【怪異を探せ】1
翌朝。学校に着いてすぐ入部届けを手に部室を訪れた僕を歓迎したのは、見知らぬ生徒だった。
眩しい蜂蜜色の髪を肩まで伸ばし、つり目がちの目にはしっかり化粧をしている。見るからにギャルだ。手足も長いし、制服を着崩した姿はまるでモデルのように見える。
「──新入部員?」
「は、はい……」
スマホを弄りながら問いかけてきた美少女に圧倒されるようにして、僕はおずおずと頷く。
美少女はしばらくスマホを操作していたのだが、ふと視線を僕に向けると足早に近づいてきて扉を閉めた。
「──扉、開けたらすぐ閉めてもらえる?」
「す、すいません……」
反射的に謝罪する僕に目もくれずに美少女は再び身を翻すと、椅子に腰掛けて長い足を組んだ。
ええ、と……。
彼女は一体どこのクラスだろう。うちの学校にはこんな美少女がいるのか。それにしてもスカートが短い。綺麗に組んだ素足を直視出来なくて、僕は視線を逸らす。
「二年の、小鳥遊香取」
小鳥遊先輩はスマホを弄りながら唐突に告げる。
それが自己紹介の挨拶だと気づいた僕は、遅れて口を開いた。
「鬼道楓です……一年の」
「ふーん……鬼道って、陰陽師の鬼道?」
小鳥遊先輩は器用にスマホを弄りながら僕を見ることなく問いかけてくる。僕は頷きかけてから固まった。
「はい……えっ!?や、その……」
しくった。はいじゃないだろ。僕が陰陽師であることは秘密なのに!
「違うの? この辺り一帯の妖怪退治担当は鬼道家って聞いたけど」
「……どこでそれを?」
おそるおそる問いかけてみる。
すると小鳥遊先輩は、スマホから視線を外して僕を見た。
「アタシの親父、総連の関係者だから。……つまりアタシも同業者」
守秘義務もクソもないあっさりとした告白に、僕は目が点になった。
「あんな小難しい修行をしながら受験勉強すんの大変だったんじゃない?」
「えっと──はい」
ぼくはぎこちなく頷きを返す。
小鳥遊先輩は、再びスマホに視線を戻しながら相槌を打った。
「その、僕が陰陽師だってことはハク先輩たちには……」
「言わない。分かってるよ、守秘義務──でしょ?」
本当に分かっているのか何なのか、小鳥遊先輩は軽い口調で告げるとやにわに椅子から立ち上がった。
小鳥遊先輩が眠そうに大きな伸びをする。
「色々話したかったけど今からバイトだから──今度ゆっくりお茶でもしよ。せっかく同じ部活だし」
「ば、バイト──ですか? これから授業なのに……」
狼狽える僕を前に、小鳥遊先輩はメガネケースを取り出しながら笑った。
「大丈夫、ノートは後でハクに写させてもらうし──」
そう言うと、小鳥遊先輩はメガネケースから異様に分厚い牛乳瓶底のぐるぐる眼鏡を取り出す。驚くほどダサいデザインの眼鏡だ。というか今時どこに売ってるんだよそんな眼鏡!
「そんじゃ、またね。鬼道クン」
小鳥遊先輩は軽く僕の頭を軽く撫でると小走りに部室を出ていった。
部室に一人取り残された僕はふと、机に置かれた物に目を留める。
それは、紙切れを持った美少女フィギュアだった。
『新入生入部歓迎。こちらの飴はご自由にお取りください。カトリーヌより』
かわいらしく女の子らしい丸字で書かれている。カトリーヌとは……小鳥遊さんのことでいいんだろうか?
フィギュアの足元には、とても──大きな胸をしたホルスタイン柄の水着を着た女の子(おそらく牛のコスプレなんだろう)が白いキャンディを牛乳瓶に詰め込んだカラフルな絵柄の包み紙が置かれている。
ぼくは、飴玉のひとつを取って包み紙を開けた。中には乳白色のコロンとした小さなキャンディがある。
「……うまい」
包み紙の中にあるキャンディを舐めながら、甘いミルク味を堪能する。包み紙の見た目はともかく、中身は普通のミルクキャンディだ。もうひとつは冥鬼にくれてやろうかな……。
僕はキャンディを舐めながら机の上に入部届けを置く。
これで僕はオカルト研究同好会……もとい、研究部の新メンバーとして迎えられることになるわけだ。どういった活動をするのか少し不安もあるけど……これから毎日ハク先輩と会えることが楽しみで、少しだけ口元がゆるんでしまう。
僕は誰もいない部室を一度見回すと、すぐに教室へと戻った。