第7話 初戦闘
近況日記(2019/1/12)
出来心からついついポケモンレンジャー バトナージに浮気。
昔は苦戦した卒業式のモジャンボも、結構簡単にキャプチャできました。
パートナーポケモンのパチリスが可愛いなぁ。
徒党結成のお誘い。
それは、ここまでのヤエザクラが巡らせていた思考、その前提を覆すものだった。
「ほ、へ……?」
あっけらかんとした間抜け極まる表情。今の彼女の表情は、オケアノスからはきっとそう見えていただろう。
突然の申し込みに衝撃を隠せないでいるが、それでもヤエザクラは相手の発言の意図を読み取ろうとしていた。
当然の話だが、パーティのお誘いは嬉しいものである事に間違いはない。
純粋なアタッカーであるヤエザクラと、タンク(敵の攻撃から味方を守る役割)志望というオケアノス。魔法という特殊火力こそ乏しいものの、決して相性は悪くないと言える。
加えて、今初めて会った人物であるが、オケアノスに対する印象は悪いものではない。
無論、オンラインゲームであるからして(海斗がヤエザクラをしているように)彼のプレイヤーが猫を被っている可能性だってあるだろう。
それでもこうして二言三言話している限りでは、そう悪い人物には見えないというのが、ヤエザクラの率直な感想だった。
でも、何故わざわざ自分なのか? 彼女はその意図を計り切れずにいた。
「あー……えっと、どうしてあたしなのかしら? あたし、まだ冒険にも出ていないしレベル1のままよ?」
意を決して疑問を口に出す。幸いにも、ともすれば不躾に思われるかもしれない質問に対して、オケアノスは怪訝な顔をする事は無かった。
彼は照れくさそうな表情を浮かべながら、自らの頬を人差し指でコリコリと掻く。
そうして「お恥ずかしい話なのですが」と前置いた。
「僕も、まだレベル1なんです。実は、キャラクターメイキングに思いの外時間がかかってしまって……」
成る程、そういう事か。彼が言いたい事を何となく察したヤエザクラ。
かくいう彼女自身も「ヤエザクラ」というアバターの作成に至らなければ、彼と同じ展開になっていただろうという確信に近い感情があった。
「あー、成る程? それでサービス開始の一斉ログインに間に合わなかったって訳なのね?」
「ええ、まぁ。それでログインしてきたのが、つい10分ほど前でして」
少し顔を赤らめながら、ただでさえボサボサな髪をボリボリと掻くオケアノス。男性アバターである筈なのに、どこか男らしくない表情が、僅かな魅力めいたものを帯びていると錯覚させる。
クスリ、と小さく笑う。ヤエザクラのそれに対して不思議そうな顔を浮かべたオケアノスへと向けて、彼女は「何でもない」と首を軽く横に振ってみせた。
──何となく、放っておけないなぁ。
ヤエザクラの脳裏に思い浮かぶのは、半日以上前に現実で光と交わしたやり取り。光は海斗を「お節介焼き」と評したが、そんなお節介焼きの分のパッケージまで買っておいてくれた彼だってお節介焼きだろう。
その時の情景を思い出しながら、ヤエザクラは薄く、然れども桜の花弁のように明るく微笑んだ。
「あたしも似たようなものねー。あたしの場合はちゃんとサービス開始に間に合ったんだけど、冒険そっちのけであっちこっち歩いてたら、他のプレイヤーと交流しそびれちゃったの」
「街の散策、ですか?」
オケアノスが目をぱちくりとさせる。不思議そうにコテンと首を傾けた彼の仕草は、どうにも男性らしくない。
それが何とも可笑しくて、ヤエザクラは「そうよ」と彼の面前に人差し指を突き付けた。ずい、と伸ばされた指に対して、オケアノスが僅かに身じろぐ。
「冒険だけがゲームじゃないもの。街を散策して、NPCとお話して、屋台で食べ物を買う。そんな面白さだってあるのよ」
「成る程……これはMMOですものね。そういった楽しみ方もあるんですね」
「そうね。でも、だからいって冒険を疎かにしてもいいって訳ではないの」
そして。ヤエザクラはそう前置きを入れる。
「開始早々冒険を疎かにしちゃったのが、あたしなのです」
フフッ。小さな、小さな笑い声がヤエザクラの耳へと届く。はて誰が笑ったのだろうと疑問に思ってみれば、笑い声の主は目の前のオケアノスであるようだった。
ヤエザクラのコミカルな仕草と言い回しが、彼の琴線に触れたらしい。小さく握った右手を口に当ててクスリと笑う彼は、やはり男性めいた仕草ではないように思えた。
