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【鬼道家の陰陽師】1

「おにーちゃんっ、なにをつくってるの?」


 僕の足元で、鈴を転がすようなかわいらしい声が聞こえる。肩にかかりそうなくらい伸びた赤毛を揺らしている4、5歳ほどの幼い女の子が元気いっぱいに僕を見上げていた。

 幼女の額には赤いツノが2本生えていて、小さな口からは獣のような牙が覗いている。


冥鬼(めいき)の好きなおにぎりだよ」

「わーい♡」


 冥鬼は、自分のほっぺたに手を当てて嬉しそうな声を上げる。無邪気に喜ぶその姿はとてもかわいいし、僕に妹がいたらこんな感じかもしれなかった。


 でも、この子は妹でもなければ親戚でもない。

 僕は海苔を巻いたおにぎりを、足元にくっついている幼い女の子へ差し出した。


「式神だって腹が減っては戦も出来ぬ……だよな」

「いくさー?」


 おにぎりを両手に受け取った冥鬼が、不思議そうに首を傾げる。僕は洗った手をエプロンで簡単に拭うと、冥鬼の髪をくしゃくしゃと撫でた。


「何でもない。さあ召し上がれ」

「いただきまーす!」


 冥鬼は大きな口を開けて、おいしそうにおにぎりを食べ始める。

 僕の目の前でおにぎりを食べている幼い女の子は、ただの女の子じゃない。


 怪異──いわゆる式神と呼ばれるものだ。


 僕、鬼道楓(きどうかえで)の家は、陰陽師の末裔。

 呪具である鏡に供物を捧げると、常夜(とこよ)の国と呼ばれる異世界から特別なチカラを持つ式神が招かれる。陰陽師のしもべとなる契約を、供物によって結ぶのだ。


 その契約は生涯切れることはなく、どちらかが死ぬまでお互いがパートナーとなる。大抵は家宝だとか財宝なんかを供物にするらしいが……僕の家には家宝なんてない。


 僕が捧げた供物は、いま冥鬼が食べてるものとまったく同じ──白いごはんに具材は──何だったか。覚えてないが、とにかく、捧げた供物はおにぎりだった。おにぎりにつられて出てくる鬼なんかいるわけがないと親父は笑っていたけど──来てしまったわけだ、本当に。


 ソシャゲで言うなら即リセマラ終了の大当たり、最高レアの式神を。


「おにーちゃん、だっこ〜♡」


 おにぎりを食べ終わった冥鬼が甘えた声で手を伸ばしてくる。僕は腰を屈めて、小さな体を抱き上げた。冥鬼は甘えた様子で、僕の頬に自分のほっぺたを押し付けてくる。

 見れば見るほど甘えたがりの幼い女の子だし、そんな彼女のどこが大当たりなのか一目では分からない。

 だが僕は知っているんだ。この子が他の妖怪とは比べ物にならない、特別な妖怪だってことを。


「よし、じゃあパトロールも兼ねて散歩でも行こうか」

「わーい! メイ、おにーちゃんとおさんぽするのだいすき!」


 いくつか作っておいたおにぎりをバスケットに入れて、僕はエプロンを脱いだ。冥鬼は無邪気に飛び跳ねて僕にしがみついてくる。

 式神と言っても、小さな子供と変わりないこの女の子は、一人じゃ何にも出来なくて、すぐに泣くしトイレも一人で行けない。

 まるで手が掛かる子供なんだが……。


「……気配、それで隠してるつもりか?」


 家を出て住宅街を抜けた辺りから、不気味な気配が僕の後をつけている。

 ひたひたと足音を最小限に抑えながらも、人ならざるものの気配は明らかな悪意を向けていた。


 ストーカー? 僕のファン? どれも違う。


 僕は、赤い数珠の巻かれた右手で冥鬼の頭を優しく撫でた。


「──鬼道の名において命じる。式神冥鬼よ、その姿を現せ」


 手短にそう告げると、腕の中で気持ちよさそうに目を細めている冥鬼の体が赤い火の粉に包まれた。《彼女》を呼び起こす呪文は何でもいいんだが、こういうのは雰囲気が大事だよな。

