第8話 オケアノスの戦い方
近況日記(2019/1/13)
昨晩はビーストバインドトリニティのオンラインセッション日。
当方、初めてのPC1なのでとても緊張してました。
次回は戦闘シーンなのでより頑張らねば。
「イッエーイ!!」
戦闘終了──即ち自らが勝利した事を認識し、ヤエザクラは刀を握ったまま、両腕を力強く天へ突き付けた。勢いよく腕を上げた拍子に、彼女の豊かな胸部が確かに揺れる。
ぐるりと1回転しながらオケアノスの方へと振り返ってみれば、彼もまた、明るく爽やかさを感じさせる表情を浮かべている。
「見てた? ねぇ見てたオケアノス?! あたしの初勝利だぜい!!」
力一杯にピースサインを見せる。溢れんばかりの「喜び」を前面に押し出したヤエザクラの笑顔は、見る者に元気を与え、見る者をも喜ばせる力に満ちていた。
彼女の笑顔を目にしたオケアノスは少しばかり驚いたような素振りを見せたが、直ぐに元の明るい表情へとすり替わる。
盾を持つ左手ではなく、フリーな状態の右手をヒラヒラと振り、目の前のパーティメンバーへ向けて労いの言葉をかけた。
「ええ、バッチリ見てましたよ。お疲れ様です」
「まぁねー。でも途中はちょっとカッコ悪かったかなぁ……」
あはは、と左手で髪を掻くヤエザクラ。右手に握られた刀で宙を数回切るような仕草をして、そのまま納刀。《刀マスタリー》のスキルによってモーション修正が行われているとはいえ、中々堂に入ったものだとオケアノスは感嘆する。
対するヤエザクラは少し照れくさそうにしていた。先のウサギ玉との戦闘中、相手の攻撃を回避する為に、無様なポーズをしてしまった事を気にしているのだろう。
「ですが貴女は勝ったじゃないですか。初陣とは思えない戦いっぷりでしたよ?」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいかな?」
先ほどの、勝利を喜ぶ元気に溢れた笑顔とは違い、穏やかさを帯びた笑顔。ヤエザクラが浮かべた性質の異なる2つの笑顔は、それぞれが甲乙つけ難い魅力を宿しているように見える。
そんな彼女の仕草に見惚れていたオケアノスは、彼女に気付かれていない事を確認しながら「それで」と話題を切り替えた。
「初戦の手応えはどうでしたか? 難しかった、とかそういった事は」
「うーん、あんまり無いかなー? パッシブスキルのモーション修正があるから、これなら素人なあたしでも戦えそうだねー」
だから《回避マスタリー》も取っちゃおうかしら? そう言うヤエザクラは頬に手を当てて、わざとらしく「私は考えている」というポーズを取る。
それが何とも愛らしいものだと、オケアノスが小さくクスリと微笑んだ。ハッと我に返り、今の微笑みがヤエザクラに気付かれていない事を確認する。
そうして、コホンと咳払いを1つ。左腰のショートソードの柄を握り、左手に持たれたラウンドシールドの具合を確かめる。
「では次は僕、ですかね」
「そうなるかなー? さっきと同じように、あたしは手出しナシで!」
「勿論。それでは……」
腰のショートソードを抜き、がっしと確実に装備する。彼の目線の先にいるのは、先ほど同様にウサギ玉。当然の事ながら別個体であり、たった今出現したものだ。
オケアノスはウサギ玉の姿をしかと視界に捉えると、ゆっくりと深呼吸。そうしてアクティブスキルの発動をするべく、音声入力を試みた。
「《プロボック》!」
瞬間。ヤエザクラは、VR上であるにも関わらず、自らの腕に鳥肌が立った感覚を覚える。肌に粘りつくような「緊張感」を感じ取り、それが鳥肌という形で現れたのだ。
そして、変化はそれだけに終わらない。
「ピッ──ギュゥゥゥゥゥ!!」
馬の嘶きめいた甲高い鳴き声が耳を蹂躙し、ハッと気が付いたヤエザクラが顔を上げる。そこには、毛玉で表情がよく見えない筈なのに、明らかな「怒り」の感情を宿しているように見えるウサギ玉の姿。
怒り狂うウサギ玉は、まるで彼の存在が親の仇であるかのように、一目散にオケアノスを目掛けて突進を繰り出した。
対するオケアノスは、いたって平静そのもの。自分へと迫り来るウサギ玉の存在をじっと見定め、冷静にラウンドシールドを前へと突き出した。
「《ロック・ガード》!」
再びの音声入力。オケアノスの声を確実に認識したシステムは、彼の身体に、瞬間的に防御力を上昇させるアクティブスキル《ロック・ガード》の効果を適用した。
同時に、オケアノスが衝撃に備えて腰を落とす。彼が習得しているパッシブスキル《防御マスタリー》もまた、ヤエザクラの《刀マスタリー》同様に、プレイヤーのモーション修正を行うものだ。
適切な防御スキルによって身を固め、適切な防御態勢を取る。万全の準備を整えたオケアノス。ラウンドシールドでウサギ玉の突進を言受け止めた事によって、彼にもたらされるダメージ量は──
ガキン!
