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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
2部

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【人喰い天狗?】1

「く、来る……!」


 明らかに空気が変わった。警戒する僕と冥鬼の間を神風が勢いよく吹き抜ける。

 烏天狗は、僕が冥鬼の頭に手を触れるよりも前に翼を大きくはためかせて豪風を起こしたのだ。冥鬼の小さな体が吹き飛ばされそうになるけれど、それを受け止めたのはヒスイだった。


「変身なんかさせないし」


 ヒスイはそう言って冥鬼の体を抱き上げる。頬を膨らませた冥鬼が身を捩ろうとすると、すかさずオオルリが菓子の袋をチラつかせた。


「冥鬼様ッ、あられ食うッスか!? ジュースもあるッスよ!」

「や……やだー!」


 冥鬼は菓子袋を見て一瞬目をキラキラさせるが、僕の視線に気づいたのか慌ててふるふるとかぶりを振った。そうだ、二人に惑わされるな。戦うんだ、冥鬼……!

 強く願う僕の思いを嘲笑うかのように、ヒスイが懐から何かを取り出す。


「ここにオニメート購入者特典限定オリジナルドラマCDを映像化したアニメ未放送のネージュたんがあるんだけど。見るし?」

「みるし!」


 冥鬼はアッサリと僕を裏切ってヒスイとオオルリと共に部屋を出ていってしまった。思わず膝から崩れ落ちそうになる。ネージュたんに負けた僕って……?


「ひ、卑怯だぞ……お前たち」

「卑怯で結構。来いや、食ったるわ」


 烏天狗は先程と違ってかなり好戦的だ。まるで人が変わったように見える。それとも、これがアイツの本性なのか?


「くそ……」


 考えていても始まらない。僕は御札ケースから紙の札を取り出した。


「遮壁──!」

「防御でええんか? これでもオレは……」


 先程まで空中に居たはずの烏天狗の声が背後から聞こえる。

 慌てて振り返ると、風を纏った刀を振りかざした天狗に見下ろされていて。


「鬼を屠った烏天狗の子なんやで」


 黒い鳥のお面の下で赤い目が光る。致命傷を覚悟した時、烏天狗の下駄が僕を蹴り飛ばした。


「ぐッ……!」


 下駄で背中を蹴り飛ばされた僕はよろめきながらも何とか踏ん張った。烏天狗は大きな黒い翼をはためかせながら旋回すると、木の枝の上で器用に着地する。

 手には風の刀を持っているのに、コイツは僕を斬らなかった。理由は分からないが、わざと攻撃しなかったんだ。


「あれ使えや、鬼神の力。術を使うくらいのハンデはくれとるつもりやで」


 僕を蹴り飛ばした下駄は主の後を追うように烏天狗の元へと戻る。それを履き直しながら烏天狗が言った。

 奴が言っているのはあの御札だ。だけど、鬼符を使うにはデメリットが多すぎる。万が一、鬼符の効力が切れた時、代償として激しい体の痛みに襲われる。術を使えるだけの霊力もごっそり持っていかれて、僕の身を守るすべがない。だからこそ慎重になる必要があるんだ。


「考えてる時間あるんか?」

「なっ……」


 一瞬で懐に入られたと思った瞬間、腹に衝撃が走る。また下駄で蹴り飛ばされたのだと気づいた時には僕の体は地面に倒れ込んでいた。


「かはっ……」


 コイツ、本当に考える時間を与えてくれないつもりだ……!


「ほら、どうするん?」


 頭上から烏天狗の声が聞こえた。またあの速さで下駄が直撃したら打ちどころによっちゃ大怪我だ。

 もう、考えている時間はない。


「鬼符──」


 僕は御札を握りしめた。

 せめて副作用は最小限であってくれよ。あれを使うと全身がバッキバキのガッタガタになるんだからな。


「鬼符天翔!」


 鬼符に書かれた術式が光り輝き、指先から全身へ雷に撃たれたような電撃が走る。五感が研ぎ澄まされ、僕の能力は人間では考えられないほど高く飛躍した。それが鬼符のチカラだ。

 御札の効力が消える前に、終わらせないと……。相手は考える時間すら与えてくれないようだから。

 僕は右手首の数珠に手を当てた。いちかばちか、試してみようか。


「急急如律令──炎狗翔臨(えんくしょうりん)!」


 魂喰蝶との戦いの最中、夢現で使ったチカラ。通常の僕では使えないが、鬼符によって霊力が増大した状態なら使えるんじゃないかと思った。

 どうやら、読みは当たっていたらしい。炎を纏った立派な犬が勢いよく数珠の中から躍り出る。


「翔べ!」


 僕が命じると、炎狗は赤い尾を引きながら烏天狗に向かって飛びかかる。

 木々に隠れていた烏天狗が翼をはためかせながら悠々と炎狗の攻撃から逃れた。それを炎狗が追って、烏天狗が間一髪のところで躱す。まるで僕をからかうように。

 鬼符を使っても追いつけないのかよ……!