 さて、今まで腕の中に居た幼女はどこへやら。僕の目の前には、幼女と同じ格好をした美少女が背中を向けていた。


 年の頃は──僕と同じくらいだと主張しているが、少し幼いように見える。……これを指摘すると怒られてしまうんだが。

 額には赤いツノが2本伸び、燃えるような赤毛を靡かせた、ちょっと気の強そうな女の子がそこに立っていた。


 これが僕の相棒、最強の鬼神冥鬼だ。


 冥鬼は登場早々、腰に手を当てると唇を尖らせて呆れたように肩を竦めてみせる。


「ちッ……久しぶりに呼んどいてあんな雑魚がオレさまの遊び相手かよ。ムードもへったくれもねーなァ」


 先程の甘えた様子はどこへやら、冥鬼は豪快にため息をついて荒々しい口調で言った。


「お前にとって雑魚でも、放っておけば人間の脅威になるんだよ。おにぎり、要らないのか?」


 あまり乗り気でない様子の冥鬼に、僕はバスケットを持ち上げてチラつかせる。

すると、小馬鹿にした様子で笑っていた冥鬼の目が丸くなって──猫のように細められた。


「──要る」

「じゃあ力を貸してくれ。お前なら10秒も掛からないだろ?」


 僕の提案に、ため息をついた冥鬼が手のひらを前方へ突き出すと、火の粉と共に赤い鞘に納まった刀──鬼斬丸(おにぎりまる)が出現する。

 それを勢いよく抜き取ると、鮮血を被ったかのように赤い、不思議な刀が姿を現した。


「10秒? 舐めんな。そんなにかかってたまるかよ」


 呆れたようにそう告げた冥鬼が、軽くつま先でトントン、と地面を叩くそぶりをする。

 その瞬間、彼女の足は地面を蹴った。まるで優雅な舞を踊るようにして、少女の刀が振り下ろされる。

 僕らの後に着いてきていた妖が反撃を試みようとした刹那、その体は一刀両断にあとかたもなく叩き切られた。

 まさに、10秒も掛からなかったのだ。


「はは、雑魚が! あっけなさすぎるぜッ!」


 そう言って、冥鬼が刀を鞘へ納める。

 僕は──毎度の事ながら、彼女の強さに呆れてしまう。


「今の、並の式神なら苦戦必至のB級妖怪だったんだが……」

「話にならねえな。オレさまに膝をつかせたいなら、あと100万匹は連れてこいよ。退屈すぎて膝をつくかも」


 冥鬼はケラケラと笑って僕からおにぎりを受け取ると、それを美味そうに食べ始める。何となく幼い冥鬼の面影はあるけど、なんとまあ行儀も口も悪い女なんだろうか。

 大体、お姫様で俺様系女子って今時どうなんだよ……。


「しっかし──最近活発だよなァ」

「絶対お前のせいだろ。その桁違いの強さで暴れ回ってもう半年──さすがに目立ちすぎてるしな」


 周りに人の気配がないことを確認している僕のことなんかお構い無しで、冥鬼は猫のように伸びをする。

 そして、主を主とも思わない態度で、僕の肩に腕を乗せるのだった。


「そんなオレさまを呼び出したのはお前だろ? 鬼道楓」


 そう言った冥鬼は、何だか嬉しそうだ。久しぶりに暴れることが出来て、機嫌がいいのかもしれない。


「そうだな。まさか僕も大当たりを引くとは思わなかった」

「おいおい、今日はずいぶんオレさまを褒めるじゃねェか。さては……オレさまに惚れたか」

「バカ言うな」


 冥鬼は褒められて嬉しいのか、ますます機嫌が良さそうだ。ニヤニヤしすぎて色気の欠片もない。

 僕は、メモ帳に妖怪の出現場所を記録しながら返事をしていた。


 やがて──メモ帳に顔を向けたまま一言、労いの言葉をかける。


「お疲れ。また頼むよ」


 そう告げると、冥鬼は八重歯を見せて笑い、機嫌が良さそうにバスケットの中のおにぎりを放り投げて口の中へとぶち込んだ。

