君の肌に潤いを
この手紙を読んでいるという事は、私はこの世に存在しないという事でしょう。これはある意味、愚痴の手紙と思って読んで欲しい。
私は死んだ、死んでいる。そう、俗に言うゾンビというやつだ。ゾンビとして生き返り……。いや、生き返るというのは正しくないかな。まあ、それは置いておくとして、私が死んだ後に火葬されていればゾンビとして生き返る事もないのだが、私は見知らぬ誰かに殺害され、そのまま土の中へと埋められた。
――――そして生き返った。
とは言っても大変だよ? 息をしないから声を出せない。筋肉が無いから重い物は勿論、物を持つ事も中々出来やしない。そもそも見た目の問題で生きていく……まあ言い方はおかしいが、生きていく上では見た目で判断されてしまう為、一般社会でまともに暮らして行く事は非常に難しい。
いくら「人を外見で判断してはいけない」という言葉あったとしても、それは通じない。まあ、人では無いのでその言葉は私には当てはまらないかもしれないが。
だが限界が来たようだ。私はもうすぐ風化し消え去るだろう。ゾンビとして生きている訳ではあるが、その上での一番の問題として放っておくと体がどんどん乾燥して、どんどん崩れていくという事がある。かろうじて筋肉線維が残っているから何とかなっているけど潤いを保たなければ骨だけになって立てやしない。そしてその限界が来たようだ。
人間としての第2の人生だったら歓迎できるが、ゾンビとして生きるのは……とても難しい。
そんな手紙を見つけた。その手紙が書かれたのは200年前の事だ。
その手紙を書いた主は体が風化した事で完全消滅したようだ。もう少し待っていれば消滅せずに済んだだろうに残念だ。
現代に於いて、ゾンビは社会の一員と認識されている。
現代の法律では心臓が停止し死亡宣告がなされた後、ゾンビとして復活できるかの医療試験が行われ、復活出来ないと判断された場合のみ火葬される。とはいっても生前に復活したいとの意志を示している人に限る話でもあり、医療試験次第という運というのも必要ではある。
そして運良くゾンビという事で復活した場合、手紙の主同様、確かに体力は無い訳ではあるものの、記憶と知力は生前そのままに残っている為、その人の生前の知識見識が社会にフィードバック出来るという有意義な側面が存在する。
復活したとはいえ生物学的には死んでいる。故に、一応は死亡扱いとして第1の人生を終える。そして第2の人生として新たな住民票が発行される。その際には元の名前は使用せずに新たな名前で発行される。これにより元の家族との戸籍上の繋がりは無くなり、まっさらな人生……人では無いので人生という言い方もおかしいが、まあ改めて人生を送る事になる。
名前を変える、戸籍からの排除といった措置は、そのゾンビの元家族親族への負担軽減の意味も含んでいる。ゾンビが家族の元へと戻る事になると食事や風呂と言った物は不要になったとはいえ、ゾンビとなったその人の生活を支えるのは諸々の負担が大きすぎると言う事での配慮でもある。
又、新しい戸籍を手にしたゾンビは、ゾンビ専用のコミュニティに居住する事が義務付けられた。復活したとはいっても人間とは余りにも違い過ぎ、ゾンビはゾンビ同士、そのゾンビへの支援を集中的に行うと言う趣旨での措置である。
因みにそのコミュニティは「特別居住地区」というのが正式呼称であるが、近隣からは『ZONE-B』と呼ばれている。
コミュニティ到着後、まずは行政支援の下で声を出す練習から始める。そして徐々に歩く練習を始め、一通り話す歩くと言う事が出来るようになったら次の段階としてパソコンのキーボードを叩いたり執筆をする練習を始める事になる。
睡眠は不要であるものの筋力といった体力が皆無である事から、話す、キーボードを叩く、執筆するといった方法にて知識見識を継承する事しか出来ないが、それを生業としてゾンビとしての人生を送る……。人生という言い方は変だな。まあ、とりあえず、本人がその人生に飽きるまで生きていく事になる。
そう、飽きるまで……。飽きたら自ら風化する道を選んで勝手に消滅していいよ、という事だ。
手紙の主は自然に風化して消滅した様子が伺えたが、現代に於いてはゾンビ用の飲用塗布用の保湿剤が存在する。その保湿剤を自らの意志で取らなければ風化していくという事だ。
あっ、そうだ。ゾンビという言葉は差別用語になるという事でタブーとなっているんだった。
今、彼らは亜生人と呼ばれている。「生きている」とは言わないが「生きている」に近いという事らしい。
因みに私はゾンビになる事は望んではいない。理由は単純で、ゾンビになったら食事も出来なきゃ歩く事もままならない。食べる事が趣味の私にとって、復活したとしても知る見るという事位か出来ない亜生人という生き方は……選択できないな。
2019年 11月13日 3版 句読点が多すぎた
2019年 08月03日 2版 諸々改稿
2019年 03月03日 初版