第17話 リアルの日常
近況日記(2019/1/22)
書き溜め切れたワロス。
という訳で今後の更新は不定期となりますがご容赦願います。
やっぱり人気の作者さんって凄いね。一定のボリュームとクオリティを毎日なんだもん。
ある日──正確には、ヤエザクラとオケアノスが明智 蜜秀と臨時の徒党を結成し、オーク・ザ・パラサイトローズというフィールドボスに敗北した日から数日後。
ヤエザクラ──田野 海斗は、近所の商店街を散策していた。当然ながら現実世界の、である。
海斗はゲーム好きのオタクであるが、何も廃人勢という訳ではない。彼には両親がいて、妹がいて、友人がいる。彼には現実の人生と生活がある。
それは当然の事だ。だからこそ、海斗は四六時中SLOに没頭している訳にはいかないし、そうする気も無かった。
リアル大事に。それがネットの不文律なのだから。
「さて、そろそろ着きますかね」
そんな彼が、2月中旬という寒い時期に商店街を練り歩いている理由。それこそ、海斗が日常を大事にする理由の1つである。
所狭しと商店街に居を構える店の数々。その品揃えに目を惹かれつつも、海斗は一切足を止める事なく、目的地へと歩を進めていた。
やがて見えてくるのは、商店街の一角に建てられた銅像の広場。商店街をPRするべく作られたというゆるキャラの銅像が中心に建つその広場は、ご近所では待ち合わせにもってこいの場所とされている。
広場の中へと踏み込み、銅像を見上げる海斗。マフラーの隙間から、ほふ、と白く暖かい吐息が漏れた。
コートの裾の隙間から腕時計を確認してみれば、現在の時刻はたった今15時になったばかり。待ち合わせの時間ピッタリである。
さて、「彼」もそろそろ来る頃だろう。そんな事を考えていた刹那、海斗の背後から彼の肩を勢いよく叩く影1つ。
「よぉ海斗! 壮健なようで何よりだぜ!」
いつものような威勢のいい挨拶。その変わりない様にマフラーの下で小さく微笑みながら、海斗は徐に振り向いた。
そこには果たして、海斗の友人である稲畑 光が立っていた。彼は海斗へ向けて遠慮のない笑顔を見せると、グッとサムズアップしてみせる。
「壮健って……毎日メールしてるでしょうに」
友人らしい躊躇いの無い振る舞いに対して、一切の不快感を見せない海斗。
彼はマフラーを緩めて顔を露わにすると、不器用ながらも心からの笑顔を浮かべてみせた。
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「んで、あれからどーよ?」
時は数分ほど経ち。近場の喫茶店に入る事にした海斗と光は、各々が注文したドリンクを飲みながら談笑と洒落込んでいた。
カップを両手で抱え持ち、ふぅふぅと冷ましながらミルクココアを啜る海斗は、光の言葉に対して小さく首を傾げてみせる。
「どう、とは?」
「お前さんも大概にぶちんだねー。SLOよSLO、スターライト・オンライン!」
「ああ、成る程。そっちの話でしたか」
ココアで満たされたカップを置き、隣に鎮座するチーズケーキへとフォークの切っ先を向ける海斗。
チーズケーキを美味しそうに頬張る海斗の姿は、ふわふわとした(癖っ毛は生来のものである)ボブカットと相まってどうにも男らしくない。
そんな友人の姿に微笑む光は、コーヒーフロートに深々と刺されたストローを噛みながら言葉を続けていく。
「海斗が『ネ』で始まって『マ』で終わる事やってんのは察してるけどさー、そこんとこどうなの? どういう遊び方しちゃったり?」
「別に姫プレイだなんだには興味ありませんよ。普通に物理アタッカーやってます」
「へー、けっこー意外。海斗ちゃんってば、あんまり目立つ事は好かないタチだと思ってたけどにゃー」
「そうですかね?」
