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第4話 初ログイン

近況日記(2019/1/9)

1話5000文字を最低ノルマとしてチマチマ執筆していますが

最近はモチベの低下からか、今日も2000文字しか書けなかった。

2000文字しか書けなかったと見るべきか、2000文字も書けたと見るべきか。

 カッチコッチ。

 壁掛けのアナログ時計が、小気味よい歯車仕掛けの音を奏でる。海斗達の生きる世界においては古いと形容される事の多いアナログ時計だが、両親が買ったそれのデザインと音は、海斗自身も気に入っていた。

 そんな時計の針が示す現在の時刻は21時半を少し過ぎた辺り。SLOのサービス開始時間まで、残り30分を切ったところだ。


 夕飯を軽く済ませて、後で食べると言ったきり自室に籠ってしまった桜の分を用意した後、海斗もまた自分の部屋へと戻っていた。

 ベッドに腰を下ろした彼は、手に抱えたバーチャリングギアへと目線を下ろす。無論、SLOをインストール済みのものである。

 ギアの中にインストールされたSLO──正確には、SLOで動かす事になるであろうアバターについて考え、海斗は今日何度目か分からない溜め息をついた。


「まぁ、なるようにしかなりませんよね……」


 結局、海斗は何故か作ってしまった女性アバターをそのまま使う事にした。それまで構成(ビルド)や見た目で思い悩んでいたのが嘘のように、その女性アバターは恐ろしいほど海斗を満足させる出来であった。

 加えて、折角完成まで持ち込めたデータなのだから、消去してしまうのはどこかもったいないという彼の庶民的な心理も働いたのだ。


 たまには女性キャラで遊ぶのも悪くない。それが海斗の結論だった。

 しかし、その上で。


「桜にバレたら、なんて言われるでしょうか……」


 静かに溜め息。

 実のところ、海斗が作成したアバターは、彼の妹である桜をモチーフとした部分が多く散見されていた。

 髪の色こそ違えどポニーテールという髪形も、それなりのプロポーションも。顔立ちも、桜をモチーフにしたという前提知識があれば、意識して見れば確かに面影が残っている。

 加えて、髪の色やポニーテールを束ねる桜の意匠のゴムなど、ところどころに「桜」「桃色」を意識したデザインが施されていた。


 海斗が(半ば正気を失いながら)夢中になって作成したアバターが、彼の妹をイメージして作ったものである事。それが意味するところを、海斗自身は未だ認識していない。

 ともあれ今の彼にとって重要なのは、この事を桜に知られる訳にはいかないという事のみだ。もし知られれば、どのような事態になるかなど自明の理と言えよう。


 そんな事を考えていた矢先、机の上に置かれた海斗のスマートフォンが、SNSのメッセージを受信した旨を通知音という形で海斗へと知らせる。

 SLOのサービス開始を前にして連絡を入れてくる存在など限られているだろう。そう思いながら、海斗はバーチャリングギアをベッドに置いて、スマホを手に取った。


『サービス開始した後で合流したいから、お前のアバターの特徴教えてくれない?』


 案の定、メッセージの送り主は光だった。どうやら、見知った友人である海斗と一緒に徒党(パーティ)を組もうと考えている模様。

 断る理由は無いだろう。そう考えて返信しようとした海斗の脳裏に、唐突に「断る理由」がポップアップした。


──自分の妹をモチーフにした女性アバター!


