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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【修行の終わり】

 次の日、そしてその次の日も朝から晩まで修行のために山へと赴いたけれど、猿神の手下に出会うことも、彼らが襲ってくることもなかった。

 猿神は特定の住処を持たない妖怪らしく、別の場所で悪さをしている可能性もあると黒丸は言う。猿神(あいつ)を倒さない限り、誰かが襲われる心配は消えない。


「来月さ、報告会の時に楓クンから偉い人に伝えてくれる? 人間を無差別に襲う妖怪のこと。他の陰陽師たちも周知しといたほうがいいと思うから」


 滝行を済ませた僕が髪を乾かしている様を庭の木の上から眺めながら黒丸が言った。下駄が脱げそうなくらい大きくぶらぶらと足を揺らして、枝に止まった雀と戯れたりしている。


「お前が言った方が小田原さんの手柄になるんじゃないのか?」


 和服に袖を通しながら尋ねると、黒丸は子供みたいに足を揺らしながら嘴に指を当てた。


「そしたら楓クンとの修行のことまで話さないといけなくなるやん! 今回の修行のことはご主人には秘密なんだよ? ぜーったい、ぜーったい言ったらアカン! いい?」

「わ、わかったよ……」


 黒丸は珍しく強めの口調だ。一体、小田原さんに知られると何が問題なんだろう……? そりゃ、自分の式神が他の陰陽師に手を貸したら誰だっていい顔はしないと思うが……。そもそも小田原さんが僕を目の敵にしてるのって、僕が弱いからと言うよりも、鬼道楓だから……って感じがする。

 小田原さんの年齢って、うちの親父と同じくらいだよな。まさかとは思うが……。


「なあ、もしかして小田原さんって……」


 そう言いかけた時、いつの間に木から下りたのか黒丸が縁側から入ってきた。下駄を履いたまま、器用に膝立ちをして身を乗り出してくる。まるで小さい子供みたいに。


「さっきおじさんから連絡があってさ、もう三時間くらいしたら楓クンを迎えに来るんよ。だから楓クンとは報告会までさよなら。寂しくなるなーっ!」


 黒丸はそう言って畳の上に俯せになった。嘴が畳に刺さりそうになって慌てて背を反らしているのが面白い。


「そっか……ヒスイとオオルリの手料理も食べられなくなるんだな」


 この一週間、たくさんの美味しい料理を二人に作ってもらった。ヒスイとオオルリとはこれきりだと思うと少し寂しいものがある。


「何言ってんの、楓クンならいつでも歓迎ですよー。今度は彼女連れて遊びに来て! ねっ!」

「かっ……かのっ……!?」


 頬杖をつきながら僕の話を聞いていた黒丸が軽快な声色で言った。か、彼女ってそれはつまり、ハクせんぱ……いやいや、付き合ってすらいないどころか告白だってしてないが!?

 そりゃ、いつかはハク先輩に(玉砕覚悟で)告白したいと思ってるけど……。


「冬休みでも春休みでも、もちろん来年の夏休みも、楓クンが遊びに来てくれたら二人も喜ぶからさ〜!」


 そんな僕の心を読んだのかは分からないが、黒丸は頬杖をついたまま楽しそうに言った。ヒスイとオオルリだけじゃなく、黒丸とも仲良くなれた……と僕は思ってる。

 どうして黒丸が僕なんかと友達になりたがってたのか、ずっと気になっていた。だけど、彼に他意は無いんだ。友達になるのに理由は要らない。例え人間と妖怪、種族が違っていたとしても。妖怪を退治することばかり考えていて、そんな当たり前のことすら忘れていた。


