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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【天狗夜祭】2

 暗闇の中から、赤い顔をした猿たちが次々に姿を見せる。その数は五、十……? もっと居るようだ。


「お前と一緒に居た男の子はどうした?」


 札に手を伸ばしながら問いかけると、浴衣を着た猿がケタケタと笑って舌なめずりをした。


「どこかなァ……? ウフフ……」


 最悪の状況を想定して嫌な汗が頬を流れる。じりじりと猿たちが僕に詰め寄ってきた。どうやら考えている暇はないらしい。


「いただきまァァす!」


 浴衣猿の一声で、周囲の猿たちが一斉に飛びかかってくる。


「急急如律令──遮壁守護!」


 五芒星が目の前に描かれ、炎の壁が僕の周囲に立ち並ぶ。飛びかかってきた猿たちを勢いよく弾き飛ばした。恐らく大したダメージじゃないだろう。その証拠に、起き上がった猿たちは木々に掴まったり距離を取ったりしながら僕に狙いを定めている。


「次は──こっちからいくぞ」


 続けて二枚目、僕が選んだのは攻撃の札。


「舞え、煉獄炎舞!」


 僕の周囲から炎の柱が噴き上げる。竜巻のようにうねる炎が猿たちへと襲いかかった。山の中で使う火は危険だが、これは妖怪にしか効かないように作られている。さすが古御門家の御札だ。おかげで山への被害を考えずに済む。