「ピ、ギュッ!?」
「衝撃はキますが……これなら耐えられます」
極めて、軽微。1ドット分しか減少していない彼のHPバーが、その事実を何よりも的確に示していた。
突進の衝撃をラウンドシールドに吸収された事で、ころりん、とウサギ玉が地面に転がる。それを見下ろすオケアノスは、痛みなど一切無いと言わんばかりに冷静さを宿した表情。
「へぇ……!」
オケアノスの後方から、ヤエザクラの感嘆の声が聞こえてくる。
彼女は今、自分が行った事を見てどのような表情を浮かべているのだろう? そんな思考がオケアノスの脳裏を掠める。
が、今は戦闘の真っ最中だ。集中を乱してミスしてしまえば、それこそ格好悪いというものだろう。2秒にも満たない思考の中でそう結論付け、オケアノスはラウンドシールドを用いてウサギ玉を殴り飛ばす。
「ギュッ!?」
潰れたカエルのようなうめき声を上げながらウサギ玉が地面を転がる。然れども、オケアノスがその隙を見逃す訳も無し。
「せいっ!」
ショートソードを振り上げ、振り下ろす。アクティブスキルも何も無い、ただそれだけの一撃。しかし、それでもウサギ玉が受けたダメージは決して小さいものではない。
ウサギ玉の傷口からポリゴンの欠片が弾けて消え、その場でよろめいた。
フラフラとした足取りでオケアノスに対峙するウサギ玉。しかし──
「《プロボック》!」
「ピッ──!? ギュウッ!!」
再度の《プロボック》。相手を挑発して、攻撃のターゲットを自分へと向けさせるアクティブスキル。2度目の音声入力でも、システムは確かにオケアノスの宣言を聞き届けた。
目の前の騎士に対する憎しみを宿したウサギ玉は、その場で飛び上がり、もう1度オケアノスへと攻撃を仕掛ける。
再びオケアノスへと迫らんとするウサギ玉の攻撃。
一部始終を見ていたヤエザクラは、先ほど同様にオケアノスは《ロック・ガード》を使用するものだと予想していた。
しかし、その想定は外れる事となる。
「《シールドバッシュ》!」
彼の選択、それはカウンターだった。
《シールドバッシュ》は盾による攻撃ダメージに補正を加えるアクティブスキルであるが、重要なのは《シールドバッシュ》による攻撃動作にも《防御マスタリー》によるモーション修正が加わるという点。
その事は当然、オケアノスも知っていた。それ故に、システムによって適切な体勢・適切な構えで以て放たれた盾の一撃は──
「せい──やぁっ!」
「ギュッ、ピッ!?」
ウサギ玉を後方まで吹っ飛ばし、地面をゴロゴロと転がさせるに至った。
「すっ──ごい!」
ヤエザクラが腹の底から称賛の声を上げる。彼女が目視した限りでは、オケアノスが対峙しているウサギ玉のHPバーは残り1割ほどだった。
ふぅ、と一呼吸を挟むオケアノス。彼はそのまま、ウサギ玉へとトドメを刺すべくズカズカと歩き出す。勿論、不意な反撃にも対処できるよう、ラウンドシールドを前にした状態でだ。
「これで、終わりですっ!」
ウサギ玉を目と鼻の先まで捉えたオケアノスは、ショートソードを逆手に握る。そしてそのまま、ウサギ玉目掛けて振り下ろした。
現実ならば、ザクッ、という音が出るだろう。それほどの勢いで振り下ろされたショートソードの刃は、予想通りにウサギ玉の胴体を貫き、HPバーを削り切る。
果たして、ウサギ玉はポリゴンの塊へと転じて爆ぜ、虚空へとその存在を拡散させた。
ウサギ玉が保有していた経験値が、パーティとしての繋がりを帯びたヤエザクラとオケアノスに供給され、戦闘終了の事実を2人に齎す。
長いようで短く、しかし長いようにも感じられた一戦を終えて、オケアノスは先ほどよりも深い息を吐き出した。
「──おっ疲れ様ー!」
バシン、と。そんなオケアノスの背中を勢いよく叩く手が1つ。ビックリした様子のオケアノスが振り向いてみれば、そこに立っていたのは勿論ヤエザクラだ。
「凄い凄い! やるじゃんオケアノス! あたしよりも堅実でさー!」
