は良いケド……あははっ! 背中はダメですって! ご主人助けて〜!」
ちょっとでもくすぐられると術で隠してる背中の羽根が出そうになる。オレは笑って身を捩りながらご主人に助けを求めた。だけどご主人は緊張してるのか、ピンチになってるオレに全然気づいてない。
その時、メイドさんの服を身につけた女の子が教室から出てきた。めちゃくちゃ綺麗な子だ。みんな魔女の衣装だったから、一人だけシンプルなメイド服が際立っている。胸についたハートのバッジには「ハク」と書いてあって、オレはひと目で楓クンの好きな子だと分かった。だってかわいいもん。
「ダメよ、この子嫌がってるでしょう?」
ハクちゃんの優しい声が聞こえて、生徒さんたちがオレから離れた。まるで鶴の一声だ。
「誰か探してるの?」
「──あ、ウン。小田原清音って子なんやケド」
「東方や」
ハクちゃんの雰囲気にのまれて言葉を失っていたオレは、忘れかけていた当初の目的をようやく口に出来た。そんなオレの台詞に被るかのように、ずっと黙っていたご主人がぶっきらぼうな声で言う。
「離婚しとるから、東方清音になっとる」
「東方先輩ですね、呼んできます」
ハクちゃんは嫌な顔もせずに微笑むと黒いビニールシートで覆われた入口を潜って教室の中に戻った。
「ご主人、そんなムスッとしとったら女の子に怖がられますよ〜」
「む、ムスッとなんかしとらん。これは──」
ご主人が何か言いかけてるけど、オレは構わず背伸びをしてご主人のほっぺたを両手でむぎゅーっと掴む。
「緊張しとるんは分かります! 顔怖いんやからもっと目尻を下げとかんと〜」
「いででで……何すんねんこのアホ!」
賑やかなのは良いケド、ちょっと騒ぎすぎたかもしれない。ご主人の大きな声が廊下に響いとるし。声おっきいかもですよ〜、と言おうとするとハクちゃんがすまなそうな顔で戻ってきた。
「すみません、まだ休憩から戻ってきてないみたいで……東方先輩に何かご用なら伝えておきますけど」
眉を下げながらハクちゃんが首を傾げる。ご主人は少し残念そうな顔をしたけど、すぐにいつもの不機嫌な声で言った。
「ああ、ええわ。別に元気でやってるのが分かればそれで……」
「ご主人、何言うとるんですか。きぃちゃんが心配やから学校に来たんでしょ? だったら顔見とかんと」
オレは、すかさずご主人の脇腹をどつく。きぃちゃんが心配でたまらないのに顔も見ずに諦めるなんて、何のためにカントーに来たんか分からん。……それに、オレも心配やもん。
「東方先輩、何かあったんですか?」
「あはは、このお父さんファザコンなんですよー」
「ファザコンちゃうわ」
「清音さんならプールだよ」
不意に、バスケットを持った女の子が言った。
「プール?」
「うん、あんなことがあったから立ち入り禁止なんだけどさ……」
「……ねえ、あんまり外部の人に言うのはマズくない?」
女の子がひそひそ話しながらオレたちを見た。あんなことってのがちょいと気になるな。オレは何かを言おうとするご主人を遮った。
「そういやきぃちゃん、最近思い詰めとるみたいでしたよ? 多分プールのことちゃうかなぁ……」
「やっぱり……」
女の子の反応はオレの読み通りだった。ごめんね、嘘ついて。彼女たちの情報をまとめると、こうだ。
以前、生徒がプールで溺れる事件が起きた。しかもそれはどうも妖怪絡みっぽい。きぃちゃんはその事件を気にしていて、たびたびプールに様子を見に行ってるそうだ。きぃちゃんの友達が巻き込まれたからってのが理由らしいけど……多分それだけじゃない。危ないから良い子は真似したらダメだよ。
「プールってどっちなん?」
「あっ、私で良ければ案内します」
オレたちはハクちゃんに先導されて廊下を進んだ。その先に妖気が二つ。どちらもオレが知っている氣だ。
「あら、八重花さん」
「は、ハク様……お久しぶりでございます」
オレはご主人に『楓クンちのですよ』って耳打ちしようとするけれど頭を小突かれた。
「あのアホ、妖怪を学校に連れてくるなんて陰陽師としてどうかしとるな」
こめかみに青筋を立てているご主人に、オレは自分を指してみるけど見事にスルーされてしまった。
「楓くんは一緒じゃないんですか?」
「いえ、冥鬼様がお手洗に行かれまして……道中でハル様を見つけたので主様のところにお連れしようと……」
八重花さんが穏やかな口調で答える。物腰も柔らかで美人だ。こんなキレーな人に身の回りのお世話をしてもらえるなんて、楓クン……いつも謙遜ばっかしてるケド、キミって実は超勝ち組ってヤツだよ。
「なるほど〜」
オレの視線の先には黒いチャイナ服を着た子供が立っている。青蛙神の坊やだ。彼はオレに気づくと、僅かに目を見張った。
「老師」
「お久しぶり、ハルくん。ダメやないですか〜、八重花さんに心配かけちゃ」
ハルくんが見つめる階段の先には、間違いなく危険な妖気が漂っている。きっとハルくんはこの妖気を辿って来たんだろう。だったらオレのやることはひとつしかない。
「八重花さん、ハルくんを連れて姫のところに戻ってください。そんで、出来たら楓クンにこっちに来るように──」
オレが言いかけるとご主人がわざとらしい大きな咳払いをした。ああ、はいはい……楓クンはNGね、分かってますって。
「やっぱ今のナシで! 楓クンと文化祭を楽しんでください!」
オレはハルくんの手を取って八重花さんに握らせる。八重花さんはちょびっと心配そうな眼差しでオレたちとハルくんを見つめていたけど、やがておずおずと頭を下げた。
「ありがとうございます、烏天狗様。よろしければ主様の教室にも遊びに来てくださいね。主様のメイド服はとてもかわいらしいので」
「何それ、行く行く! 絶対行こ、ご主人!」
八重花さんはもう一度頭を下げると、渋るハルくんを連れて廊下を引き返して行った。その場にはご主人とオレ、そしてハクちゃんが残っている。
「嬢ちゃんも教室に戻っとき。ここからは……」
ご主人はハクちゃんを追い払うように手をヒラヒラさせてから懐にある白紙の御札を取り出した。
「大人の時間やからな」




