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第2話 桜の場合

近況日記(2019/1/7)

巷がピカブイで盛り上がってる中、1人時代を逆行してヨスガシティでジム戦 in パール。

ムウマージが思いの外強かったので、当方怒りのハピナス投入。

サイケこうせんもマジカルリーフもハピで止まります。シャドーボールのわざマシン拾っておいてよかった。

 田野(たの) (さくら)は高校1年生である。尤も、成績優秀な彼女は落第する事なく、直に進級するのだが。


 2月初頭の、寒いという言葉では表現し切れないほどの冷え切った風が桜へと襲い掛かる。しかしふかふかのマフラーとコート、手袋やニット帽、おまけに使い捨てカイロという完全装備で以て外出に挑んだ彼女にとっては、少し冷えている程度でしかない。


 まるで、恐るべき氷の魔王へと挑む旅人の如き装備だ。最近遊んだRPGになぞらえながら、そんな事を思う桜。

 大のゲーム好きとして友人達から認知されている桜だが、外で思いっ切り遊ぶのも好きだった。故に夏でも冬でも、ないしは雨でも雪でも、外出する事に躊躇いはない。


京香(きょうか)ちゃん、大丈夫かなぁ……?」


 ましてやそれが、風邪を引いて寝込んだ友人のお見舞いとなれば。

 毛糸で編まれたふわっふわの手袋越しに手提げ袋の感触を確かめる。中に入っているのはたくさんの漫画。事前に、お見舞いの品は何がいいかと電話で聞いたところ、桜が所有している漫画を貸して欲しいと言われたのだ。


 無論、桜はそれを快諾した。いつも世話になっている友人からの希望だ。この程度ならお安い御用だと電話で答えたのは昨日の事。自室の本棚から見繕った漫画を手提げ袋に押し込んで出かけたのが、ついさっきの事。


 もう1度、手提げ袋の中身をチェックする。中に入っているのは少女漫画が十数冊、少年漫画が数冊。

 割と雑食である桜は様々なジャンルを嗜み、これからお見舞いに行く友人もまた、似たような嗜好を持っていた。とはいえ最初からこれだけの漫画を持っていた訳でも、読んでいた訳でもなかった筈だ。

 そうやって思考を巡らせていく中、彼女はふと、自らの兄の姿を思い浮かべた。


「そういえばこの漫画、兄さんも好きだったっけ」


 自分が様々な種類の漫画を読み始めたのは、兄の影響だった筈。桜はそう分析した。桜に負けじと色んなジャンルを嗜む兄が漫画を読んでいた事に影響されて、自分も買い始めたのだと。

 そこで、ゲームに関しても同じ経緯を辿っていたと思い出す。昔はよく対戦ゲームで遊んだものだと過去に思いを馳せる。

 色んな作品を兄からお勧めされたり、ある程度の時間が経つと、逆に桜から兄へと本やゲームを勧める事もあった。


(最近、あんまり話してないなぁ)


 ほふ。マフラーの隙間から吐いた息が、白色を帯びながら拡散していく。

 自分でも分かっているのだ。兄が自分に対してかける言葉は、妹である自分を心配したり、思いやっての発言であると。


 然れども桜は16歳、高校1年生。思春期の感情が上手く抜けきっておらず、女子高に入学した事もあって明確な異性が兄と父、教師しかいない。

 まだ多感な年頃である桜にとって、兄の存在と彼からの言葉には、妙な苦手意識めいた感情を抱いてしまうのだ。

 遅れてきた反抗期だろうか? マフラーに顔を埋めながら、桜は自分の感情について暫し思い悩む。


 十数秒ほどその場に立ち止まり、再び溜め息。今は考えていても仕方ないと、首を軽く横に振りながら歩き出す。

 今最も重要なのは友人へのお見舞いである。そう結論づけ、桜は駅へ向かった。



───────────────



「けほ、けほっ……ごめんね桜ちゃん、わざわざ来てもらっちゃって……」

「いいよいいよ、京香ちゃんの為だもん」


 時は13時を過ぎた頃。ベッドで横になっているクラスメイト、宮本(みやもと) 京香(きょうか)を前に、桜は屈託のない笑顔を見せた。

 マスクをつけ、額には冷えピタを貼った京香の顔は熱っぽく、赤みを帯びている。

 そんな彼女の姿を見て、桜は抱えていた手提げ袋をベッドに置いた。


「これ、頼まれてたやつね。京香ちゃんが好きそうなやつ、幾つか見繕ってきたんだー」

「えっ……こんなに? 本当にいいの?」

「いいの!」


 手提げ袋の中身を検め、驚愕する京香。目を見張る彼女に対して、桜が取った行動は1つ。


「いつでも誰でも元気が一番! これ、あたしの座右の銘ね」


 ニコッ、と満面の笑みを浮かべる事だけ。

 まるで太陽そのものと錯覚してしまうような、温かさと元気に満ちた笑顔。中学校時代は、この混じりっ気のない笑顔にやられた男子が多かった。桜の笑顔を見ながら、彼女とは小学生からの付き合いである京香はそう思い返した。

