第3話 キャラクターメイキング
近況日記(2019/1/8)
こうてつじまでの修行を経て、ゲンさんからリオルのタマゴを貰うの巻。
でも当方の旅パにはエンペルト、トリデプス、ゴーリキーがいるので
かくとう/はがねは供給過多なんだよなぁ……。
海斗がオフィスチェアに腰を下ろすと同時、ギシリという音が静かに響いた。
完全に座り切った海斗は全身の力を抜き、全体重をチェアへと委ねる。チェアの背もたれが、海斗がもたれかかった事で先ほどよりも大きめの音を出しながら軋む。
自然と、口から溜め息が出た。肩の力を抜いた事で、気が弛緩したのだろう。
机の上に置いてあったリモコンを手に取る海斗。そのまま、自然な動作を以てエアコンのスイッチを入れる。数秒もすれば、エアコンは暖かい風を部屋の中へともたらした。
ここは海斗の自室である。玄関で桜と会話(と呼べるかは甚だ微妙であるが)を終えた後、海斗もまた、自分の部屋へと戻っていた。
ある程度リラックスした状態の海斗は、コートとマフラーを無造作にベッドへと投げ捨てて、懐のパッケージをまじまじと見つめる。当然、タイトルは「スターライト・オンライン」だ。
パッケージの表面に描かれたイラストでは、民族衣装めいたドレスを身に纏った少女と、要所に星の意匠を象った甲冑を着込んだ青年が、共に満天の星空を仰いでいる。
描かれた2人のキャラクターに興味を惹かれるのは無論だが、海斗は星空へと目線を向けた。以前より予告動画などで言及されていたが、SLOはまさしく「星」が重要な要素を帯びているらしい。
スターライト・オンライン。その舞台は、架空の大陸アトラスにおいて「この世で最も星空が美しい」と謳われるステライト王国より始まる。
如何なる魔法を以てしても再現する事ができないと賛美される星空が、ある時その輝きを大きく失ってしまう。同時に、彼方から現れ出でた異形の怪物どもが大陸に蔓延り始める。
これらの危機に対処するべく、ステライト王家に伝わる秘術を用いて「星」の力を秘めた戦士達──即ちプレイヤーが王国へと招かれた。というのが、SLOの大まかな粗筋だ。
某動画サイトに投稿されていたプロモーション動画では、それらのストーリーが吟遊詩人めいた歌と共にアニメーションで流されていた。
確か、SLOのメインテーマに起用されたのも大物アニソン歌手だった筈だ。海斗は、パッケージの裏面を読みながらそう思い返す。
「随分と力が入ってますね……開発に数年を費やしたのは伊達じゃない、って事ですか」
腰と尻の捻りを利用して、何となくオフィスチェアをくるくると回転させる。やがて腰を逆方向に捻り、徐に回転を止めた。
チェアが回転した事で海斗の視点もくるくると変わり、停止させた際にまず彼の視界に飛び込んできたものは……
「さて、そろそろキャラクターメイキングをしましょうか」
漫画や小説、ゲームソフトなどが収められた棚、その一角。そこには、VRゲームをプレイする為に必要な機材──人間の意識をコンピュータの中へ没入させるヘルメット型の装置「バーチャリングギア」が鎮座していた。
数年前にバーチャリングギアが登場した事で、日本の……否、世界のコンピュータ業界が激震したとされている。しかし今この場において、そんな事はさほど重要ではなかった。
海斗はチェアから立ち上がり、棚に安置されているバーチャリングギアを手に取る。ずしり、とVRゲームを遊ぼうとする度に味わってきた重量感が、彼の手首に僅かな負担を刻み込む。
「精密機器ですからね。扱いは慎重に……っと」
ゆっくり、かつ安全性を維持しながら、抱え込んだギアをベッドの上へと運ぶ。部屋へ入ってきた際に脱ぎ捨てたコートの存在が、視界に入る。ベッドにゆっくりとギアを降ろし、コートとマフラーはきちんと壁に吊るしておいた。
再度、チェアに腰かける。チェアが軋む音と、脱力した際の自然な溜め息も先ほどと同様だ。くるりとチェアを回転させて机へと向き直った海斗は、鳴れた手つきでパソコンを起動させる。
数秒の待機時間を経て、パソコンの画面にパスワードの入力画面が出現。ものの2秒でパスワードを打ち、海斗はSLOのパッケージを手に取った。
丁寧にパッケージの包装を剥き、遂にパッケージを開く。中に収められていたのは、ディスク型のゲームソフト。無論、SLOのものである。
虹色に光る面は触ってはいけない。子供向けアニメのDVDで、本編開始前にキャラクターが語る台詞を思い出しながら、その通りにディスクを取り出した。
後はディスクを、電源を入れたギアへとインストール。ギアに付属しているアダプターを、片端はギア、もう片端をパソコンへと接続するだけである。SLOのキャラクターメイキングはパソコン上で行われるのだ。
ギアの駆動音は心地よいものだと、海斗は個人的に思っていた。静かに駆動音を奏でるギアを横目に見つつ、海斗はパソコンのデスクトップ画面上にポップアップしたウィンドウへと目を向ける。
