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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【文化祭】2

「らっしゃっせ~」


 休憩を終えたメイド服の葵が疲れ切った顔で接客をしている。

 僕たちは一丸となってフリフリのエプロンを靡かせながら、ひたすら客を捌き続けていた……。客は生徒だけではなく、当然保護者もいるしカップルだとか中学生、からかいついでに見に来た隣のクラスメイトも居る。

 何が悲しくてメイド服を着て指でハートを作ったりチェキを撮ってやったりしないといけないんだ。し、賞金は欲しいけど……。


「メイドさん、お水ちょーだい」

「かしこまりました、ご主人様」


 僕は水差しを両手に持って教室内のテーブルを飛び回る。さっきまでキッチンに居たから体力は有り余っているんだ……やれる。僕ならやれるはずだ。黒丸との修行で鍛えた精神力を見せろ、鬼道楓……! 恥を捨てるんだ。


「メイドさん、写真撮ろ~」

「かしこまりました、お嬢様」


 僕は普段一切しないような精一杯の笑顔を作って、綺麗なお姉さんと一緒にハートを作って写真を撮る。ほ、頬がつりそうだ……。

 心も表情筋もとっくに死んでいたけど、それでも僕には完璧なメイドを演じなければならない理由があった……。


 ちりりん、と教室の入口から新たな客を知らせる呼び鈴が鳴る。僕はすぐさま振り返って、今度こそ満面の笑みを浮かべた。


「お帰りなさいませ、ご主人さ……」


 表情が死んでいることに定評のある僕が出来る最大級の笑顔を向けたつもりだった。

 目の前に居たのは、大きな赤いリボンに色素の薄い長い髪をした少女。

 どうしてこんなところに彼女が居るんだ。よりにもよって、あなたがこの教室に──!


「は、は……ハク先輩……!?」


 客としてやってきた目の前の先輩の存在が信じられない僕は、金魚みたいに口をぱくぱくさせる。今日のハク先輩も可憐だ……。僕がこんな格好じゃなければ、一緒に文化祭デートを楽しめたかもしれない。