彼女は「嬉しい」という言葉がそのまま人の形を取ったような、そんな表情を浮かべている。はきはきとした口調で、今の戦闘のどこが凄かったのかを説明しようとしていた。
その有様を見ていると、オケアノス自身も自然と笑みをこぼしてしまう。
ここにきて、彼は「自分が戦闘に勝利した」事実を受け止めるに至る。そうして、爽やかさに満ちた笑顔をヤエザクラに見せた。
「なんとか勝利を収める事ができました。どうでしたか、僕の戦いは?」
「もー、バッチリもバッチリ! あたしなんかより強いんじゃない?」
「そうでしょうか……? ヤエザクラさんの方が火力も大きいですし、僕はほら、味方を攻撃から庇うのがメインですから」
「それでもよ!」
ビシッ! その行為に擬音をつけるならば、きっとこうだろう。それほどまでに勢いをつけて、ピンと伸ばされたヤエザクラの人差し指が、オケアノスの鼻先へと突き付けられる。
一瞬たじろいだ彼の様子を見ながら、ヤエザクラはニッと笑いながら、歯をチラリと剥いた。
「それに」ルージュに染まった唇がそう紡ぐ。
「そうだとしたら、ますますグッドじゃない? あたしが攻撃でー」
「僕がヤエザクラさんを攻撃から守る、と。うん、徒党らしい、善い構成ですね」
「でしょう? だからオケアノス、あたしの事は任せたわよー?」
両手でそれぞれピースサインを作り、「ブイ」と呟きながらオケアノスに見せつけるヤエザクラ。
その天真爛漫さに、どこか感じ入るものがあったのか、オケアノスは優しい笑みを浮かべた。そうして彼もまた、ショートソードを納刀した動作から繋がる形で、目の前のパーティメンバーへと向けてピースサインを1つ。
「ええ、任されました。これから、よろしくお願いしますね」
「うん、よろしくー♪ それじゃあ……」
刀を抜く。数回ブンブンと素振りを行い、少し離れた場所に佇んでいるMOBへとその切っ先を向けた。それに釣られて、オケアノスも刀の切っ先が示すMOBへと視線を動かす。
そこにいたのは、犬だ。野犬、と言い換えた方がいいだろうか。
ともあれ、灰色の体毛に包まれたその野犬は、ウサギ玉よりも少々大き目のサイズを持っていた。凡そ中型犬ほどのサイズと言えるだろう。
野犬は獲物を探しているのか、スンスンと鼻を震わせながら、周囲をキョロキョロと見回していた。
「次は、アイツにしよっか?」
「いいでしょうね。まずは、2人での戦闘における連携を確認する、という事で」
「オッケー!」
顔を見合わせ、ほとんど同時に頷き合う。そのまま2人は歩き出した。
フォーメーションなどは事前に話し合っていなかったが、自然とオケアノスが前に出て、ヤエザクラがそのやや斜め後ろから随伴する形になっている。
先ほどヤエザクラが刀で指し示した野犬。その接敵範囲まで近付くには、そこそこの時間が経過した。
何分、平原とは広いものである。近いように見えたものが、そこまで近付こうとすれば中々に遠いケースもあり得る。
ともあれ1分半ほど歩いた後、平原をウロウロと歩いていた野犬もまた、自身に近付いてくる2人のプレイヤーの存在を知覚した。
「ウォォォオオオオオン!」
力一杯の遠吠え。《プロボック》による緊張感とはまた異なる、ピリピリとした威圧感を肌で感じ取ったのは、2人の経験が低いが故か。
ここにきてようやく、ヤエザクラとオケアノス、2人の視界に野犬の名称がポップアップする。
視界に出現した文字列は『ハウンド』。直訳すれば猟犬である。見たままそのままの名称ではあるが、実に分かりやすい。オケアノスは内心でそう評価していた。
「それじゃっ、あたしが先陣を切ってもいいかな、オケアノス!」
「いいですよヤエザクラさん。守りは僕に任せてください」
「よっし、きたぁー!」
野犬──ハウンドが2人を敵と認識したと同時に、2人もまた己の武器を構えてハウンドへと走り出す。
ヤエザクラとオケアノス、2人にとって初めての連携の開始である。