キラキラと輝く星空、そしてウィンドウ中央部を流れる一筋の流星と共に表示された「スターライト・オンライン」の文字。
「フー……」
深呼吸。ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。今になって緊張してきたようだと、自己分析する海斗。何かを手に擦り込むような動作を無意識に行いながら、パソコンの画面をしっかと見据える。
右手をマウスに添え、ゲームタイトルの下に表示されている「START!」の文字をクリックする。果たして、ウィンドウは全画面へと切り替わり、キャラクターメイキングの準備が整った
ゴクリ。自然と、海斗が喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
当然ながら、SLOは過去にβテストが行われている。製品版とは大きく異なる部分があるという但し書きがついているとはいえ、スキルやアイテム、モンスターなどのデータは共通している。故に、暫定ながら攻略wikiもネット上に作成されていた。
しかし、海斗はあえてwikiに目を通してはいなかった。完全な初見でSLOの世界──ステライト王国を始めとしたアトラス大陸を冒険したかった。
そういう意図もあり、彼の目の前に広がるメイキング画面は、彼にとって「未知」という言葉がそのまま形を成したようなものである。
隠しきれないワクワクを隠しながら、海斗は確かな動作でマウスを動かした。
────────────
「──ふぅ……」
一時的にパソコンの画面から目を離した海斗。机の上に転がっている目薬を手に取りつつ、いつものように目薬を点す。薬効成分が眼球へと浸透していく感触を味わいながら、海斗は己の眉間を気持ち強めに揉みしだいた。
「中々、上手くいきませんねぇ……」
結果から言ってしまえば、海斗のキャラクターメイキングは難航していた。といっても、仕様が分からない、という事が原因ではない。
ヘルプ画面を呼び出せば操作方法や用語などの解説を見る事ができる為、SLOのユーザーインターフェースは良質なものだろうと確信できる。
では、一体何が彼をそこまで悩ませているのかと言えば、その答えは極めてシンプル。
「やっぱり先ほどの魔法使い系が良かったかもしれませんね……いや、斥候ビルドも捨てがたい……」
単にやりたい事が多すぎて、その中から1つを選び切れていないのだ。
SLOのキャラメイクはポイント形式であり、設定されたポイントを用いてスキルの取得やステータスの上昇、所持金の増額などを行える。それ故に、やれる事が非常に多岐に渡っているのだ。
公式の案内によれば職業自体は存在しているが、レベルを一定まで上げた後、その時点でのステータスを総合的に評価して適正なクラスを提示するシステムらしい。
その為、キャラメイクでの方向性が、後々に職業を選ぶ際に大きく影響してくるのだ。そして海斗は、自分がSLOでどういった職業に進みたいのかを、未だに決められずにいた。
更に、海斗の頭を悩ませている大きな要素が1つ。
「やっぱり手抜きはできませんからね……じっくり考えないと」
──アバターである。
SLOにおいて、仮想世界におけるプレイヤーの姿、即ちアバターも自由自在に設定可能なものとなっていた。
身長や体格をリアルと大きく引き離す事も可能だが、動作に多大な支障が出る可能性がある為に公式は推奨していない。逆に言えば、アバター設定はそれほど自由度が高いとも言える。
海斗はリアルとネットは切り離すべきと考えており、リアルの顔にはあまり似せないように決めていた。
然れども、海斗も人間である。自分のアバターはなるべく格好良くしたかった。だが、先述したようにSLOのアバター設定は、ともすればステータスの設定よりも可能性が多岐に渡る。
その結果として、3時間が経過した現在も、海斗のキャラメイクは難航を極めていた。
壁掛け時計に目線を送れば、現在の時刻は17時30分。そろそろ夕飯の用意をしなくてはならない。
ふぅ、と力を抜くように溜め息をつく。しかし、海斗の顔は決して曇ってなどはいなかった。
「キャラメイクの段階でこんなにも楽しいなんて……やっぱりSLOを買ってよかったです」
世のゲーマーに比べれば力量も知識も足りてはいないが、海斗もまたゲーム好きの人間である。確かにキャラクターメイキングは中々進んでいないだろう。しかし、それと楽しくない事は全く別の話なのだ。
海斗は今この瞬間、スターライト・オンラインというゲームを確かに楽しんでいた。
と、そこで。海斗の脳裏に、ある事がよぎる。
「……桜なら、どんなビルドをするでしょうか」
妹、桜の事だ。最近は彼女との距離を上手く見極められず、微妙な関係が続いている。しかし、少し前までは海斗と一緒にゲームを遊んでいた、家族にして良きゲーム仲間でもあったのだ。
彼女ならば、SLOのキャラメイク画面を前にして、どのようなビルドを選択するだろうか? どのようなアバターを設定するだろうか?