「ギィィッ!!」


 猿たちの悲鳴が山に響いた。逃げ遅れて炎に巻き込まれた奴が三匹、炎を避けるようにして散り散りに逃げている器用な奴が十匹以上。浴衣猿もその内の一匹だった。


「お兄ちゃん、陰陽師なんだねッ……」


 浴衣猿の声が闇の中から聞こえる。炎で周囲を照らすけれど、闇は濃くなるばかりだった。

 闇は人を不安にする。その感情は敏感に霊力にも現れ、術の威力を弱めていくものだ。僕の放った炎が僅かに揺らいだ、その瞬間を敵は見逃さなかった。


「く……ッ!」


 背後から浴衣猿が口を開けて襲いかかってくる。御札を取り出す時間すらない。

 最悪の展開が脳裏を過ぎった時だった。


「ピギィッ!!」


 浴衣猿の脳天に小刀が突き刺さって呆気なく崩れ落ちる。間一髪で猿の息の根を止めたその人物は……。黒い翼に不気味な鳥の面を被った烏天狗、黒丸だった。


「人んちの山で悪させんほうがええよ」


 黒丸はそう言って小刀を引き抜いた。浴衣猿は既に絶命している。


「あ、ありがとう……黒丸」

「礼ならヒスイに言ってやって。楓クンのこと、心配してたから」


 黒丸はそう言って懐紙で小刀についた血を拭う。

 そうだ、ヒスイは夜になると人間に化ける妖怪が出るんだと言っていた。あの時、僕が真面目に聞いていればもっと注意深くいられたはずだ。


「楓クンのせいじゃない。これはオレの責任」


 黒丸はそう言って、小脇に抱えた子供を下ろす。女性が探していた金髪の男の子だ。慌てて呼吸を確認すると、規則正しい小さな寝息が聞こえる。


「大丈夫大丈夫、オレの顔見て気を失っただけだから」

「はは……」


 確かに暗闇でコイツが出てきたらビビって気を失うよな……。妙に納得しながら子供の頭を撫でる僕の前に黒丸が立ち塞がる。


「楓クンはその子を連れて下がってて」

「えっ、でも……」


 そう言いかけて、僕は言葉を飲み込んだ。黒丸を纏った妖気が濃くなった気がする。 飄々とした雰囲気は既に無い。


「大丈夫、オレ強いから」


 血を拭ったばかりの小刀が闇夜に光った。黒い翼がはためいた瞬間、強い風圧を感じて目を閉じてしまう。


「キィッ! キャッキャ!」


 猿たちは耳障りな鳴き声を上げながら木々に飛び乗った。風が空を切る音が聞こえて、猿が腰掛けていた枝が切断された。

 猿が跳躍して別の木に移り飛ぶけれど、それよりも早く黒丸が頭上から斬りかかる。


「ギァ……」


 無駄のない動きで猿が斬り捨てられる。

 残された猿たちは動揺した様子で後ずさるばかりだった。


「つ、強い……」


 こんなの、陰陽師が出る幕もないじゃないか。スピードは冥鬼と同じくらい……いや、それ以上かもしれない。彼の動きには無駄がなく、これっぽっちの迷いもなかった。


「何や、呆気ない」


 黒丸はつまらなそうに笑って後ずさる猿を見ながら呆れたような声を上げる。続けて、木の枝にぶら下がっていた猿に向かって黒丸が履いていた下駄を蹴飛ばす。下駄が顎に激突した猿が地面に落ちるまでの間、黒丸は小刀を使って残りの猿を斬り捨てる。


「ウギャッ!」


 地面に落ちた猿が顔を押さえていると、黒丸が小刀を向けて言った。


「大将に伝えとけ。次、人の庭で騒いだら──常夜(あのよ)行きや」


 ゾッとするような冷たい声に猿が竦み上がる。すぐに身を翻して逃げ去っていく猿を追おうとするけど、手をヒラヒラ振っている黒丸に止められた。


「追わなくてええよ、楓クン」

「で、でも……また悪さをしに戻ってくるかも……」

「敵の大将はそこまで馬鹿じゃないって。ま、馬鹿だからこんなところまで出てきたんやろうケド」


 黒丸はアハハと笑うとお面の嘴を指で軽くかいた。その様子はいつもの黒丸だ。

 天狗の治める山には昔から妖怪が住んでいたらしい。天狗を恐れて悪さをする奴は滅多に居ないが、ここ最近になって悪さをする妖怪が増えてきたそうだ。

 子供を母親の元に返した僕達は、すっかり静かになった山道を歩いて黒丸たちの家へと戻る。その道中、天狗たちは気になることを口にした。


「最近、またお猿さん絡みの事件が増えてきとるねぇ」

「やっぱ関東だけなんッスか!?」


 声を上げたオオルリは、黒丸に『しーっ』とたしなめられて思わず口を噤む。彼の背中では冥鬼がスヤスヤと寝息を立てていた。かき氷を食べた後、オオルリにねだってたこ焼きもたくさん焼いてもらったそうだ。


「ここは天狗様のお膝元。いくら馬鹿でもここで悪さしようなんて思わないはずだケド」


 歯の長い下駄で器用に山道を登りながら黒丸が言った。

 後に続いたヒスイが僕に手を差し伸べる。暗がりで足元が見えない僕は、ありがたくその手を取った。


「多いのか? ああやって人に化けた猿が人間を襲うこと……」

「どれも最近になってからだよ」


 下駄のせいかずいぶん背丈が伸びた黒丸を見上げて尋ねると、黒丸は暗闇の中で光る赤い目でチラッと僕を見る。


「鬼道殿は、数ヶ月前に人の肉が齧られてたって事件、覚えてるし?」


 声の大きなオオルリの代わりにヒスイが静かな声色で尋ねた。彼の話は記憶に新しい。

 あれは春頃のことだ。テレビでニュースが流れてて……ちょうどその頃、僕は豆狸と一緒に修行を始めていた。そして……修行の最中に僕たちが出会った妖怪は……。


「まさかさっきの猿たちって……」


 嫌な予感が脳裏を過ぎる。そんな僕の思考を読んだかのように黒丸が振り返る。


「十中八九、猿神クンの仕業だよ」


 猿神。

 かつて親父が見逃し、僕が退治することが出来なかった妖怪の名前だった。

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