一連の流れにやはり小さく微笑むと、ヤエザクラはオケアノスへと向き直り、右手を差し伸べる。
「だから、さ。こんな私でよければ、とりあえずお試しでパーティを組んでもらえないかしら?」
「ええ、喜んで。暫くの間、よろしくお願いしますね」
オケアノスもまた右手を出し、2人の間に握手が交わされた。
ここに、仮のパーティ結成と相成った訳である。
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「スターライト・オンライン」の舞台となるアトラス大陸は、俗に言う「剣と魔法のファンタジー」世界である。魔法という超常現象は勿論の事、「モンスター」と呼称される敵キャラが数多く存在している。
現実世界から見たアトラス大陸は紛れもない「異世界」であるが、アトラス大陸の大地──厳密には街の外もまた、街の中から見れば「異世界」に等しい。
つまり、何を言いたいかというと。
「──うわぁああ……!」
ヤエザクラの視界を埋め尽くす「感動」は、街の外が異世界に満ちている事を、何よりも明確に示していた。
現代の日本においては北海道の放牧地でしか見られないような平原が、地平の彼方まで続いているとさえ錯覚するほどに広がっている。目線を上へと向けてみれば、街の中から見たそれよりも澄み切った青空。
よくよく目を凝らして見てみると、平原の中にポツリポツリと、プレイヤーと思わしき影がいくつか。それらと近い位置にいる動物めいたシルエットは、頭頂部に浮かぶ赤色のアイコンによってMOBであると認識できた。
視界の隅では、現実のそれよりも毛の少ない羊らしきMOBが草を食んでいた。あれが屋台の店主が言う「平原ヒツジ」なのだろうかと考えるヤエザクラ。
街の門を潜り切り、ふかふかにも感じられる草を踏みしめた彼女は、精一杯の力を込めて深呼吸を1つ。
土の匂い、草の匂い、それを運ぶ風の爽やかさ。それらが複雑に混ざり、この世界がVR上の仮想世界である事さえ忘れさせる快感を彼女の鼻に届けていた。
「最──高ッ!」
「街の外に出ただけでそれだけ楽しめるとは……」
腹の底から叫ぶヤエザクラ。その左横でオケアノスから溜め息めいた呟きが発せられる。そちらへ目を向けてみると、言葉とは裏腹にオケアノスもまた、目をキラキラと輝かせているようだ。
オケアノスが、自分が見られている事に気付いてヤエザクラへと目線を動かす。目が合う2人。暫しの沈黙の後、どちらからかともなく気持ちのいい笑い声が上がる。
オケアノスとパーティを結成したヤエザクラは、彼と共に街の外のフィールド──東の平原へと来ていた。
最初のログイン地点である街──アインシアには、東と西に2つの門がある。しかし西の門は閉じられている為、プレイヤー達は自然と東から平原へと繰り出す事になっていた。
2人もまた例外ではなく、まずはお互いのできる事を確認する為に、そこらの適当なMOB相手に戦闘を仕掛ける事としたという次第。
「おおー」と声を出しながら周囲をキョロキョロと見回すヤエザクラ。やがて彼女の視界に、1匹のMOBが映り込んだ。
「よっし、まずはあたしからね。じゃ、行くよ──」
「ああ、すみません。その前に」
腰から刀を引き抜いたヤエザクラへ対して、背中からオケアノスの声。彼は呼び出したウィンドウで何やら操作を行うと、ヤエザクラの目前にもまたウィンドウが出現した。
彼女がウィンドウに表示された文字列をまじまじと見つめてみると、『プレイヤーネーム:オケアノスからパーティ加入申請が届きました』とのメッセージが。
「僕もうっかり忘れていたんですが、こうやってシステムで申請をしておかないとパーティとは認められないんですよ」
「そういう事ねー。ごめんごめん、あたしも忘れちゃってたわ」
お互い様だと手を振り、ヤエザクラは手早くウィンドウに表示された「YES」をタップ。ウィンドウが消滅し、視界のパーティ欄にオケアノスの名前が現れた事を確認する。
「よし」と口に出しながら頷く。そのまま振り返った彼女は、オケアノスから同意の頷きをもらった事を認識すると、既に標的として見定めたMOBへと歩み寄る。
そのMOBを一言で言い表すならば「毛玉」だ。ふわふわもこもことした淡いピンク色の、バスケットボール大の毛玉。その頭部からは兎の耳がひょっこりと伸びていた。
毛玉に隠れてよく見えないが、どうやら顔に値する部分には目や鼻、口もあるらしい。
