表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

127/435

【九月の報告会】2

 危ない危ない。危うくご主人に楓クンとの修行のことがバレるところだった。素直なのは良いことだけど、シチュエーションは考えてくださいよ〜、姫。

 オレは内心ヒヤヒヤしながら、ご主人の疑いの目から楓クンを勇敢に守ったと言っていい。しかしまあ、報告会って言っても食事会なのは変わらないんですよね。お偉いさんは出てこないし、不機嫌そうな奥様が終始ふてくされた顔でお偉いさんの代理をしていたケド、オレたち妖怪はもちろんご主人や楓クンみたいな陰陽師にすら目を合わせてくれなかったし。年配の陰陽師たちが小声で、『古御門先生はお身体の具合が』とか『跡取りが』とか話していたから、ご主人に『古御門泰親って具合悪いらしいですよ』って話しかけたらデコピンされてしまった。

 そんな中、オレたちは今回も自由に食事をさせてもらってる。あ、オレはお面つけてるから食べられないケド、後でホテルに戻ったらご主人と一緒にご飯を食べる約束してるんですよね。……で、そのご主人は……。


「小田原さん、まだ酔っぱらっちゃったな」

「あはは、最近特に酷いんよ。楓クンからもご主人に言ってやって!」


 食事にあまり手をつけず酒を欲しがったご主人は、オレが注意するのも聞かずに酒を飲み続けた結果、悪酔いして壁にもたれてしまった。いつものことやケドね。

 オレがご主人の肩をさすりながら応えると、楓クンは強ばった顔をして視線を逸らしてしまう。あらら、まだご主人のこと苦手だったりします? それとも楓クンって仲良くなるのに時間かかるタイプ? ……たぶん、両方かな。心を読まなくても、楓クンって顔に書いてあるから分かりやすい。案の定、楓クンは気まずそうな顔をしたまま口を開いた。


「ぼ、僕が言ったらまた面倒なことに……」

「ならないよー。むしろ、きぃちゃんと同じくらいの楓クンが言ってくれた方が聞くかもやし? それに──」


 それに、オレはご主人と楓クンにはもっと仲良くなって欲しいんです、って言おうとした言葉をすんでのところで飲み込んだ。酔っ払ってるみたいやケド、かろうじて起きてるっぽいし……ご主人の機嫌が悪くなっちゃう。


「なあ、気になってたんだが……そのきぃちゃんって一体……」


 そんなオレをじっと見つめていた楓クンが口を開いた時だった。楓クンの傍に大きな影が落ちる。

 顔を上げると、スーツを着た青年が小さく会釈をした。整った顔立ちだけど陰のある不思議な人間だ。……どこかで見たような気もするなぁ?


「お久しぶりです」


 青年が声をかけると、楓クンは少し驚いた顔をしてから小さく頷いた。どうやら二人は知り合いみたい。友達……ってわけじゃなさそうやね。


「八雲さん」

「キイチが呼んでいます。今から会ってやってくれますか?」


 八雲と呼ばれた青年に声をかけられた楓クンは、ワンテンポ遅れてから小さく頷きを返した。先に部屋を出た八雲の後に続いて楓クンが立ち上がる。


「……黒丸、ついでに猿神のことを古御門先生に伝えてくる。ハルのことも……色々ありがとう」

「はぁい。またね〜!」


 楓クンは八雲に連れられて部屋を出ていく前に、お手伝いの女性に姫のことを頼んでいた。オレは楓クンにひらひらと手を振ると、酔っ払って壁にもたれているご主人の元へと戻る。


「ご主人〜、もう飲んだらアカンですよ」

「うっさいわ……鬼道に俺の悪口吹き込んでたくせに」


 ああ、やっぱり起きてた。しかも何か誤解してるし。ご主人は不機嫌そうに顔を上げてオレを睨む。酔っ払うといつも以上に卑屈になるんだよなあ。そういうところがいつまでも子供っぽくて……あ、周りのみんなは怖いって言うケドね。


「どうせお前も、俺に愛想尽かしてどっか行くんやろ」


 ご主人は、ふてくされたように呟いて項垂れた。あんなに体の弱かった子供が大人になれただけでもすごいことなのに、陰陽師になっちゃうなんて。酒癖の悪さは考えモンやケド、根は寂しがり屋さんだって知ってますよ。奥様だって、きぃちゃんだってそんなご主人のことが大好きなんだから。