「最近……桜と一緒にゲームを遊ぶ、という事をしてませんね」
ぽつり、とそんな事を呟いた。
幼い頃の桜はどのような存在だったろうか? 天井へ目を向けながら、自分の記憶の中を掘り返す。
彼女の漫画好きもラノベ好きもゲーム好きも、全て海斗に影響された事が始まりだった。海斗の本棚から漫画を拝借し出し、やがて海斗から桜へ漫画をお勧めし、次第に桜の方からお気に入りの作品を勧めてくるようになった。
ゲームも同じだ。海斗が遊んでいるものに桜が興味を示し、対戦ゲームを経てRPGや乙女ゲームにも手を出すように。
そんな彼女は、海斗がたった今キャラメイクを行っているSLOを見て、果たしてどんな反応をするのだろうか?
様々な思いが海斗の心中を駆け巡る。
気付けば、海斗の身体が勝手に動いていた。自然にマウスを持ち、画面へと目を向け、決断的な動作で画面内の入力欄を操作する。
何が彼をそうさせたのかは分からない、ただ1つ言える事は、海斗が夢中になってキャラメイクを進めている、という事実のみだ。
────────────
──どうしてこうなった?
時は、もうじき18時に差し掛かろうという頃。
(この表現が適切なのかは分からないが)正気に戻った海斗は、パソコンの画面を前にして頭を抱えていた。
キャラクターメイキングは完了していた。当たり前だ、海斗自身が夢中になって進めていたのだから。
最終的に海斗が選んだのは、戦士型のビルドだった。
武器の能力上昇や移動速度上昇などのパッシブスキル(常時、効果が適用されるものを指す)に、瞬間的な攻撃力強化などのアクティブスキル(任意のタイミングで使用するものを指す)を取得し、ステータスへのポイント配分もバランス良く、戦士らしい能力を伸ばした形だ。
何より目を惹くのは、アバターの腰に佩かれた一振りの刀。ポイントの三分の一を所持金に費やして購入した「銘刀・星」である。
SLOの職業には侍も存在すると聞きかじっていた海斗は、和風な侍も魅力的だと考えていた。
概ね、スタンダードな侍アタッカーと言えるビルド。しかし、問題はそこではなかった。
海斗が頭を抱える原因、それは全画面に表示されている彼のアバターにある。それこそ、海斗が夢中になって作成していたものであり、彼が自身を「正気ではなかった」と断言するものだ。
赤みを帯びた目、あどけなさの残る顔立ち。淡い桃色に染まった髪は、桜の意匠を持つゴムで束ねられてポニーテールになっている。
袴めいた和風の服装の上からもその威力を強調する、胸部の豊かな果実。ほっそりとしていながら、確かに筋肉の締まった足、特に太もも。
唇はルージュを帯びて、女性らしい魅力を宿している。
凡そ、男性とは思えない顔立ちと体型。凡そ、男性とは思えない見た目。それもその筈だろう。
様々なステータスや装備アイテムが表示されている画面の最上部、パーソナルデータの欄。その内の1つ、「性別」と表記された欄に記入されている文字は──
──「女性」。