 カロリー消費の激しい彼女のために作ったおにぎりではあるが……その仕草にはかわいげも色気もあったもんじゃないな。


「喉、詰まらすなよ」

「んぐッ!」


 僕が注意をしたのと同じタイミングで、冥鬼が胸を慌てて叩いている。僕はバスケットの中に入れていた水筒から、麦茶を注ぎ入れて冥鬼に飲ませてやった。


「ぷはー、生き返った」

「大袈裟だな……もう少し気をつけて食えよ。あと子供じゃないんだから自分で飲め」


 僕はコップと水筒を冥鬼に押し付けて、再びメモ帳を手に取った。

 構ってほしいのか、はたまた手持ち無沙汰なのか、冥鬼が僕の背中に自分の背中を押し付けてくる。


「今月で3匹目──そのうちの1匹はオレさまのアシストでオマエが倒してる。いい調子じゃあねえの」

「そうだな」


 メモ帳に妖怪の特徴、それから討伐日時を記録しながら返事をする。これらは、後で提出用書類に清書しないといけないものだ。前回、討伐日時の記入漏れで総連の先輩方にイヤミを言われたからな……。


「何だよ、まだ不満か?」

「そうじゃない。逆に上手くいきすぎて不気味なくらいだ」


 念のために今月分の討伐日時を確認している僕の背中で、冥鬼がまた声をかけてくる。僕はかぶりを振って言った。


「この町の怪異は増える一方。その分、僕の仕事は増えてありがたいよ。給料は狩った分だけ……出来高制だしな」


 だが、と僕はペンを顎に当てながら黙りこくった。


「何だよ、もしかしてかわいいオレさまとゆっくり過ごす時間が減って寂しいとか──」

「それはない」


 ぐいぐいと背中を押し付けてくる冥鬼の問いかけをバッサリと切り捨てる。

 冥鬼は舌打ちをして、執拗に背中を押し付けてくるのを止めた。僕はメモ帳にペンを挟み、背を向けたままの冥鬼へと声をかける。


「もう戻れ。その姿を維持し続けるのは疲れるんだろ?」

「ふふん、オレさまのことが心配なら素直にそう言や良いのに」


 僕の声掛けを聞いた冥鬼は、何故か満足そうな笑顔で振り返ると、水筒に直接口をつけて一気に飲み干していく。

 そしてたっぷり喉を潤した後は、水筒を僕の胸に押し付けて満足そうに唇の端を上げた。


「じゃあな──次も暴れてやるから呼べよ、主サマ」


 そう言った冥鬼の体が火の粉となって消えていき──同時に僕の目の前に姿を見せたのは、小さな小さな女の子。

 彼女が暴れた分、幼い体にはとてつもない疲労が溜まってしまう。冥鬼は眠そうに瞼を擦っていた。


「んにゅ……」

「お疲れ様……よく頑張ったな」


 僕の口から、無意識に優しい声が出る。すると、うとうとしながらも嬉しそうに笑った冥鬼がだっこをせがんだ。


「おにーちゃん、メイがんばったよぉ……イイコイイコして?」

「ああ」


 僕はせがまれるまま冥鬼の体を抱き上げ、彼女の髪を優しく撫でる。冥鬼はくすぐったそうに笑うと、短い腕を伸ばして僕の首筋に両手を回した。


「おにーちゃん、だいすき……」


 冥鬼は足を揺らしながら嬉しそうに笑うと、すぐに僕の首筋に顔を寄せる。


「メイ、ねむくなってきちゃった……」

「いいよ、おやすみ。家に帰ったらまた起こすから」


 僕は、子守唄を歌うように、頭を撫でてやりながら言った。

 すぐに冥鬼は安心したらしく、ゆっくりと瞼を伏せて静かな寝息を立て始める。心なしか、腕の中の冥鬼が笑っているような気がして、僕も自然と笑みが零れた。

 

 僕の相棒、冥鬼はそんじょそこらの式神とはわけが違う。無敵時間が極端に短いと言う制約はあるけれど、彼女は間違いなく最強の式神なのだ。

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