第6話 「彼女」と「彼」の出会い
近況日記(2019/1/11)
第16話を執筆してて「ははーん、これ20話で終わらないな?」ってなる。
まぁ、とりあえずラノベ1巻分は書くという目標の下で書き始めた小説なので
全20話/10万文字を超過するのは別に問題無いんですけどね。
やってしまった。ヤエザクラは己のミスを強く後悔した。
「広場にまだ人いるかな……?」
思い返せば、屋台の店主との会話で思い出すべきだった。
「東の平原」と呼ばれるフィールドと、そこに生息するという「平原ヒツジ」というMOB(コンピュータゲームにおける敵対NPCなどを指す)の存在。
つまるところそれは、プレイヤーが東の平原へと赴き、平原ヒツジと戦闘を行える事を意味する。
加えて何度も言及しているように、「スターライト・オンライン」はMMORPG、つまりヤエザクラ以外にもプレイヤーが同じ世界に存在しているのだ。
これらが意味するところを、手っ取り早く説明してしまえば──
「このままじゃ、単独で冒険する事にっ……!?」
他のプレイヤーと徒党を組み、共に冒険へと繰り出し、敵を倒す。MMORPGの基本であるそれを、ヤエザクラはすっかり忘れてしまっていた。
擁護するならば彼女──彼は、MMOの存在は知っていれど、実際に遊んだ経験は皆無に等しい。だが、知識としては知っていたのだ。
そうでなくても、多くのロールプレイングゲームは、複数のキャラクターから構成されるパーティを操作して冒険するシステムが多い。
故に、他プレイヤーとパーティを組む事をすっかり忘れていたヤエザクラは焦っていた。
パーティを組むのが基本であるMMOだが、勿論ソロプレイをする事もできるし、不可能であるように設定される事はあり得ない。
然れども、「誰かとパーティを組む」事を視野に入れていた彼女は、(自分から断ったからとはいえ)現実の友人と合流できなかった事さえも頭から抜けていたのだ。
「仕方ないじゃない……街が綺麗だったし、お肉も美味しかったんだもの!」
広場へ向けて全力疾走するヤエザクラ。その途中、誰に向けてでもなく言い訳を紡いだ。その口調が、素のものではなく妹の口調を真似たものである事を、彼女は自覚していない。
今のヤエザクラの心中を占めている感情は「早く広場に戻って誰かとパーティを組まなければならない」という焦りと、「こんな事なら、恥を捨てて光の誘いを断らなければよかった」という後悔。
そして「屋台の串焼きが美味しかったから、また買いに行こう」という、今の状況を理解しているのか甚だ怪しいものであった。
と、そんな中で。
「あっ──?」
ズッテン!
その際の音を言語に出力するならば、まさしくこうであろう。
「いっ──たぁっ!?」
いくら動作の慣らしをしていたとしても、彼女のアバターは、現実の彼とは体格の異なるものである。
全速力で走っていた拍子にバランスを崩したヤエザクラは、街路の凹凸につま先を引っ掛けて、盛大に転んでしまった。
丁度「万歳」をしているかのようなポーズのまま、前のめりに倒れた全身が、硬い街路へと叩き付けられる。そのままレンガの床と熱いベーゼを交わしたヤエザクラの姿は、傍から見ればきっと滑稽に映っただろう。
「う、うぅ……痛いなぁ……」
額を押さえながら、まるでギャグ漫画めいた動きでノロノロと立ち上がるヤエザクラ。
これが現実世界ならば擦り傷ができ、最悪は脳震盪を起こしていたかもしれない。しかし、額と膝周りにズキズキとした痛みを感じるのみで済んだのは、ひとえに仮想世界の強みと言ったところだろうか。
しかし、確かに痛みは感じるものの、実際に転んだ時ほどの痛みではないようにヤエザクラは考えた。これもまた、五感をコンピュータに委ねたバーチャルであるが故のものだろうと結論付ける。
視界をチラリと見てみれば、左端に表示されているHPバーは全く減少していない。この程度はダメージにならないのか、それとも街の中ではダメージが発生しないのか。
そんな事を考えている時だった、彼女がある事に気付いたのは。
「──ッ!」
漫画であれば「ハッ!」という擬音がつくような動きで以て、ヤエザクラは素早く周囲へと目線を向ける。当然、右手で額を押さえながら、だ。
