【避暑地にて】3
あとは冒頭の通りだ。
冥鬼はハク先輩と楽しそうに遊び、僕はビーチパラソルの下でそれを恨みがましく眺めている。
本来ならハク先輩の隣には僕がいたはずなのに……いや、今も僕が隣にいるけど、そうじゃなくて!
何が悲しくて僕の姿をした冥鬼とハク先輩が楽しそうにしてる姿を見せられなきゃならないんだ? 僕が何をしたって言うんだ……。
「……おかわりください」
「よく飲むっスね〜、冥鬼ちゃん」
膝を抱えたままむくれている僕に、尾崎先生がご機嫌な様子で話しかけてくる。派手なシャツを羽織って、チラチラと割れた腹筋を見せつけていた。痩せてるのにしっかり引き締まっているところが遊び慣れた大人の男って感じだ。
「冥鬼ちゃんってさ、楓クンの親戚なんだっけ? あんまり似てないよね」
「よく言われます」
尾崎先生が馴れ馴れしく僕の肩に腕を回して顔を覗き込んでこようとするものだから、僕は顔を隠すように帽子を深く被った。そうでなくても僕は男だ。いくら顔が良かろうとも、男に顔を近づけられて良い気はしない。
「なあ、オマエさっきから何か変だよな……それに鬼道も」
水分補給にやってきたゴウ先輩が心配そうに声をかけてくる。いつもながら先輩の優しさがありがたい。
「鬼道が鬼原ハクと仲良くしているのが気に食わんのだろう」
鋭いぞ日熊先生……。図星をつかれた僕はちょっぴり強気に反論した。
「はァ? オレさまは何とも思ってねえよ」
……どうだろう、上手く冥鬼を演じられているだろうか。内心汗が止まらないんだが。
いずれ、僕が陰陽師であることを知っているゴウ先輩や師匠である日熊先生には話すつもりではいるけど……一般人のさゆも居るし、今はまだ冥鬼でいなければいけない。
「ふーん……よく分かんねえけどさ、冥鬼ちゃんはそうやって身を引いちゃって良いの?」
僕の肩を抱いたまま尾崎先生が言った。ニヤニヤと笑っていて、まるで僕の心中を見透かしているみたいだ。
「楓クンと鬼原さん、マジで付き合っちゃうかもよ」
別に、僕とハク先輩が仲良くなるのは良いことだ。なのに僕の胸はずきずきと痛む。
だって僕じゃない。あの鬼道楓は僕じゃないんだから。
「かっ、構わねえし」
僕は精一杯強がって口角をひきつらせた。
「きゃ……!」
小さな悲鳴が聞こえてビーチを見やると、よろめいたハク先輩を冥鬼が抱きとめた瞬間だった。
冥鬼はハク先輩を抱きとめると、ちょっと照れくさそうに笑って『大丈夫かよ』と問いかけている。
「……先輩」
何で、何であそこにいるのが僕じゃないんだ。
胸が張り裂けそうで辛くて仕方なくて膝を抱える僕の隣に誰かがやってくる。
「冥鬼、ちゃん……これ、おかわりの分」
顔を上げると、心配そうな顔をしたさゆと目が合った。さゆは両手にトロピカルジュースを持っている。それをひとつ僕に差し出してくれた。
「ありがとう……」
僕はジュースを受け取ると、それをちびちび飲み始める。見たくないのに、視線は無意識に僕(僕じゃないけど)とハク先輩に向けながら。
冥鬼の奴、僕の顔であんなに楽しそうにしやがって……僕と入れ替わってることを完全に忘れてるぞ。後で絶対説教だ……。
「楓くん、って……あんな風に笑うんだね」
「……そうだな」
さゆがぽつんと呟いた。さゆの視線も僕と同じように、ハク先輩たちに向けられている。ぽーっとした顔が普段よりも赤くなっていた。いや……さすがに赤すぎないか?
「さゆ……大丈夫か? 顔が赤いけど」
「ねえ、冥鬼ちゃん……」
元々白い肌をしているから具合が悪くなったんじゃないかと心配になって僕が声をかけるのと、さゆが僕を呼ぶのはほぼ同時だった。
「な、何だ?」
怯んだ僕を見下ろして、さゆがちょっとだけ笑ったように見える。僕の隣に腰を下ろしたさゆは、熱に浮かされたような目で僕の顔を覗き込んだ。
「もっと教えて……私の、好きな人のこと」
恥ずかしそうな、とても小さな声でさゆが言う。す、好きな人って……。
「は、ハク先輩?」
「違う、よ……?」
さゆはちょっとだけ心外そうな顔をして首を傾げた。キュッと唇を結んださゆが、僕の耳元に唇を近づける。ひんやりとした吐息が僕の耳を優しくくすぐった。
「鬼道楓くん……私の、大好きな人」
柔らかくて、それでいて熱を孕んだ声が僕の耳に優しく響く。
遠くで冥鬼の名前を呼ぶやたら明るい僕の声が聞こえていた……。