「何言うてるんですか、もう」


 オレが愛想尽かすとか絶対にないですって、お面の下で笑いながらギュッとご主人の手を握った時だった。


「おやおや、小田原殿の酒癖の悪さはお噂以上のようですね」


 聞き覚えのある声がして振り返ると、そこには眼鏡をかけた長身の男が居た。確か……キョーヤって呼ばれてたハズ。その傍らには金髪の男が火のついていない煙草を咥えている。キョーヤはその煙草を取り上げると、ラベルの付いてないペットボトルをオレに差し出した。中身は透明の液体だ。


「霊験あらたかな神水です。飲ませて差し上げてください」


 オレはおずおずとペットボトルを受け取ると、それを注意深く見つめた。変なものではないっぽい……? キョーヤの言う通り、神聖で清らかなものみたい。なんなら妖怪が飲んでも大丈夫そうだ。

 安全なものと分かった水をご主人の口元に近づけると、ご主人は大人しくそれを飲み込んだ。心なしか顔色も良くなったように見える。


「いやぁ助かります。キョーヤさん? でしたっけ──」


 そう言って礼を言った時、金髪の男がオレの肩を抱き寄せた。煙草の匂いと甘い香水の匂いが混ざる。それから……この男から立ち上るもうひとつの不快な匂い。


「まだこんなの被ってるんだ? 似合ってないっスよ。小さくて軽くて、せっかく抱き心地いいのに」


 まくし立てるように言った男の手がわざとらしくオレの腰を撫でて尾羽を指に絡めた。オレも妖怪にしちゃお喋りなほうではあるけど、コイツの話術は巧みで、強引で……隙を見せるとすぐペースにのまれてしまう。


「ね、この後ホテル行かない? オレ、妖怪を抱くのは初めてなんスよね。噂で聞いたんスけど、位の高い妖怪って体の一部が女の子と同じってホント?」

「は……?」


 何を言われているのか分からなくて聞き返すと、男の手がオレの腰紐に触れる。ちょ、そんなとこ引っ張られたら袴が落ちる!

 そう思った時、キョーヤが男の手を掴んだ。


「この方は烏天狗様だと言ったでしょう。無礼はいけませんよ」


 そう言ってキョーヤが男の手を引き剥がす。男はわざとらしくペロッと舌を出すと、挑発的にキョーヤの首筋に腕を回した。


「欲求不満なんスよ〜。最近ガキの相手ばっかだし、誰かさんは構ってくれないし?」


 キョーヤの耳朶を甘噛みしながら男が言うけれど、構うこともなくキョーヤが柔和に微笑む。


「失礼いたしました、烏天狗様。私は狗神鏡也(いぬがみきょうや)と言いまして……古御門泰親先生の主治医をしております」

「べ、別にオレはええですケド……狗神、先生?」


 オレはそう言いながら金髪の男をチラッと見た。多分オレ、コイツのこと苦手かも。態度や言動もだけど……ご主人の前でこんなことをするなんていただけない。この場に楓クンが居たら絶対餌食になってただろう。楓クン、自分じゃ気づいてないみたいやケド線が細いというか、綺麗な顔してるし。


「主治医という事は、古御門先生のお体が悪いという噂は本当なんですねぇ?」


 ご主人よりもずっと年上の陰陽師が話に割り込んできた。コイツ、前にオレの悪口言ってた奴だ。隣に控えている青白い顔をした女の妖怪が穢らわしいものを見るような目でオレを一瞥してる。この陰陽師にしてこの妖怪アリって感じだ。


