【文化祭】6
「ねーねーおにーちゃん。がっこうのなかをあんないして?」
一通り接客を終えてメイド服を脱いだ僕は女子から借りたメイク落としシートを使い、しっかりメイクを落とすと廊下で待っている冥鬼の元へ向かった。
お腹いっぱいで機嫌の良さそうな冥鬼は僕の腕にしがみついて甘えた声を上げる。
「案内って言っても……そうだ、他のクラスの喫茶店でも覗きに行くか?」
「うん!」
冥鬼は嬉しそうに頷きを返すと、手を伸ばして僕の手をぎゅうっと握った。彼女のおねだりを受け入れて、僕は上級生が開いている喫茶店へと向かう。
先にぴょんぴょんと元気に跳ねながら僕についてくる冥鬼の後ろからハルと八重花が続いた。
「八重花は、見たいところとか無いのか?」
「儂は……このような場所が初めてなので……お任せ致します」
八重花はどこまでも控えめだ。
今日の八重花は胸元がゆるく空いた白シャツに黒いタイトスカートを着用している。
細身だけれど胸の大きい彼女は、当然ながら男子の注目の的になっていた。クラスの男子には彼女がSNSをしていないかだとか、メールアドレスを教えてくれとせがまれていたけど、そもそも僕も八重花もスマートフォンを持っていない。八重花は、文通から仲良くしようと返事をしてまたもやファンを増やしていた。
「おにーちゃん、なんかすごいいっぱいヒトがいるよー!」
先に階段を上がった冥鬼が僕を呼ぶ。ようやく上級生の階にたどり着くと、廊下に溢れ返った男性の数に目を見張ってしまった。
「何だこの人混み……」
よくよく見ると生徒も混じっているが……圧倒的に大人が多い。ほぼ一般男性の数で溢れていた。
「チェキの予約はこちら! 物販の最後尾はこっちでーす!」
上級生の女子がダンボールで作った看板を手にして客を誘導している。
これは、全員喫茶店目当ての客なのか!?
「教室の中が全然見えないな」
人混みがすごすぎて教室の中で何が行われているのか僕には想像すらつかない。
ポカンとしている僕に気づいたらしい上級生の女子が、看板を連れの女子に預けて近づいてきた。
「キミ、鬼道楓くんだよね? 鬼原がさ、鬼道くんが来たら待たせずに通せって言ってたの。当然寄ってくでしょ?」
「え、えっと……」
大人びた顔立ちの上級生に尋ねられてしどろもどろになる僕の代わりに冥鬼が手を上げる。
「はーい! よってくー!」
無邪気な冥鬼に小さく笑った上級生は軽く僕達を手招いて人混みの最前列へと向かう。
教室の扉にはかわいらしい黒レースのカーテンが掛かっており、大きな鈴がついていた。
「さあ、入って。うちの本格的なメイド喫茶を楽しんでね!」
挑戦的に笑った上級生がそう言って教室の扉を引くと、鈴がカランカランと音を立てて僕達を店内へ導く。
内装はまるで中世の世界に迷い込んだかのようなかわいらしい装飾がされている。
椅子にはベルベットのカバーがかけられて黒猫のぬいぐるみが置かれていた。
そして……。
「おかえりにゃさ~いっ、ご主人様♡」
かわいらしく僕達を出迎えたのは、小柄なメイドだった。ネコミミとしっぽを付けて、黒を基調にしたメイド服を身にまとっている。長い黒髪にはウェーブがかかっていて、パッと見小学生のような外見をしたメイドだ。
「ご主人様、ルナがお席にご案内しますにゃ♡」
ルナと名札のついたネコミミメイドがそう言って首の鈴をチリンと揺らす。
こ、このメイド、全身から『かわいい』が溢れている……。背丈が小さくて小学生にしか見えないが、高校生には間違いないはず。
でも、こんなにかわいい女子が上級生に居るなんて知らなかったな……。小さくて可憐で、守ってあげたくなるようなメイドだ。
「おかえりにゃさ~いっ♡」
僕達を歓迎するようにネコミミのメイドたちが一斉に笑顔を向ける。今まで給仕をしていたメイドたちもだ。
どうやらそれぞれにメイドとしての名前がついているらしい。みんな胸に手書きの名札がつけられている。
僕達は豪奢なクロスが敷かれたテーブルに案内されると、猫の柄の座布団が敷かれた椅子に腰掛けた。しかしこの教室、至る所に猫が飾られている。
テーブルの上にはネコミミの形をした調味料の入れ物、スプーンやフォークの先端にも猫。とにかく猫まみれだ。
「にゃんにゃん♡ ねこさんいっぱーい♡」
冥鬼が楽しそうに猫の真似をしている。
というのも、店内で流れている謎の電波ソングのせいだ。やたらアニメ声の女の子がメロディに合わせてニャンニャン言い続けるだけの歌。
……耳が変になりそうだ。
「ご主人様、メニューはコチラになりますにゃ。ご注文がお決まりの頃、またお伺いしますにゃ♡」
先程のメイド──ルナが手のひらでメニュー表を指す。大きく写真つきで載っているのは、当店イチオシのニャンニャンパフェ……というデザートだった。
メイドたちが一生懸命ご主人様のために愛情を込めて作ったパフェ、と書いてある。
「ちゅ、注文いいですか……? ニャンニャンパフェをひとつ」
「かしこまりましたにゃん♡」
ルナはかわいらしくネコのポーズをして見せる。
そのポーズにつられてなのか、冥鬼も楽しそうに両手を猫のように丸めていた。
「にゃ〜♡ メイはオレンジジュースがいいにゃん♡」
「かしこまりましたにゃ~♡ かわいいネコさんですにゃ♡」
ルナはそう言って猫をあやすように冥鬼の頭を撫でる。
「ごろごろにゃ~ん♡」
冥鬼は気持ちよさそうな声を上げてご機嫌だ。
続けてハルはミルクとコロッケ、八重花は抹茶フラペチーノを頼んでいた。
ルナは笑顔で注文を受けると、最後にかわいくネコのポーズをしてから店内の奥にある扉を開ける。きっとその奥がキッチンになっているんだろう。
僕は、洗脳されそうな電波ソングをぼんやり聴きながら食べ物が運ばれてくるのを待っていた。
その間に、一人のメイドが進み出てくる。
「ご主人様、お暇でしたら私とゲームをしませんか?」
そう言ってやってきたネコミミメイドの少女は、この僕が見間違うはずもない──鬼原ハク先輩だった。名札にもしっかりと『ハク』と書いてあるし。
ロングスカートのメイド服は見慣れているけれど、ネコミミとしっぽをつけた姿はレアだった。この世のものとは思えないほど綺麗で、可憐で……頭が真っ白になりそうだ。
「あっ……げ、ゲーム……ですか?」
「そう、花占いのゲームでーす♡」
ハク先輩はそう言って作り物のお花を僕の顔前に差し出す。
「ルールはカンタン。スキ、キライ、に合わせて交互に花びらを取って、最後の一枚がスキだったら……私がご主人様にキスしちゃいます♡」
「キスッ……!?」
思わずひっくり返った声を上げてしまう僕に、ハク先輩はニコニコと笑ってこくんと頷く。
「私と花占い……しましょ?」
こんなの……こんなの、やるしかないだろッ!