「そーそー。その癖、困ってる人を見かけたらいの一番に近付いていくからねぇ。お節介焼きの海斗クーン?」
ズズッ、と音を立てて光がコーヒーフロートを啜る。はて、と首を傾げた様子の海斗もまた、ミルクココアをちびちびと飲んでいた。
その様子を見ていた光は「にひひ」と笑いながら、海斗が注文したミルクココアのソーサーに置かれていたスプーンをひったくる。そのまま、今まさに海斗が食べていたチーズケーキを一欠片だけスプーンで抉り取り、自分の口へと運んだ。
あっ、と声を上げる海斗。変わらず「にひひ」と笑みを絶やさない光は、チーズケーキの甘く軽やかな口当たりを楽しんでいく。
「で、さ。性別逆転してるってこたぁ、やっぱ『アレ』あるの?」
「……『アレ』、とは?」
自分のチーズケーキを奪われた事で。海斗はやや不機嫌気味な様子。彼がミルクココアのカップを口に付けたタイミングを見計らい、それが隙だと言わんばかりに光は口を開いた。
「男性プレイヤーにドキッとして、心が女性に近付いていくとか、サ」
「ブフッ!?」
寸でのところで耐えたか。海斗の様子を見た光の感想である。
ココアを吹き出しそうになった海斗は、ギリギリのところで口に手を当てて、何とか咳き込む程度に留める事ができた。
ゲホ、ゲホ、と繰り返し咳き込む海斗。ジロリ、と彼の鋭い目線が光へと向けられる。光は両手を前に出して「ごめんごめん」と謝罪した。
「でもさぁ、割と真面目にあるでしょ? 俺らだって、漫画やラノベに登場する男キャラを『カッコいい』とか思うだろ? 要はその延長だと思うんだよ」
「そうですかねぇ……?」
「そうだと思うぜ、俺は。そ、れ、に、さっ」
ずい、と机に乗り上げてまで前に出る光。ぐい、と座席にもたれかかるように引く海斗。
2人の目線がじっと交差し、光は徐に言葉を続けた。
「ホントに無かったか? 男性プレイヤーと一緒になんやかんやしてー、んでそいつに『ドキッ』としたコト」
「そんなもの、ある訳が……」
言葉が止まる。瞬間、海斗の脳裏に映し出された光景は……
『これ、ヤエにあげます』
『これはきっと、貴女に似合うと思うんです』
ボサボサの茶髪が特徴的な、好青年然とした「彼」。騎士志望だと言い、それを体現せんと盾を持って戦う「彼」。
そんな「彼」から、言葉と共に贈られた薔薇の花飾り。貴女に似合う、そう言って爽やかな笑みと共にプレゼントしてくれた「彼」。
そういった「彼」の情景を頭の中に映し出した海斗は、目の前に光がいる事すら忘れて、暫し思考の海へと沈んでいった。
そんな海斗の様子を見て、一瞬呆然とする光。しかし次の瞬間には、ニタリ、という擬音で表現されそうな笑みを顔面に表した。
海斗の両肩を強く持って正気に戻らせ、光は悪戯っぽい笑顔を作りながら彼への詰問を開始する。
「おやおやおやぁ? カマかけたつもりが、これは大物が釣れた予感ですよ奥さぁん!」
「なっ、ばっ、違います! 彼とはそんなんじゃありませんっ!」
「マヌケが見つかったぜぇ? 安心しろって、流石に根掘り葉掘りは聞かねぇさ。ただ……ちょっと、な?」
親に新しいおもちゃを買ってもらったかのような表情を見せる光と、困ったような表情を見せながらも僅かに「照れ」を見せる海斗。
そうして、穏やかながらも慌ただしいひと時が過ぎていく。
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「──それでさ、SLOの世界ってどんなの?」
「どう、かぁ……」
時は同じく、されどところは変わり。駅前の洒落たカフェテラスの一角にて。
オケアノス──田野 桜もまた、彼女の友人である宮本 京香から「スターライト・オンライン」に関する話題を持ち掛けられたところだった。