「……ありがとう、黒丸」

「へへっ! こちらこそ!」


 黒丸は嬉しそうに笑うと、部屋に入ってきた時と同じように膝立ちで縁側に向かった。黒い翼を大きくはためかせて振り返る。


「じゃ、修行の続きと行こうか。鬼道家当主殿」


 そう言った黒丸から飄々とした雰囲気が消え去る。猿たちを屠った時の緊張感とよく似たものが辺りを支配した。


 僕は、師匠が迎えに来るまでの数時間、黒丸と最後の手合わせをしたのだった。

 師匠が迎えに来た頃、太陽はすっかり傾いていて……修行に夢中になりすぎた僕たちは昼飯を食べるのも忘れていたようだ。

 僕は天狗の丸薬を、師匠は地酒を、そして冥鬼はアニメのDVDを土産にと渡された。

 自然の中で行った修行は僕にとってとても貴重な経験だった。できたらまた……今度は観光で行きたい。


「鬼道殿、冥鬼様ァ〜! また絶対遊びに来てくださいッス!」

「泣いてんじゃねーよ、今度はオレさまがたこ焼き作ってやるから」


 大袈裟に泣いているオオルリを冥鬼が慰めている。どっちが男なんだか分からないな……。


「冥鬼、先に車に乗ってるぞ」


 僕はそう声をかけて師匠の車に乗ろうとした。その時、小さな手が僕の腕を掴む。一本歯の下駄で身長を高く見せている黒丸が僕を見下ろしていた。


「ね、楓クン。あの子居るでしょ、青蛙神の赤ちゃん」


 黒丸は僕の返事を待たずに荷物の中からプラスチックケースを取り出した。中には眠そうな顔のハルが入っている。


「ちょっ……」

「後で必ず返すからさっ、しばらく借りていい?」


 まるでおもちゃを見つけた子供みたいな発言だ。

 ま、まさかと思うけど、ハルを食べる気じゃ……。


「食べへんで!」

「ケロ」


 すかさず烏天狗の鋭いツッコミが入る。ケースからのそのそと出てきたハルが小さな鳴き声を上げた。


「この子、まだチカラの使い方知らんみたいやからオレが教えよっかなって思っただけやもん。天狗だって好き嫌いあるもん」


 まるで拗ねたような声色で黒丸がそっぽを向く。そんな黒丸を見てヒスイがニヤニヤと笑った。


「ほら、お子ちゃまだし」


 いつだったかオオルリとヒスイに黒丸のことを聞いた時、ヒスイは黒丸のことを「お子ちゃま」と評価した。その時は意味が分からなかったけど、今になって分かる。黒丸は見た目よりずっと単純で、子供だ。

 

「悪かったよ……ハルを頼めるか?」


 僕は子供をなだめるように黒丸の機嫌をうかがう。すると、僕の表情をチラッと見た黒丸はすぐに嬉しそうに笑った。


「へへっ……もちろん! オレ、人の世話焼くの好きなんだ〜!」


 黒丸はそう言って笑うと、おもむろに袖からちらりと見える黒い手袋を外した。中から出てきたのは人間と変わらない、僕より小さな子供の手だ。


「楓クンはきっと、もっと強くなるよ」


 自分の手をじっと見つめていた黒丸は、やがて僕に手を差し伸べる。僕は迷うことなくその手を握った。


「買い被りすぎなんだよ、お前」

「あ、楓クンが笑った! 今の親友っぽい! ね、ね、オレたちもう親友だよね?」


 黒丸は嬉しそうな声を上げて僕の手をぶんぶんと揺らした。彼の動きに合わせて翼も勢いよく上下している。

 そんな僕たちを、ヒスイの肩に乗ったハルがぼーっとした顔で見つめていた。


「ハル様のお世話は任されたし」

「ケロ」


 ヒスイが指でハルの鼻先を軽く撫でた。マイペースな性格のハルとヒスイは気が合うみたいだ。自分からヒスイの肩に飛び乗っている。


「ありがとう、ヒスイ。それとオオルリも。ご飯、すごくおいしかった」


 僕はヒスイに手を差し出した。黒丸が僕と友達になりたいと手を伸ばしてくれたように。

 ヒスイは目を丸くすると、自分の手を見てオオルリの袖で念入りに拭いてから僕の手を握ってくれた。


「いつでも作るし」

「てめッ、今どこで拭いた!? 鬼道殿も冥鬼様もお元気でッス!」


 ようやく泣き止んだオオルリとも握手をして挨拶を交わす。

 僕と冥鬼は天狗たちに別れを告げて車へと乗り込んだ。車の外では師匠と黒丸が談笑している。師匠がしきりに酒瓶を眺めている様子から察するに、どうやら酒の話みたいだ。


「……楽しかったな」

「ま、退屈はしなかったぜ」


 冥鬼は後部座席を倒して体を横たえると大きな欠伸をした。やがて、黒丸と話し終えた師匠が車に戻ってくる。車の外で手を振る黒丸に手を振り返して、僕は座席に寄りかかるのだった。

 長い長い修行を終えて、僕たちを乗せた車は天狗の山を出発する。


「柊も若い頃、あの山で修行してたんだぞ。鬼符について学んだのもその頃でな」


 車を走らせながら師匠が言った。僕はほとんど夢現の中だったけど、親父が母さんを守るために強くなろうと思って天狗の山に押しかけたとか……そんな話だったように思う。


「あの頃は車なんて無いから電車を降りたらひたすら徒歩で山を目指してな……道に迷って野宿が続いたあげく、たぬき鍋にされそうになって……あの時に俺が車を見つけてなかったら俺は教師になれなかった──もとい、お前は生まれてなかったんだ」


 しみじみと呟く師匠の声を遠くに聞きながら、僕は心地よい疲れに包まれて眠りにつく。既に冥鬼はいびきをかいて寝ているようだ。

 合宿に修行……本当に、色んなことがあった……。疲れたけど、楽しかった……な。


「おい、楓」


 遠くで冥鬼の声が聞こえる。到着だと、僕を呼ぶ声。けれど声はあまりにも遠くから聞こえていて、それが夢か現実かすら、今の僕には分からない。


「楓、起きろってば」


 今度こそ、すぐ近くで冥鬼の声が聞こえた。さすがにこれは夢じゃない。

 ずいぶん長い間眠っていたような……。


「んん……」


 ゆっくりと目を開けて窓を見ると、外はすっかり暗くなっている。


「寝ぼけてないで降りてこいよ」


 冥鬼が外から窓ガラスを叩く。何か、このシチュエーションって前にも……。


「どうしたんだよ、冥鬼……」


 寝ぼけながら車を降りるけれど、そこはちゃんと僕の家の庭だ。知らない山に連れてこられたわけじゃない。ほんの二週間ほど留守にしただけなのに、懐かしい我が家。

 僕は体を伸ばしながらあくびをする。

 その時だった。


「楓くん」


 背後から僕を呼ぶ声がして振り返ると、そこには……。

 浴衣を身にまとったハク先輩がはにかんだ笑顔で立っていた。僕はまだ……夢を見てるのかもしれない。

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