 ここまで来たら、もう件のアバターを取りやめて新しいのを作ればいいのではないか? 事情を知れば、きっと誰もがそう思うだろう。

 しかし、海斗はどうにも作り直す気になれなかった。色々と問題は多いものの、ハッキリ言ってしまえば、海斗はあのアバターをとても気に入っているのだ。

 何故だかリセットする気になれない。その感情を、彼は未だ理解していなかった。


 数秒の逡巡。やがて決心を固めた海斗は、意を決して光への返信を試みた。


『すみません。気持ちは嬉しいのですが、僕のアバターをリア友に見せるのは少し恥ずかしくて……』


 送信。それから、30秒も経たない内に光からの返信が訪れる。


『あっ……なーるほど? 大体分かったぜ』

『ごめんなさい。折角のお誘いですが』

『いいってことヨ。しかしお前さんも意外に大胆だな』


 察しの良い光は、どうやら海斗がネカマをしようとしていた事を直ぐに見抜いたらしい。

 画面の向こう側で、光がニヤニヤとした笑みを浮かべているだろうと、海斗は考えていた。


『この事は黙っといてやるからさ。貸し1つなー。んじゃ、お互いに楽しもうぜ!』


 なんと出来た友人だろう。海斗は強くそう思った。

 お調子者のきらいはあるが、周りに気を遣う事もできる好青年である。海斗は、光の事をそう評価していた。

 故に、貸しは近い内に返さなくてはならない。次会った時に学食を奢るのはどうだろうかと、頭を悩ませる海斗。

 『ありがとうございます』と返信を送り、スマホを再び机の上へ。現在の時刻はもうじき21時40分。サービス開始まで残り20分。


 そろそろ準備をしておかなければ。そう考えた海斗は、ベッドの上に置いておいたバーチャリングギアを再度抱え込んだ。

 電源プラグがコンセントにしっかり刺さっている事を確認し、慎重な手つきで頭に装着する。しっかり頭部がギアに収まった事を認識し、ごろりとベッドの上に寝転んだ。

 ギアの電源ボタンをプッシュ。何度もVRゲームを遊んだ事のある海斗は、手探りをする必要もなく、一発でギアの起動に成功する。


 すぅ、と息を吸う。ふぅ、と息を吐く。

 目を瞑ってしまえば、後はキーワードを音声入力するだけ。


「スタート!」


 バーチャリングギアが心地良い起動音を奏で、海斗の意識をコンピュータの内部へと招き込む。

 彼にとっては毎度お馴染みである意識の浮遊感を一瞬味わいながら、海斗は電脳世界への没入(ダイブ)に成功した。



────────────



 コンマ数秒にも満たない意識のブラックアウトから回帰した後、海斗の目前に広がっていたのは灰色の空間だった。丁度、海斗の自室ほどの広さを持つ空間は、床や天井、壁の至る箇所にサイバーめいたラインが走っている。

 ここはバーチャリングギアのホーム画面である。ここから、各種設定やゲームへのログインなどを行うのだ。


 一歩前へ歩き出そうとした海斗は、自身の身体に「違和感」を覚えた。ゆっくり目線を落としてみれば、視界に飛び込んできたのは桃色を帯びた和風の服装と──その上から主張する胸部装甲。

 暫しの沈黙。腕を伸ばして曲げてを繰り返し、両足を順に上げてみたりと、身体の動きなどを確認する。そこで左腰に覚えた謎の感触を確かめてみると、そこには見事に靡かれた一振りの太刀。


「……レディ」


 ウィンドウ(仮想世界上でのコマンド入力を行う為のエフェクトを指す)を音声入力で呼び出そうと試みて、自分のそれとは思えない、鈴を転がしたような女性の声が聞こえて驚愕する。

 バーチャルの世界とはいえ、今の声は紛れもなく海斗自身が発言したものだ。海斗はそう確信している。


 海斗の音声入力に呼応して、一切のタイムラグを起こす事なく、彼(もしくは、()())の目の前に半透明の画面が出現する。

 そこに映し出された項目をスクロールして、「鏡」の文字をタップ。海斗の意思を正確に読み取った電脳世界は、消え去るウィンドウと入れ替えるように、何も無い空間に鏡を出現させた。


 恐る恐る、自らの姿を確認する海斗。果たしてそこに映っていたのは、和風の装束を身に纏う、桃色の髪が特徴の──女性であった。


「改めて見ると……こう、破壊力が凄まじいですね……」


 溜め息。その「破壊力」がどのような意味を宿すかは、海斗の名誉の為に伏せておくとしよう。

 呟いてからすぐさま、海斗は気持ちを切り替える。こうなってしまったのは仕方ない、故にこれからどうするかを考えるべきだと判断したのだ、


 徐に、腰に差された刀の柄を、右手でしっかと握りしめる。そのまま抜刀し、ずっしりとした刀の重さを手中に感じ取る。左手でも柄を握り、両手持ちを試みた。

 刃はキラキラと光を宿しており、まるで星のようだと海斗は感じた。


 視界の右端に表示されている時間は21:47。サービス開始は22時である為、もう少し時間に余裕があった。


「まずは、動作確認。基本ですね」


 刀を持ち直し、構えてみる。そうして足を動かして前へと進み、上段から一振り。

 海斗は剣道の経験も無いし、ましてや本物の刀を持った経験など皆無だ。しかし刀は手に吸い付くようにフィットし、思いの外、刀に振り回されるという事もない。


 改めて、VRの凄さを体感する海斗。これがSLOの世界ならば、もう少しシステムによるサポートもあるのだろうと考えていた。


 一旦刀を鞘へと納刀し、再度ウィンドウを呼び出す。項目の中から「スターライト・オンライン」の文字を見つけ出して、ログインのアイコンをタップした。


『サービス開始と同時に自動的にログインされます。もうしばらくお待ちください』


 目の前にポップアップした新たなウィンドウに、そう表示されるのを確認。

 それと同時に、ウィンドウ上部に表示されているプレイヤーネームへと目を向ける。


『プレイヤーネーム:ヤエザクラ様』


 ヤエザクラ。それが、スターライト・オンラインにおける田野 海斗の名前であった。

 その由来が妹たる桜である事など、最早説明する必要もあるまい。表示された自分のプレイヤーネームをまじまじと見つめ、改めて自分の行った事を振り返り、海斗はポリポリと頬を掻く。


