【避暑地にて】2
高千穂財閥の別荘に着いた僕達は個別に部屋をあてがわれた。別荘というよりもまるで外国の洋館みたいだ。個室に置いてある椅子や机、ソファなんてひと目で高価なものだとわかる。僕が一生かけて働いても買えるかすらわからない。
部屋にそれぞれの荷物を置いた僕は、部屋に飛び込んできた冥鬼と小鳥遊先輩に連れられるようにしてプライベートビーチへと引っ張り出された。
「この辺ぜーんぶプライベートビーチなのか? 端から端まで全部?」
跳ねるようにして冥鬼がビーチサンダルで砂浜を駆けていく。初めての海を見て少し驚いた様子だったが、すぐにはしゃいで駆け回っていた。まるで犬みたいだな……。
「服、濡らすなよ」
当然、僕の注意なんか全く聞かずに冥鬼が駆け回っている。
浅瀬には点々と道ができており、それが小さな祠へと続いていた。
「あの祠、なんでしょうね?」
小鳥遊先輩に声をかけられた僕より先に冥鬼が祠へと入っていく。
冥鬼の後を追いかけると、祠の中には小さな地蔵がぽつんと置かれていた。
「願いを叶えるカミサマって書いてあるな」
冥鬼が地蔵に彫られた文字を見て胡散臭そうに目を細める。文字はずいぶん風化していたがよく読めるな……と感心した。
「願いを口にしながら地蔵を頭を三回撫でること……だってよ。楓、やってみようぜ」
「僕は別に……」
遠慮がちに断ろうとするが、冥鬼に手を引っ張られて地蔵の頭の上へ置かれてしまった。
「あるだろ? 強くなりてえとかモテたいとかさ」
「うっ」
モテるならハク先輩だけでいいのだが……強くなりたい気持ちは当然ある。僕は冥鬼に言いくるめられるようにして地蔵の頭を軽く撫でた。
「じゃあ、強く、なりたい……。今よりもっと強く」
「……」
僕の願いを聞いていた冥鬼は、続けて地蔵の頭を撫でた。
「そんじゃ、オレさまは男だ。とびっきりの色男にしろ」
「何だよそれ」
「良いだろ、楓がオレさまくらい強くなって、オレさまが楓みたいな男になれば最強無敵じゃん」
冥鬼がそう言った時だった。地蔵の目がキラリと光った。
「その願い、叶えてやるぞい」
「へ?」
胡散臭い声と共に地蔵が眩く閃光し、僕達は勢いよく強風に煽られて祠の外に放り出される。
「ぐあ……」
「いてて……」
浅瀬の上に転倒した僕達がよろめきながら体を起こすと……何かが妙だった。
目の前に僕がいるのだ。僕の姿をした僕は濡れた服を絞って水気を切りながら目付きの悪いつり目で僕を見る。我ながら何て人相の悪い顔なんだ……。
「お、おま……何でオレさまが目の前に居るんだよっ!?」
僕の姿をした男が素っ頓狂な声を上げる。
「そっちこそ……何で僕の姿をしてるんだ。もしかして……妖怪か?」
僕は後ずさりながら御札ケースを取り出そうとしてズボンのポケットに手を入れようとする……が。
「あ、れ……?」
僕が触れたのはむき出しのふとももだった。
動きやすそうで機能性を重視した女物の水着……つまりはスクール水着だ。こんなもの僕は着てない。そもそも女物のスクール水着なんか着てたら変態だ。……じゃなくて、これは僕が雨福さんの店で冥鬼に買った水着だ。
「え、え……?」
僕は自分の姿を改めて見下ろして動揺した。
紺色のスクール水着に、むっちりした長い足。そして、異様に膨らんだふたつの胸。
「な、何でッ……?」
僕はおそるおそる自分の額に触れた。そこには二本の長いツノを隠すように帽子が被されている。いやいや、何でだ!? 目の前の男もきっと僕と同じ顔をしていることだろう。
「何で僕が、冥鬼に……」
「か、楓なのか?」
僕の姿をした冥鬼がおずおずと声をかけてくる。遅れて、小鳥遊先輩が祠から駆け寄ってきた。
「んもー、いきなり二人仲良く吹っ飛ぶからびっくりしたにゃー! 一体どうしたんです?」