果たして彼女の予想通り、街路を歩くNPCやそれに混じる他のプレイヤー達の目線は、その多くがヤエザクラへと向けられていた。それはまさしく、PLやNPCの区別なく、多くの人間が彼女の醜態を見ていたという事実を意味する。
その中の1人(緑色のアイコンである為、プレイヤーだ)と目が合う。その男性プレイヤーは、目が合った彼女へと向けて、ニヤリと口角を上げた。
「……~~~────ッ!?」
やってしまった。ヤエザクラは己のミスを強く後悔した。
まるで爆発したかのように、ヤエザクラの顔が一瞬にして赤く染め上がる。手早く立ち上がり、塵や埃がついていないにも関わらず、埃を払うような動作を無意識に行った。
そうしてそのままヤエザクラは床を蹴り、一目散に走り出す。赤くなった顔を隠すように、目線をギリギリまで下に落とす。
当然、目的地は広場である。しかしそれよりも、彼女の心を支配していたのは「一刻も早くここから立ち去りたい」という羞恥心。
だが全力疾走している中で、彼女の心の内を埋め尽くす羞恥心が、次第に別のものへと変わっていく事を彼女は自覚していた。
「──あはっ」
走りながらも、ヤエザクラは徐々に笑みを浮かべゆく。
楽しさと、可笑しさ。2つの感情が心の底から湧き上がってくるようだった。
思えば、全力で走ったのはいつぶりだろうか。走った拍子に転んだのは、そこに恥ずかしさを感じていたのはいつぶりだろうか。
「やっぱり、善い! もっと、もっと楽しまないと!」
まだ冒険には出かけていなくても。屋台で料理を食べ、走って転んだだけだとしても。
自分は今、確かに「スターライト・オンライン」というゲームを楽しんでいる。その実感が、ヤエザクラの心を高ぶらせていた。
────────────
「あぁ……やっぱりかぁ」
足裏でブレーキをかけながら立ち止まり、荒い呼吸を繰り返す。呼吸によって肩が上下するリズムに合わせて、ヤエザクラの柔らかな胸部も縦に揺れる。
街中で盛大に転んだ一連の出来事から時は少し経ち。全速力で駆けたヤエザクラは、ようやく最初のログイン地点──噴水広場へと辿り着いていた。
右から左へ、左から右へ。目線を左右に何度も何度も動かし、彼女は自分の懸念が当たっている事を知る。
ヤエザクラが予想した通り、広場にたむろしていたプレイヤーの姿は極めて少なかった。最初にログインしてきた時と比べれば、その数は100分の1にすら満たないだろう。
「……はぁぁぁ……まぁ仕方ない、か」
深い、それは深い溜め息。一連の失敗は須らく自分自身の過失とはいえ、懸念が的中してしまった事は、彼女にとっては決して喜ぶべき事でなかった。
改めて広場の中心へと目を向ければ、初ログイン時の過密ぶりが嘘のように、広場の広大さを前面に表している。
よく見れば、冒険から戻ってきたと思われるプレイヤーが複数人、広場の中へと入ってきているのが目に留まる。然れども、ヤエザクラは彼らに声をかける気にはなれなかった。
別にヤエザクラは──海斗は、ネカマである事を利用して、所謂「姫プレイ」をしようとは考えていない。精一杯の冒険で、目一杯に楽しむ。それが彼女の理想だったからだ。
故にこそ、たった今冒険から戻ってきたプレイヤー達に話しかけるのは難しい。何度か戦闘を行えば、当然ながら経験値は溜まるし、少なからずレベルも上がる。
そんな多少は成長したプレイヤー達へと、まだ1度も冒険に出ていないらしき女性プレイヤーが話しかければどうなるか。
寄生。そう思われても仕方がないだろうとヤエザクラは考えていた。
その反面、彼女は別にソロプレイが嫌、という訳でもなかった。ただ、色んなプレイヤーと一緒にゲームを楽しみ、共に楽しさを共有したいと考えていただけである。
「うん……よしっ、切り替えた! 暫くは1人で冒険するのもいいかもね」
両手で、勢いよく自らの頬を叩く。パチン、という軽快な音を伴って頬に残る痛み。バーチャルの世界であるが、その痛みは自らの意識をシャッキリと覚醒させたようにヤエザクラは感じた。
腰に靡いた刀へと手を添える。ログイン前、ホーム画面で散々触った柄の感触を確かめながら、「うん」と力強く頷きを1つ。