 そうして海斗──ヤエザクラは、サービス開始時間までの間、アバターの動作確認へと費やしたのだった。



────────────



 21;59。視界内に映し出されている時刻は、まもなくサービス開始の時間である事を明確に示している。


「来ましたか」


 納刀しながらそう呟くヤエザクラ。彼──彼女は今の今まで、体格の異なる女性アバターによる動作の確認を行っていた。その甲斐あって、SLOにログインして早々にズッコケるなどの無様は晒さないだろう。ヤエザクラはそう認識する。


(SLOでは、話し方も変えた方がいいでしょうか?)


 ボンヤリと、そのような事を考える。女性アバターとしてSLOで活動していく覚悟を決めたヤエザクラだったが、自分の妹に似通ったアバターが女性の声でリアルの自分(海斗)のような敬語口調で話す事に、妙な気持ち悪さを感じていた。

 今更何を言っているのか。自分でもそうツッコミつつ、ヤエザクラはSLOでの自分の口調について思考を巡らせる。


 しかし、そうこうしている間にも時間は過ぎるもの。

 視界内の時刻が21;59から22:00へと切り替わったのは、その直後の事だった。


「──ん、おっ!?」


 突如として、リアルからバーチャル空間へと没入する際と同じような浮遊感がヤエザクラを襲った。

 瞬間、周囲の空間が大きく捻じ曲がり、輝かしい光に満ちた、螺旋めいた回廊へと姿を変える。

 どうやら、ヤエザクラのアバターは不思議な力のようなもので、この輝く回廊を浮遊して進んでいるようだった。徐々に冷静さを取り戻しながら、落ち着いて周囲の把握を試みる。

 そんな時だった。


『──か──? 聞……ま──か……──?』


 どこからか、という表現は不適切であろう。光の回廊全体から、まるで壊れたラジオのように途切れながらも、誰かの声が響いてくる。

 やがてその声は段々と鮮明になっていき、最終的には可憐な少女の声へと落ち着いた。


『聞こえますか、遥か遠い星の戦士の皆様。わたくし共の呼び声に応えて頂き、まことにありがとうございます』


 不思議とその声は、心の内に染み込んでいくような、奇妙だけれど不快ではない感覚を以て認識する事ができた。先ほどの驚きはどこへやら。ヤエザクラもまた、怖いくらいに冷静な心で何者かの声に耳を傾ける。


『今、我々の国……いえ、世界は危機に瀕しています。平和の象徴たる星の光は陰り、異形の者共が地上の灯りさえも断とうとしているのです』


 成る程、とヤエザクラは頷いた。要するに、これは「スターライト・オンライン」のオープニングであるのだ。

 SLOのパッケージ裏面にも記載されていたストーリー、「異形の怪物によって危機に瀕したステライト王国にプレイヤー達は降り立つ」。その通りに進んでいる訳である。


 という事は、この声の主はステライト王国に関する重要な登場人物(NPC)なのだろうか? そんな彼女の疑問は、次の瞬間に掻き消える事となる。

 不思議な力で進んでいた光の回廊が、突然大きくうねりを上げてカーブを描き、鼓動するように動き始めたのだから。


 突然の事に戸惑うヤエザクラ。その間にも、謎の声は話を続けている。


『さぁ、“呼び声を放ち、呼び声を聞く”者よ。今一度、わたくし共の世界へと降り立ってくださいませ』


 ヤエザクラは目を見張る。うねりを上げて蠢く光の回廊の先に、広大な大地が見えたのだ。どうやら、あの先が出口であるようだった。

 同時に、浮遊する彼女の移動スピードが増し、終着点を目掛けて砲弾のように回廊を飛ぶ。


『そして、願わくば──』


 やがて出口が目前に見えようかという頃。眩いまでの光が、ヤエザクラの視界を蹂躙する。バーチャル空間故に失明はしないとはいえ、思わず目を瞑ってしまうヤエザクラ。

 そうして、光は彼女の全身を包み込み──


『この世界で、貴方方にとってかけがえのないものが見つかりますように』


 一瞬。ヤエザクラは広大な夜空に煌めく、美しい満天の星々を見たように錯覚した。

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