「ふーん、本格的じゃん」

「ご、ゴウ先輩まで何でうちのクラスに……」

「そりゃ敵情視察ってヤツに決まってるだろ?」


 ゴウ先輩は腰に手を当てて言うと、僕の頭の上からつま先までを眺める。まるで観察でもするみたいに。


「ふーん……確かに情報通りだな」

「じ、情報って何ですか……」


 あんまりじっくり見ないで欲しい。僕は狼狽えながらエプロンの端を握りしめる。すると、ハク先輩が穏やかに微笑みながら言った。


「楓くん、すごく噂になってるわよ。正統派美少女メイドが居るって……」


 う、嬉しくなさすぎる……。思わず歯ぎしりをしてしまいそうになるが、今の僕はメイドだ。メイドのイメージを損なう真似はしないようにしよう……。


「オマエ、全校一のメイドに送られるベストメイド賞を狙ってんだろ?」

「……そりゃ、賞金総額百万円なんて魅力的すぎますし。どこから出てるんですか、こんな大金……」


 ゴウ先輩に返事をしながら、僕の脳裏に浮かぶのは部長の顔だった。おそらく、賞金は高千穂財閥が出してくれるんだろう……。金持ちの考えることは分からない。


「毎年恒例だからな。東妖(うち)の伝統だ」


 ゴウ先輩は店内の内装をぐるっと見やってから眠そうに欠伸をする。


「……じゃ、早く案内しろよ。三名な」

「さ、三名ですか? ゴウ先輩とハク先輩と……あと一人は……?」

「俺だッ!」


 教室の入口をくぐって現れたのは、ば……化け物……としか思えないメイクを施されてパツパツのメイド服を着た日熊先生だった。

 似合う似合わない以前の問題だ。化け物としか言いようがない……。


「日熊センセイはうちのクラスのお手伝いをしてくれてるの♡ 今は休憩中だから一緒に来たのよ。かわいいでしょう?」


 ハク先輩がニコニコと答える。

 僕は怯えていいのか笑っていいのか逃げ出していいのか分からなくて、引きつった表情のまま空きテーブルに三人を案内するのだった。


「オレはパンケーキとオレンジジュース」

「うーんと、私はメイドさん特製パフェ♡ もちろん指名は楓くんで」

「俺はたこ焼き」

「か……かしこまりました、ご主人様、お嬢様……と大きなお嬢様」


 僕は先輩たちに頭を下げてキッチンへオーダーを伝えにいく。すると、葵が化粧直しをしているところに遭遇した。僕と先輩たちとのやりとりを見ていたのか、葵がカーテンに隠れながら顔を覗かせる。


「楓、あのテーブルに座ってるのって去年の文化祭でベストメイド賞、接客優秀賞、かわいかったで賞、御奉仕されたいで賞、その他ほぼ全ての賞をかっさらってったメイド(キング)の鬼原先輩だろっ?」

「ああ、ハク先輩は作法から言葉遣いまで完璧だ。正直勝てる気がしないよ」


 ハク先輩に負けるなら本望……いや、最初から叶うはずがない。後で僕もハク先輩のクラスにお邪魔しよう……。


「違うって!メイド(キング)はちっこいほうの鬼原先輩!」


 しかし、葵の言葉は意外なものだった。僕はおそるおそるフロアに向き直る。

 店内をキラキラした眼差しで見つめるハク先輩と、手作り感満載の手描きのメニュー表を睨んでいる日熊先生。

 そして──。

 眠そうに欠伸をしているゴウ先輩だ。あのゴウ先輩が……メイド(キング)? さすがに、何かの間違いだろ?


「……!」


 ふと、ゴウ先輩と目が合う。ゴウ先輩は、今まで見たことがないくらい悪い顔でニヤリと笑った。思わず背筋に寒気が走る。

 これは、僕たちの一挙一動を観察する気だ。賞金を狙うライバルとして。メイド(キング)として。


「……っ、葵。本気を出すぞ」

「はあ? 俺はいつも本気だし」


 葵がウィッグを被りながら呑気な返事をする。

 少し背は低いけど、葵はガチガチのスポーツマンって体型じゃない。女装をすればそれなりに見えるし、その人懐っこさは客からのウケもいい。

 幸い、クラスには三十人に一人(ほぼ一クラスに一人の割合じゃないか)のイケメンと言われているバスケ部男子も居るし……何とかなりそうな気がする。

 いや、何とかしてみせるさ。


「楓くん、七番テーブルにメイドさん特製らぶらぶパフェ。ご指名だからね」

「任せてくれ」


 僕は震える手をぎゅっと握りしめると、コーンフレークでかさ増しされたフルーツパフェをトレイごと受け取ってすぐにフロアへ出ていく。七番テーブルで待っているのは──ハク先輩だ。

 絶対に失敗は許されない。


「お待たせ致しました、お嬢様」


 僕はパフェグラスをハク先輩のテーブルに置いて、二本分のスプーンを続けてテーブルに置く。


「おいしそう……イチゴが真っ赤でルビーみたいね♡」


 パフェを目の前にしてハク先輩が目をキラキラさせている。あまりの可憐さにこっちが浄化されてしまいそうだ……。しかし、ここで昇天するわけにはいかない。僕はメイド、メイドなんだ……。