視界に捕捉されたとシステムが認識した事で、その毛玉めいた兎の頭頂部のアイコンが「ウサギ玉」という文字列を生み出す。
それを認識したヤエザクラは、ニッと笑みを1つ。
「それじゃ、あたしから行くよー!」
「ええ、分かりました。ひとまず、僕は手出ししません」
「りょーかいっ!」
オケアノスの言葉が終わると同時。ヤエザクラは抜き放った刀をがっしと握りしめ、ウサギ玉へと駆け出した。
「キュッ!?」
ヤエザクラの存在に気付いたウサギ玉が鳴き声を上げるが、既に遅い。パッシブスキル《ランニング》によって移動速度の上昇したヤエザクラは、既にMOBの存在を刀の間合いへと捉えていた。
このスキルがあれば、100m走で負け無しかもしれない。そんな欲が彼女の脳裏をよぎる。
「──せいっ!」
上段からの袈裟切り。《刀マスタリー》というパッシブスキルの恩恵により、プレイヤーが的外れな動作を行っても、システムが最適なモーションを計算してプレイヤーの動きを修正してくれる。
これは武術に疎かったり運動が苦手なプレイヤーに配慮して設計されたシステムであるが、その目論見通り、ヤエザクラが放った袈裟切りは見事なモーションで以てウサギ玉を切り裂いた。
「ピギュー!?」
小動物めいた悲鳴を上げ、ウサギ玉が後方へと吹っ飛ぶ。視界に表示されているウサギ玉のHPバーは、その3分の1を黒く染め上げていた。
だが、ここで簡単にやられるようではMOB足りえない。そう言わんばかりに、着地と同時に体勢を立て直したウサギ玉は、足(らしきものが見えた)に力を込めて地面を蹴り飛ばした。
「うわっ──とぉっ!?」
「ピギュ!」
全身を余すことなく用いた突進攻撃。それを回避しようと試みたヤエザクラの身体が、大きく後ろへと仰け反り、海老反りめいたポーズを生み出す。
《回避マスタリー》を習得していないヤエザクラは、回避行動に対するモーション修正の恩恵を得る事ができない。故に、傍から見れば滑稽とも取れる体勢で以て避けるしかなかった。
海老反りの体勢に限界がきて、そのまま仰向けに倒れ込むヤエザクラ。そんな彼女の姿を好機と見たのか、受け身を取ったウサギ玉は、もう1度突進攻撃の予備動作を取った。
「ピーギュッ!」
「うわぁ!? 怖い怖い怖い!」
地面を蹴って、砲弾の如く放たれた毛玉。それを横に転がる事で回避したヤエザクラ。先ほどまでとは違い、地面に寝そべる彼女を攻撃するべく行った突進である為か、受け身を取る暇もなくウサギ玉の身体が地面へと追突した。
「よっ──し! 行ける!」
その隙を見て、素早く立ち上がるヤエザクラ。もう1度刀をしっかりと握りしめ、ウサギ玉へと駆け出す。
「やぁあああああ!!」
まさしく初心者のような走り方。しかし《ランニング》のパッシブスキルによって、その速度は常人のそれとは言い難い。
見定めるはウサギ玉。頭から地面に突っ込んだせいで脳震盪を起こしたのか、フラフラとした足取りのMOBは、ここにきてようやくヤエザクラの反撃に気付くに至った。
ヤエザクラが刀を振り上げる。
SLOにおけるスキル(ゲーム内で使用できる技能・特殊能力)には2種類存在する。パッシブスキルとアクティブスキルだ。
パッシブスキルは、特に宣言を必要とせず、基本的に常に発動しているスキルの事だ。ヤエザクラの場合は《ランニング》《刀マスタリー》などが該当する。
もう1つのスキルであるアクティブスキルとは、プレイヤーが任意のタイミングで使用を宣言する事で、初めてその効果を発動するスキルを指す。
そして、SLOにおけるアクティブスキルの発動条件、即ち宣言の手段。それは──
「《スマッシュ》!」
音声入力である。
ヤエザクラの叫びに呼応して、SLOのシステムは、武器を用いた物理攻撃のダメージを増大させるアクティブスキル《スマッシュ》を起動させる。その代償として視界左端のMPバーが減少していったが、今は些細な事だろう。
しっかと地面を踏みしめながら再度放たれた袈裟切りは、先ほどと同様にウサギ玉の身体を確実に切り裂いた。
「ピギュ~~~!?」
先ほどよりも早いスピードでウサギ玉のHPバーが目減りしていき、やがてHPバーの全てが黒色に染まる。つまり、ウサギ玉のHPが0になったのだ。
果たして、ウサギ玉は爆発するように弾け、ポリゴンの破片となりながら消滅。
戦闘終了と見做されて、ヤエザクラとオケアノスに経験値が与えられた。
プレイヤーネーム:ヤエザクラ。初戦は見事、勝利を収める事ができた。