「まあ長くはないでしょうね」

「ちょっとちょっと、キョーヤさん。医者の守秘義務守ろうよ〜」


 男が笑いながら自分の口にチャックをつけるような仕草をする。けれど、男は室内にいる陰陽師たちを順番に見ると少しだけ大きな声で言った。


「ま、そういうわけだから……来月には孫の鬼一(キイチ)くんが古御門家を背負ってくことになるっスね。前よりやりやすくなるんじゃない?」


 男の言葉に周囲の陰陽師たちがざわつく。中には孫の存在を知らなかった陰陽師も居たみたいだ。


「あなたこそ喋りすぎでしょう」


 狗神が大きな尻尾を振りながら薄ら笑いを浮かべると、男は反省するそぶりも見せずにわざとらしく舌を出した。


「行きますよ、九兵衛」

「はいよ、ダーリン」


 九兵衛と呼ばれた男は軽いノリで返事をすると、図々しくオレの肩を抱いて耳元に口を近づけてくる。


「またね、クロちゃん」


 その男からは香水に混じって血の匂いがした。絶対マトモな人間じゃない。そんな男と一緒にいる狗神鏡也も、ただの医者じゃないだろう。

 だからか、オレはこの二人のことがどうしても気になってしまった。


「ごめんご主人。少し休んでてください」


 オレはご主人の返事も聞かずにすぐに身を翻すと、狗神たちの後を追いかけて廊下に出る。

 金髪の男……九兵衛は居なくなっていて、狗神だけが離れの部屋に向かうのが見えた。狗神が廊下の角を曲がったことを確認してから、オレは足早に狗神の後を追う。

 狗神はオレに気づくことなく廊下を進むと、離れの部屋にある障子を静かに閉めた。部屋の中からは小さな話し声が聞こえる。聞き耳を立てる趣味はないケド、障子越しに聞こえるのは楓クンの声だ。


「文化祭──か。楽しそうだね」

「そうでもないよ。僕たちのクラスは準備に追われてる」

「兄さんも……楽しみ?」

「まあ……賞金もかかってるし」

「賞金……?」


 か細い声と楓クンの声が交互に聞こえる。楓クンと話している相手が誰なのか分からないケド……多分同い年くらいだ。


「キイチも来るか? 東妖高校って言うんだけど」


 楓クンが口にした名前は『キイチ』だ。狗神たちが話した通りなら、古御門家を継ぐ孫の名前だろう。こっそりと部屋の前まで近づいて障子の隙間を覗き込むと、雪のように白い髪の少年が布団から体を起こしているのが見えた。長い前髪から覗くのは、血のように赤い瞳だ。キイチは本当に楓クンにそっくりな顔立ちをしている。


「狗神さん、キイチは……良くなるんですか?」


 楓クンが声をかけると、キイチの前に狗神が座り込んだ。大きくてふさふさとした尻尾が揺れている。


「ええ、リハビリも順調ですし食欲も出てきましたから。このまま様子を見て薬を減らしていきましょう。ただ、寒暖差には気をつけてください」


 狗神はそう言いながら鞄の中から木箱を取り出す。その模様はどこかで見たことがあるような……。


鳥飼(うかい)の紋か」

「ごッ……」


 思わず声が出そうになった。目を凝らして部屋を覗き込むオレの後ろにご主人が立っていたから。


「何や、幽霊でも見たような顔して」

「ご、ご主人……びっくりさせんでくださいよぉ」


 オレは胸を撫で下ろしながらご主人の腕を引っ張ってその場を離れる。

 ご主人の体調はすっかり良くなっていた。あの医者がくれた水が本当に効いたみたい。オレはもう酒を飲ませないようにご主人の腕を掴んだまま、そそくさと古御門家を後にするのだった。

 相変わらず外は地獄みたいに暑い……。タクシーをつかまえたオレは、先にご主人を乗せてから顔をガチガチに覆った鳥の面を外した。うう、汗でびしょびしょ……。でも、冷房が顔に当たって気持ちいい。


「拭いたるさかい、目ェ閉じんかい」


 ご主人が乱暴にオレの汗をハンカチで拭う。オレはされるがままになりながら横目でチラッとご主人を見た。


「……で、鳥飼って何です?」

「この鳥頭、もう忘れたんか? この前旅行したやろ」


 ご主人がふてくされたように言う。

 そ、そういえば……楓クンとの修行ですっかり忘れてたケド。楓クンが海で楽しんでる間、オレはご主人と岡山に旅行をしたんでした。もちろん、観光目的じゃない。オレのわがままに、ご主人が付き合ってくれただけ。

 その岡山の山奥には妖怪の暮らす村があって、妖怪と言っても人に危害を加えたりはしない。妖怪たちの隠れ家って感じの村。コンビニも遊園地も何にもない村だったけど、将来隠居するならああいう村が良いなーと思ったのを覚えてる。村の名前は確か、獣が鳴く村って書いて……。


「せや、きぃちゃんとの約束の時間、何時や!?」


 突然、ご主人が大きな声を上げた。オレは顎に手を当てたまま返事をする。


「えーと……一時半だったような気がしますケド」

「間に合わへんやろが! ホテル戻って土産取って、それから──ええい、何ボサッとしてんねん! はよホテル行けッ!」


 ご主人は、いつもの調子で声を荒らげながらタクシーの運転手を急かす。オレは騒がしい車内の中で、小さくなっていく古御門家へと振り返った。

 門のそばに停まっている赤い高級車の傍には女が立っていた。女は親密そうに運転席へと身を乗り出している。まるで恋人同士みたいに体を寄せて。

オレは、タクシーが曲がり角を曲がって古御門家が見えなくなるまで、派手な車とは不釣り合いな和服の女を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