「ねえ、あーんして食べさせて?」


 ハク先輩が無邪気に微笑む。先輩の傍で、ゴウ先輩が僕の一挙一動を観察するように見つめていた。

 僕は心を無にしてパフェに刺さったチョコ塗りの棒状になった菓子をゆっくりと抜き取ると、生クリームのついたそれをハク先輩に差し出す。


「──あ……あーん、お嬢様」

「あーん」


 ハク先輩が小さな口を開けてクリームのついた菓子を頬張る。それだけで僕の薄い胸ははち切れそうだ。


「うん、おいしい♡ 楓も食べるでしょう?」


 ハク先輩の口から、唐突に僕の名前が呼ばれる。しかも、呼び捨てだ。


「か……楓!?」

「あら? 自分の使用人の名前を呼ぶのはおかしい?」


 ハク先輩が悪戯に微笑む。うっ……小悪魔なハク先輩もかわいい……。

 僕は菓子を手にしたままぷるぷると震えそうになりながらかぶりを振る。


「おかしく、ありません……お嬢様」

「ふふふ……変な楓」


 まずい、完全にハク先輩のペースに乗せられている。これは間違いなく僕にボロを出させるための罠だ。そうでなければハク先輩が僕にこんなこと、こんなこと……。


「はい、楓……ご褒美よ♡」


 ハク先輩が僕の手から菓子を奪うと、口元にスティック状のチョコ菓子を差し出す。


「いけません、これは……お嬢様の……」


 食べかけ……。

つまりこれを食べてしまったら僕は、ハク先輩と……か、間接キスを……。


「なあに? ご主人様の言うことが聞けないなら、お仕置きよ?」


 ハク先輩は優しい声でとんでもないことを言う。お、お仕置されたいです……いやいや、欲望に身を任せてどうするんだ僕!

 本能と理性の間で揺れ動く僕に、ゆっくりとハク先輩が顔を近づけてきた。耳元にハク先輩が優しく囁いてくる。


「ちゃんとメイドになりきるの。落ち着いて。楓くんなら大丈夫よ」


 ゴウ先輩に聞こえないくらいの小声。その声は、いつもの優しいハク先輩だった。


「は、ハクせんぱ……」


 すっかりメイドから心が離れていた僕は、ハッとして息を呑む。

 そうだ、目の前に居るのはハク先輩だが……ハク先輩じゃない。僕が仕えるべきお嬢様なんだ。きちんと、心までメイドになりきらないと。


「……あーん」


 僕はハク先輩の差し出した菓子を、躊躇いもなく齧った。僕の脳裏には既に間接キスだとか、ハク先輩と急接近していることへの恥ずかしさとか、そんなものは吹っ飛んでいる。


 今の僕は、高校生陰陽師ではない。高校生メイド鬼道楓だッ──!


「お待たせしましたぁ~、パンケーキとオレンジジュースですぅ〜」


 間延びした声で葵がゴウ先輩の元に料理を運ぶ。さすがに日熊先生への料理は時間がかかっているようだ。


「パンケーキが冷めてるじゃん。オレ、溶けかけのアイスをふわふわのパンケーキに絡めるのが好きなのにー」


 ゴウ先輩は唇を尖らせながら足をパタパタ揺らした。

 この人は姑か? はたまたクレーマーか?


「なあ楓、このパンケーキをあったかくする呪文使えよ。メイドならできるだろ?」


 ゴウ先輩は皿を僕の前に差し出す。

 ちょっと待てよ、呪文って何だ? メイドは呪文なんか使わないだろ?

 そう反論したい。したい、が……ゴウ先輩は僕の出方を見るように黙っている。


 僕は……何をしたらいい?

 メイドらしい呪文、呪文……。

 予想外の事態に真っ白になってしまう。陰陽師としての呪文ならば簡単に口にできるのに……。


(陰陽師の、呪文……?)


 なるほど、その手があったか。


「急急如律令──パンケーキ灼熱炎舞!」


 僕はナプキンを折りたたんで札状にすると、即興でハート型の模様を描いたものをパンケーキへ向けた。

 もちろんそんな呪文なんてないし、穴があるなら入りたい。いくら何でも雑すぎる。何だ、パンケーキ灼熱炎舞って。


 現にハク先輩と日熊先生、そして葵がポカンとしていた。

 唯一ゴウ先輩だけが、僕の呪文を聞くなり大人しくパンケーキを口に運ぶ。


「やればできるじゃん」


 ゴウ先輩はパンケーキを溶けかけのアイスに絡めながらおいしそうに食べ始めた。

 パンケーキに関しては最初からアツアツだったと思うが……ゴウ先輩、あなたは何がしたかったんですか……。


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