 そんな京香の思考を知らないままに桜は続ける。


「京香ちゃん、あたしと同じで漫画好きだもんねー。これ読んで、早く元気になってね! 返すのはいつでもいいから」

「ありがとう桜ちゃん……わざわざ来てくれて」

「いい、って言ったでしょ?」


 ぷぅ、とわざとらしく頬を膨らませる。そんな桜の仕草に、京香は思わず、可愛いと感じてしまう。

 まるで子供のように天真爛漫で、元気に溢れている。それこそが桜の魅力だろうと、京香は昔から確信していた。


「元気になって、また笑顔見せてね? 京香ちゃんの笑顔、あたし好きだなー。元気になるもん」


 それは私の台詞だと京香は思う。が、口には出さない。

 良い友達を持った。心から、京香は感じている。


 となれば、そんな友達に応えなければならない。そう思い立ち、京香は自分の机を指差した。


「私の机の引き出し、見てごらん?」

「んー? ここかなぁ……って、これ……!」


 今度は桜が驚愕する番だった。引き出しに収められていたのは、まだフィルムに包まれたままのゲームのパッケージ。

 ファンタジーめいた煌びやかなイラストと共に、そこには「スターライト・オンライン」という文字が記されていた。


「これ、SLOじゃん! 京香ちゃんも買ったのね」

「そうなんだけどね……それ、桜ちゃんにあげるよ」


 えっ!? と、桜がまるで跳ね飛ぶかのようなリアクションと共に驚きの感情を表した。

 そんな大げさな、と京香は思わなくもないが、口には出さない。


「どっ、どうして……!? これ、京香ちゃんが買ったやつだよね?」

「うん、私がお父さんに言って買ってきてもらったんだけど……けほっ」


 マスク越しに咳をひとつ。慌てたような素振りを見せる桜に対して、大丈夫だと静止する京香。


「私がこのザマでしょ? だから、代わりに桜ちゃんに遊んできて欲しいなって……桜ちゃん、ゲーム好きだから」

「うん、あたしゲームは好きだよ。でも……ホントにいいの?」

「いいの!」


 先ほど桜が言った言葉を、彼女のイントネーションを再現しつつ返す。

 マスクをずらし、湿っぽい唇を露わにした京香は、弱弱しくも確かな笑顔を桜に見せた。


「楽しんできてね。桜ちゃんがゲームをしている時の笑顔、とっても素敵だから」


 SLOのパッケージを手に取る桜。そのイラストと、京香の姿を交互に見比べる。


「……うん! ありがとう、京香ちゃん!」


 そうして、パッケージを胸に抱いた桜は、京香へ向けて満面の笑みを披露した。



────────────



 時刻は14時を少し過ぎた頃。兄に外で食べると連絡して、外食をした帰り。雪が降り始めた中を、桜は帰路を急いでいた。

 京香からもらったSLOのパッケージを手提げ袋でくるみ、胸に抱え込んで足早に歩を進める。


 そんな折り、ふと自然に足が止まった。

 雪が桜のニット帽に付着し、じんわりと溶けながら湿り気だけを残して消えていく。そんな事を気にした様子もなく、桜は空を見上げた。

 桜が足を止めてまで考えている事。それは兄の事だ。


「……兄さん、電気屋さんに行くって言ってたけど」


 ここ最近、兄との関係はあまり芳しくない。と言っても、桜が兄や父と距離を取っているだけなのだが。

 しかし、最近の兄が何を楽しみにしていたのかは知っている。受験を乗り切ったら買うんだとよく言っていた姿が、桜の脳裏に映し出される。

 そして、今日がその発売日。桜が京香の家へお見舞いに行くのと同時刻に、兄もまた、家電量販店に行くと言って出かけていったのだ。


 であれば、兄が何を買いに行ったのかなど答えは1つ。


「SLO、だよね」


 スターライト・オンライン。今しがた、桜が京香から譲られたVRMMORPGだ。

 VRゲームをプレイする為の没入装置(ハード)は、兄も桜もそれぞれの分を持っていた。2年ほど前に、両親からクリスマスプレゼントとして買ってもらったものだ。


 兄はきっと、今日のサービス開始に合わせてSLOへログインするのだろう。そして桜もまた、SLOが内包するファンタジー世界へと繰り出すのだろう。

 心なしか、胸中のSLOを抱きしめる力が強くなった。


 思春期だなんだと言って、兄と距離を取っているのは紛れもない自分だ。桜自身、何かを切っ掛けに兄と仲良くできたらいいなとは思っていた。

 で、あるならば。


「最近のあたし、兄さんに対して全然笑ってないよね……」


 ある1つの考えが浮かぶも、思わずブンブンと首を横に振って思考をかき消す。

 まさか、そんな。今まで兄に誠実に接していなかったのは他ならぬ自分だというのに、今更。


──今更「一緒にゲームを遊ぼう」などと言えるだろうか?