こういうところが似た者兄妹と言うべきか、それとも類は友を呼ぶと形容するべきか。
テラスの一角、白くお洒落なテーブルを挟んで面と向かい合う桜と京香。
桜は熱々のミルクココアを両手で包み込むように持ち、京香の言葉に対して思いを馳せていた。
対する京香は紅茶の香るカップを片手で持ちながら、自分が今気になっている事を桜へと問い掛けていく。
「私のパッケージ、桜ちゃんにあげたでしょ? だから第2版が出るまではネットの口コミとかでしか分かんないんだよねぇ」
「……ホントにあたしがもらっちゃって良かったの?」
ココアを啜り、その甘く暖かな味わいを口の中で転がす桜。彼女はやや申し訳なさそうな表情を見せながら京香へ言葉を返す。
しかし京香は気にする様子もなく、むしろ「いいっていいって」とカップを持ってない方の手を振ってみせた。
「サービス開始には間に合わないでも、風邪が治れば第1陣として参加できたでしょう?」
「それはそうなんだけどねぇ。桜ちゃん、ゲーム好きでしょ?」
へへへ、と柔らかな笑みを浮かべながら、京香は紅茶に口をつける。その目には、後悔の感情など一切無いように桜は確かに感じた。
そんな桜の様子を見て、カップを置いた京香はピースサインを1つ。
「桜ちゃんの友情に応える為だもの。たかだか第1陣程度惜しくないのだー」
屈託のない笑顔を前面に出す京香。
そんな友達の想いも笑顔も、桜は両方とも心から好きだった。見ていて、胸がすくような心地良さを感じられるからだ。
故に、それを直視するのが何とも照れくさくて、桜はカップに顔を埋めるように表情を隠していく。
「あっ! 照れてる、照れてるなー?」
「そっ、そんなんじゃないよ」
「いーや、照れてるねぇ。愛い愛い、愛い奴め」
テーブルに身を乗り出した京香が、よしよしと桜の髪を優しく撫でる。
それは傍からすれば小動物を愛でているようにも見えて、それを自覚して桜はより一層照れるように縮こまっていった。
やがて「うん」と満足した様子の京香は桜から手を離して、「で、さ」と先ほどの話題へと戻す。
「実際どうなの? どんなプレイをしているのかな?」
「んー……」
カップをソーサーの上に優しく置いて、代わりに桜の手に握られたのは1本のフォーク。カップの横に鎮座するモンブランへとフォークを突き刺した桜は、何を話そうかと思案しているようだ。
それを見て、京香もまた興味深そうな表情を桜に返す。
「月並みな言葉になるけど、とってもリアルなのよね。建物とかも現実のものみたいで、実際に触ってみたけど、まるで本物のレンガを触ってるみたいだった」
「へぇ……物凄く作り込まれているのね」
「そうねぇ。NPCの人達も、まるで本当の人間みたいにスラスラとお話してくれるし。雑貨屋のおじさんは、たまに果物をサービスしてくれるわ」
ソーサーに置かれたカップを両手で包み込む桜。カップの半分ほどを満たすココアの熱がカップ越しに伝わり、桜の手をじんわりと癒していく。
そんな彼女の話を聞く京香もまた、「うんうん」と真剣に耳を傾けていた。
同時にそういった京香の振る舞いを見て、桜も彼女に応えようと言葉を続けていく。
「戦闘は……そこまで苦じゃないわね。《〇〇マスタリー》っていうスキルが動作の修正をしてくれるから、身体を動かすのが苦手なあたしでも何とかなってるわ」
「ふむふむ。それで、モンスターはどんなのが出てきたの?」
「そうねぇ……まずはウサギ玉っていうMOBが出てきたね。毛玉に手足とうさ耳が生えてて、とってもモフモフしてるの」
「おおっ、それホントー!?」
目をキラリと輝かせる京香。桜同様、漫画やラノベなどサブカルチャーをこよなく愛する京香は、特にモンスターを育成する物語をよく好んでいた。