「鈍すぎて欠伸出るわ」


 炎狗が噛み付こうとするのを難なく躱しながら空中でくるりと回った烏天狗が言った。

 ひゅん、と風を斬る音が聞こえて炎狗に風の刀が振り下ろされる。真っ二つに切断された炎狗は、二匹に変わった。


「お?」


 烏天狗が意外そうな声を上げる。どうやらこの展開は予想外だったみたいだ。

 炎狗が二匹に増えたことで、烏天狗の素早い動きにも陰りが見えるはずだった。双方から自由自在に襲いかかる炎狗の動きは予測がつきづらいからだ。

 しかし、烏天狗のスピードはどんどん上がっていく。

 烏天狗が風の刀で炎狗の攻撃を受け止めると、その体はさらに分裂した。炎狗は三匹、四匹に増えていき、ますます動きも読みづらくなってきたはずだが炎狗をあやすかのように、烏天狗は器用に空中で舞い、そして──。


「なっ!?」


 烏天狗が翼を大きくはためかせて風を起こす。その風圧で、炎狗たちは残らずかき消されてしまった。


「こんなんで終わりなんか?」


 枝の上に降り立った烏天狗がゆっくりと翼をたたみながら冷たく僕を見下ろす。鬼符を使った炎狗をアッサリ消し飛ばすなんて、コイツ……いくら何でも強すぎるだろ。いつも冥鬼ばかり目にしてきたから、他の式神がどれほど強いかなんて知らなかった。

 もしかしなくても、冥鬼より強いんじゃないのか……?


「ぐ……」


 あと僕に残されているのは、コイガミと炎系の術だけど……コイガミに戦いは期待できないだろう。なら僕が出来る戦術は、これしかない。……集中しろ、鬼道楓!

 僕はケースから取り出した札を右手に掴むともう一度数珠から炎狗を呼び出した。けれどそれだけではさっきと同じだ。赤い尾を引いてまっすぐに烏天狗に向かった炎の先が花火のようにパッと広がる。僕の札を口に咥えた炎狗が烏天狗の顔前でそれを離した。


「舞え、緋火落葉(ひからくよう)!」


 僕の宣言と共に札が弾ける。それは落葉のように粉々になり、無数の火の粉となって烏天狗の頭上に降り注いだ。

 一枚一枚の落葉の動きは予測が出来ず、対象を自動追尾する。風を起こそうと翼を広げればたちまち翼に引火するぞ。僕の出来る中で最大の広範囲攻撃技だ。鬼符のパワーアップも追加されて、その威力は落葉の一枚一枚が炎狗並だ。


「……ちょっとは頭使えるんやね」


 烏天狗はそう言って枝から飛び降りる。舞い落ちる炎の葉と炎狗が烏天狗を追って勢い良く降り注いできた。もちろん僕も見ているだけじゃない。烏天狗が地上に降りたタイミングでもう一枚の札を投げつける。


「煉獄炎舞!」


 上と真正面からの同時攻撃だ。これなら敵に不意打ちのダメージを負わせることくらいできる。そう確信した時、烏天狗が小さく笑った。


「アカン、楽しくなってきた」

「えっ?」


 耳に届いたその声はほんの一瞬だった。すぐに目を開けていられないほどの神風が烏天狗を中心にして巻き起こる。それは今までの風とは比べ物にならない威力だ。僕が放った炎舞は風の壁によって打ち消され、烏天狗の頭上から降り注ぐ落葉は、まるで掃除機で吸い込まれるみたいに神風の中心に吸い込まれていった。そうして凝縮された炎の塊はどんどん小さくなっていく。


「つ、強すぎるだろッ……」


 神風に呑まれて鎮められた火がハラハラと舞って烏天狗の肩の上に落ちるけれど、その火は肩に触れる前に小さくなって消えてしまった。烏天狗は肩を軽くパタパタと払ってゆっくりと僕に近づいてきた。


「やっぱりキミって──」


 烏天狗が何かを言いかける。その時、僕の懐からプラスチックのケースが落ちた。衝撃で蓋が開いた瞬間、中にいたものが一気に膨れ上がる。

 中に居たのは、雨福さんに世話を頼まれて以来、僕の家で過ごすようになっていて合宿にもついてきた青蛙神のハルだった。ぷくーっと膨らんだハルは大きくなった雨福さんのサイズすら凌駕してどんどん大きくなる。


「今度は風船のカエル?」


 早々に地上から離れた烏天狗の言葉通り、風船のように膨らんだハルがメキメキと木々を倒してくる。

 どこまで大きくなる気だ!?


「は、ハル! もう良い! これ以上大きくなったら僕までつぶれる!」

「ゲロ?」


 ハルが喉を鳴らしたその振動が地面を揺らす。

 みしみしと音を立てた地面がハルの体を中心に沈んでいった。


「うわっ!?」


 まるで蟻地獄みたいに、僕はハルの体の下に引きずり込まれそうになってしまう。あんな巨体でつぶされたら文字通りぺちゃんこだ。


 ──ま、まずい!


 逃げ場がない僕を、翼をはためかせて急降下してきた烏天狗が掴みあげる。同時に、ハルの舌が勢いよく僕たちに向かって伸びてくる。

 烏天狗は空中で上手くバランスを取りながらそれを躱すと、僕の体をハルに向けて投げた。


「ケロ」


 巨大なカエルの口からピンク色の舌が伸びて僕の体をキャッチする。ど、どうやら僕まで襲おうとしていたわけではないようだ。


「あ、ありがとう……?」


 おずおずとハルに話しかけるけれど、ハルは聞いているのかいないのか、大きな目を瞬かせるだけだった。


「あんよもキャッチも上手やね。……で、カエルさんに何が出来るん?」


 ぱちぱち、と両手を叩く音が聞こえる。頭上を見上げると、僕たちを見下ろす烏天狗の姿があった。その手には風の刀が握られている。

 僕はハルに巻き付かれたまま、これからの作戦を考えていた。

 馬鹿みたいに強い人喰い天狗を倒すための作戦を。

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