こうなってしまったのは仕方がないと、ヤエザクラは次策へと方向を転換する。即ち「色んな人と一緒に楽しむ」プランから、「1人でも目一杯楽しむ」プランへと。
それに、これからソロで冒険するからと言って、この先ずっと1人だけという訳でもない。要するに寄生と思われないだけの技量を積めばいいのだ。
ソロプレイで経験を積み、強くなった暁には、また他のプレイヤーにパーティ加入を申し出ればいい。
なにせ、ゲームとは楽しむ為に存在するのだから。ゲームを遊んでいて楽しくないのならば、そこにどんな価値があるというのか。
そう自分の中で結論づけたヤエザクラは、街の外へ出る門を探すべく広場を後にしようとして──
「──すみません、少しよろしいでしょうか?」
──背後から、何者かに声をかけられた。
不意打ちにも等しい一言に、思わずヤエザクラの動きが硬直する。ピタリ、とまるで静止画のように停止した彼女を見たのか、声をかけてきた何者か(声色からして、男性であるようだ)の声が背中から聞こえてくる。
「……あの、大丈夫ですか?」
「えっ──あっ、うん! 大丈夫よ大丈夫、うん」
動画の再生ボタンを押したかのように、ヤエザクラから動きが蘇る。背後の存在へと「何でもない」と言う風に軽く手を振ってみせ、軽快に振り返り──
「えっ……あ……」
「……あの?」
再び、硬直する。
目の前に立っていたのは、ボサボサの茶髪の上から鉢金を装備した青年。頭頂部に浮かぶ緑色の三角形が、彼がプレイヤーである事を悠然と示していた。
身長は、現実の海斗と同じくらいだろうか。ボサボサの髪でありながら、その顔立ちはまさしく好青年と呼ぶに相応しいものだろう。
次いで注目すべきは、ヤエザクラの刀と同じように左腰に靡かれた一振りのショートソード。鞘の形状から見るに、ヤエザクラの持つ刀とは違い、スタンダードな西洋剣であるようだ。
そして何よりも目を惹くもの。それは左手にがっしと装備された円形の盾。見るからに頑丈そうなそれは、果たして今のヤエザクラが全力で攻撃したとしても、明確な痛打を青年に与えるだろうか?
総合すれば、目の前の男性プレイヤーは所謂「防御役」タイプのビルドであるようだ。爽やかな顔立ちも、見る人に好印象を与える事は想像に難くない。
その上で、否、故にこそ。
──どうして、彼の姿を見て硬直したのだろう?
それは、他ならぬヤエザクラ自身が一番理解していなかった。青年とは一度も会った事が無いし、そのアバターにも見覚えは無い。
その筈なのに、彼の姿を目にした彼女は、何故か抱いた衝撃のあまり、その動きを止めていたのだ。
「──っと、ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃっただけだから」
「あっ……はい?」
思考を巡らせようとした矢先、目の前の青年が困惑している事にようやく気付く。慌てて我に返ったヤエザクラは、一連の出来事を誤魔化すように手を振ってみせた。
誤魔化された青年は訝し気な表情を浮かべたが、直ぐに清涼感のある顔立ちへと切り替わる。
「それで、あたしに何かご用?」
「ええ、実は……っと、まずは自己紹介からでしょうか」
ゴホン、とわざとらしく咳払いを1つ。真っ直ぐにヤエザクラを見据える彼の頭頂部では、プレイヤーを表す三角形のアイコンと、彼のプレイヤーネームらしき文字列が浮遊していた。
「僕のプレイヤーネームはオケアノス。見れば分かる通り、タンク型のビルドをしています」
「あたしはヤエザクラよ。同じく、見たら分かるでしょうけどアタッカー志望ね」
「成る程、ますます都合が良い。実は……」
青年──オケアノスがヤエザクラをしかと見据える。その青色を帯びた瞳は、まるで中に吸い込まれると錯覚するほどに透き通っていた。
彼を見ていると、「何か」が強く惹かれるようだとヤエザクラは感じる。何故かは分からないが、彼と交流している内に理由も分かるだろうかと脳裏で思考が巡る。
だが次の瞬間、オケアノスが放った一言に、そこまでヤエザクラが考えていた思考は全て吹き飛ぶ事になる。
「僕と、パーティを組んで頂けませんか?」