それを知っているからこそ、彼女の期待には答えられないかもしれないと、桜は「んー」と声を漏らす。
「でも、所謂『テイミング』みたいなスキルは実装されてないみたいなのよねぇ」
「あー……そっかぁ。それは残念だわぁ」
京香はそう言いながらと溜め息をついて、徐に紅茶を飲む。
SLOのβテスターが作成した攻略wikiに目を通していた桜は、SLOにテイミング──モンスターを飼い慣らして仲間にするスキルが存在しない事を知っていた。
勿論、後々のアップデートで実装される可能性もあるだろう。しかし少なくとも、現時点ではウサギ玉すら手懐ける事ができない。
「後は、ハウンドっていうおっきい犬のモンスターもいたわね。とっても凶暴で、ウサギ玉より強いの」
「ワンちゃんかぁ。私、ウサギの方が好きなのよね」
「知ってる知ってる。そうそう、襲ってこなかったから最初は気付かなかったけど、平原ヒツジっていうMOBもいたわ」
平原ヒツジもまた、ウサギ玉やハウンドと同様に東の平原に生息するMOBだ。
厳密にはNPC扱いであるようで、そのアイコンはウサギ玉などMOBモンスターを意味する赤色ではなく、NPCを表す黄色である。
とはいえ倒してもデメリットは無いらしく、ドロップアイテムも入手できる。しかし、得られる経験値はウサギ玉より少ないので、プレイヤーの間ではあまり重要視されていない。
「それでそれで? 桜ちゃんはどんな戦い方するの?」
不意に、京香からそんな質問が投げかけられる。
「どんな、って?」
「それだけモンスターのコト知ってるんだから、桜ちゃんも戦った事あるんだよね。どんな風に戦うの?」
「そうねぇ……」
柔らかな唇に指を当てて考え込む桜。
自分が盾で防御を行うビルドである事は話すとして、徒党メンバーの事も話そうか──
そこで、気付く。
──自分の兄をモチーフにした男性ロール!
桜の頬を一筋の汗が伝う。さて、どう話したものか。話してよいものなのか。どんなビルドであるかだけを話せばよいのではないか。
様々な思考が桜の脳内を駆け巡り、その焦りを含んだ様子は当然、京香にも気付かれる。
「ほほー? その顔は、もしかしてもしかして?」
「……ど、どうしたの?」
「SLOで気になる男性、見つかったりしたの?」
ドキリ、と桜の胸が跳ね上がる。
彼女の脳裏に浮かぶのは、当然と言うべきかSLOで出会った頼れる女性。
『貴方となら、これからも楽しそうだもの』
『あたしもオキーとパーティを組めて本当に楽しかったわ! ありがとう!』
淡い桜色のポニーテールが可愛らしい、元気一杯の「彼女」。侍を志していると言い、刀を振り上げて勇敢に戦う「彼女」。
そんな「彼女」に、まるで──まさしく口説くような言葉と共に贈った薔薇飾り。貴女に似合うなどと、気障ったい台詞と共に「彼女」へとプレゼントした記憶。
まさか言えるものか。自分の兄を模した振る舞いをしている中で、仲良くなった女性プレイヤーに口説くような言動をしてしまったなど。
あからさまに狼狽えた様子の桜は「え、えーっと」と言葉を濁す。
当然、そんな事を桜が言える筈も無し。そして、隙だらけの彼女を京香が見逃す筈も無し。
「あらら、まさかホントに釣れちゃうとはね。さ、白状してみなさい!」
「ち、違うって! あの子とはそういうのじゃ……」
「あの子? 『子』と言ったわね? さてさて、どういう事なのかしらー♪」
親に新しいおもちゃを買ってもらったかのような表情を見せる京香と、困ったような表情を見せながらも僅かに「照れ」を見せる桜。
そうして、穏やかながらも慌ただしいひと時が過ぎていく。
「彼」と「彼女」、或いは「彼女」と「彼」の。ある一点では交わり、されどもある一点では交わらない、それぞれの日常が。