 しょうもない見得だと、桜は自分を卑下した。

 深く、深い溜め息をつく。時間をかけて吐き出された吐息は、真っ白く拡散しながら大気中へと消えていく。

 それを見て、まるでドラゴンの炎の吐息(ブレス)のようだと、ボンヤリと考える桜。


 ともあれ、こんなところで突っ立っていても仕方がない。

 そう切り替え、桜は再び歩き出した。そうして2分ほど歩いてしまえば、もう自宅は目と鼻の先だ。


 ドアに鍵を差し込み、捻る。ガチャン、とそれなりに重みのある手応えを感じながら鍵を抜き、ドアを開ける。

 中に入り、ドアを閉める。玄関で帽子やコートについた雪を軽く手で払い、靴を脱ぐ。

 そんな時だ、ガチャリ、と背後でドアの開く音が響いたのは。もしや、と振り返ってみる。


 果たしてそこには、桜が想像していた通りの人物が立っていた。


「……帰ってたんですか、桜」


 桜の兄、田野 海斗である。



────────────



 今、自分はどういう表情をしているのだろうか。海斗は考える。

 目の前では、ふかふかとしたコートを脱ぎながら、桜が海斗の顔をじっと見据えている。


 さて、どう声をかけようか。家族なのだから、遠慮する必要などあるまい。

 様々な考えが海斗の中で入り混じり、数秒。そうして彼の口から飛び出した言葉こそが──


「……帰ってたんですか、桜」


 自分を殴りたい気分とはこのようなものかと、海斗は他人事のように考えていた。

 同時に、ここにきて海斗は確信する。たった今、自分が妹たる桜へと浴びせている表情は、きっと無愛想な強面に違いない。

 自然に笑うのが苦手、というのはとっくの昔から自覚していた事である。その上で海斗は、仏頂面とぶっきらぼうな言葉のコンボは「無い」と、強く思った。


 そして、桜の立場においても、似たような現象が発生しようとしていた。

 傍目には良い感情の籠っていないようにすら見える仏頂面に加えて、ぶっきらぼうな一言。

 あまり人付き合いの得意な方でない人物だと、桜は目の前の兄の事を、そう認識していた。


 その上で桜は、兄たる海斗が自分に対してどのような感情を抱いているのか、その全貌を推し測れずにいた。

 未だ思春期めいた感情の残る年頃の桜に、海斗という異性に対する苦手意識を払拭し切るのは難しい。


 それでも、兄が妹たる自分に対して声をかけてきたのだ。家族ならば、これに返答しなければならない。そう考えた末、数秒の脳内会議を経て、桜はゆっくりと口を開いた。


「……まぁね」


 それだけである。なんだこれは、と桜は自分に対して失望した。

 他人の笑顔が好きと公言する桜らしからぬ、抑揚の無い言葉。そして、投げやり気味にすら聞こえる一言。

 これでは一緒にゲームをするどころか、まともな会話を成立させる事すらできまい。


「そうですか……夕飯はどうしますか?」

「いいよ。あたし、やる事があるから……後から食べる」

「分かりました。……桜の分も用意しておきますから、後で温めるなり何なりしてくださいね」


 これだ、と桜は思う。

 海斗は自分を気遣うような言動を見せる。それは、紛れもなく桜を思っての事だ。それは自分でも思っている。

 けれども桜は、それらの言動に対して、僅かにしつこさを覚えていた。桜はそれを反抗期のようなものだと、客観的に判断する。


「分かったわ……じゃあ、私は部屋に戻るから」

「明日は日曜ですけど、夜更かしはあんまりしない方が……」

「分かってるってば兄さん……いつも言ってるでしょう?」


 微妙な雰囲気。気まずい空気。

 どちらが悪いという話ではないだろうが、それでもこの気まずさに対しては、海斗も桜も不快感を覚えていた。


 そうこうしている内に、さっさと階段を上っていってしまった桜。

 その背中を見届けながら、海斗は深く溜め息。


 雪の降る外とは違い、家の中で吐いた溜め息が白く染まる事は無かった。

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