「せ、先輩……」
僕は混乱のあまり涙目で先輩を見上げると、狼狽えながら自分たちの身に起こったことを説明する。そして……理解した。
僕達は、魂が入れ替わってしまったのだと。
もちろん、すぐに祠に戻って地蔵を確認したけれど、そこに地蔵はなかった。
「や、やられたッ……あの地蔵は妖怪だったんだ……」
絶望に打ちひしがれている僕とは反対に、冥鬼は感動した様子で自分の体を見下ろしている。
「これが男の体かぁ……ちょっとヒョロいけど」
「ヒョロくて悪かったな」
僕の恨み言など冥鬼は全く聞いてない。それどころかセルフボディチェックまで始めていた。
「うわ、肌白いなー」
「ど、どこ見てるんだよ! 隠せ!」
小鳥遊先輩の目の前でシャツを捲って白い肌を見つめている冥鬼に慌てて掴みかかると、僕の体をした冥鬼はあっさりと浜辺に倒れ込む。
「いってえ……」
「ご、ごめん……大丈夫か、冥鬼」
思わず冥鬼にのしかかった形になってしまった僕は慌てて彼女を抱き起こそうとするが、冥鬼の胸に僕の……実際には冥鬼のものだが、胸が当たって……。
「……ご、ごめん!」
慌てて上体を起こそうとすると、冥鬼に手を掴まれた。
僕の顔をした冥鬼は悪い笑みを浮かべて、僕の腕から手を離すと、むき出しになっている太ももの内側をわざとらしく撫でる。
「な、何を考えて……んんっ──ちょ、っと!?」
待てやめろ、変な声が出るだろ……!
思わず両足を閉じようとするけど、僕は冥鬼を跨ぐように膝をついている。体を起こさない限り足を閉じることが出来ない。
「ほほう、これはラッキースケベな展開ですにゃ……」
「見てないで助けてくださいよ!?」
冥鬼の非道な行いを小鳥遊先輩が楽しそうに眺めている。ひ、ひどい……。
つーっと指でふとももをなぞる冥鬼の指に、僕の腰がビクッと震えた。こ、この程度で……何でいちいち反応するんだよ。僕が女の子の体になってしまったからか? 女の子ってのは、こんなにも敏感な生き物なのかよ?
「不思議だろ? どんな最強の式神でも主サマに逆らえないような体になってんだよ。それが契約ってヤツだ」
「そ、そんな……あっ……」
女の子とは明らかに違う男の指が、内ももを撫でさすった。それだけなのに、ふとももを撫でられたくらいで変な声が出る自分が憎い。抑えようとするたび、唇の端から乱れた呼吸音が漏れるのが恥ずかしくてたまらなかった。
「も、もう……っ」
やめてくれと目で訴える。それが余計冥鬼を煽ってしまったらしい。冥鬼の指が内ももの柔らかいところをキュッと抓った。
「楓〜、お仕置きだぜ」
「お、お仕置って……い、い加減に……しろよ……」
散々人の(冥鬼にとっては自分のだが)ふとももで遊んでいた冥鬼は不意に体を起こした。急に手を離されたせいで脱力した僕の体は、冥鬼の腰の上に座り込んでしまう。
「式神がご主人様を襲ったらお仕置きが必要だろ? 別荘までお姫様だっこの刑だ」
「な、誰が……ご主人様だ……」
息も絶え絶えな僕の前で、冥鬼はイタズラに笑うとやにわに僕の体をお姫様だっこで抱き上げる──が、すぐに膝をついてしまった。
「ぐあ……重っ!」
「当たり前だろ……僕は体力もなければ筋力もないんだから」
自分で言ってて悲しくなるが事実だ、ざまあみろ。僕は体を起こすと、無意識に両腕を組んだ。う、腕にぷにぷにとした胸が当たって変な感じがする……。考えるのは止めよう……。
「と、とりあえず別荘に戻ろう。祠のこと、部長なら知ってるかもしれないし……そこから情報を聞き出せば元に戻る方法も……」
「楓くん、冥鬼ちゃん。何してるの?」
突如背後から声がして振り返ると、そこには……幸か不幸か、水着姿の眩しいハク先輩が居たのだった。