第16話 プレゼント
近況日記(2019/1/21)
巷でピカブイが話題な中パールをプレイしていた私ですが
別にレッツゴーイーブイを持ってないとは言ってない。
久々にswitchの電源入れて、いざチャンピオンロード。
「いやー、負けちゃったね!」
3人がオーク・ザ・パラサイトローズに敗北した後。死に戻り先である、最後にログインした街──即ちアインシアの噴水広場にて。
先にリスポーンしていたオケアノスと蜜秀、2人の仲間を見つけたヤエザクラの第一声がそれであった。
彼女はいたってあっけらかんとした様子で、頭を掻きながら元気よく笑っている。そんなヤエザクラの、ある意味能天気な有様に、思わず顔を見合わせてしまうオケアノスと蜜秀。
彼ら2人もまた、自分達がフィールドボスに負けた事は大して気にしてはいなかった。勝つつもりで挑んだものの、勝てる見込みは無かったからだ。
故に2人の心配事は、ヤエザクラがどんな様子で戻ってくるか。その点に尽きる。
しかし、実際にリスポーンして自分達と合流してきたヤエザクラは、どんな様子だろうか?
大きく口を開けて能天気に笑う彼女の姿を見ていると、なんだかこっちまで可笑しくて。顔を見合わせたオケアノスと蜜秀はホッと一安心すると同時に、心の底から湧き上がる「楽しさ」を自覚し始めた。
やがて彼らも吹き出すように笑い出し、暫しの間、噴水広場に笑い声が響き渡る。
周辺にいたプレイヤー達は何だ何だと3人に目を向けるが、彼らがリスポーンしてきたと知ると、興味を無くして自分のやるべき事へと戻っていく。
「すみません2人共。僕がもうちょっとしっかりしていれば、もう少し善戦できたんでしょうけど」
「はいはいオケアノスくん、そういうのはナシ! 徒党の敗北は徒党みんなの責任! 誰か1人だけにおっ被せるのは違うわよー」
「そうそう、蜜秀さんの言う通りだよオキー。あたしもちょっと不甲斐なかったしねぇ」
照れくさそうに、ボサボサの頭を掻くオケアノス。そんな彼の背中を蜜秀が叩き、ヤエザクラも彼女の言葉に追随して自らのポニーテールを弄ぶ。
「でも大健闘だったと思うよ? あたしが死に戻る前、あいつのHPが5割近く減ってたの見たもん」
「へぇ! それは凄いですね。僕がリスポーンした後でしょうし、蜜秀さんの【エクスプロージョン】ですかね?」
「多分そうだと思うワ。かくいう私はボスに不意打ち喰らって早々に死んだから、HPバーまでは確認できなかったのよネ」
ケラケラと笑ってみせる蜜秀。ヤエザクラの元気に溢れる笑顔とは違う、大人っぽい余裕のある彼女の笑顔もまた可愛らしくて、ヤエザクラとオケアノスも思わず笑顔を誘発される。
フィールドボスに負けたのは確かに悔しい。勝機が無かったとはいえ、それは3人の偽らざる本音だ。
しかし、その上で彼らはゲームを楽しむ事ができた。強敵にぶつかって、自分の力を示す事ができた。その事実が、3人を笑顔にしているのだ。
やがてヤエザクラは、人差し指を自分の唇に当てて「んー」と何かを思案し始めた。ぷっくりとしたルージュの唇が、指を添えた事で何とも艶やかに見えてくる様。
はて、と首を傾げるのはオケアノスだ。ヤエザクラはそんな彼の様子を見て、何かを思い出したように「そういえば、さ」と声を発する。
「どうしてあの時、オキーは《プロボック》したの? オークの攻撃を受けるのはあたしでも良かった筈だよね?」
「えー……まぁ、はい。確かにそうなんですけれど、ね」
ヤエザクラの問いかけに対して、言葉を濁した様子のオケアノス。負い目があるという訳でもなく、言うのが恥ずかしいといった様子に見受けられた。
ムッとした表情を浮かべるヤエザクラ。彼女は、ずい、とオケアノスの鼻先まで顔を近付ける。そんな彼女の行動に思わず赤面してしまったオケアノスは、観念したと両手を挙げた。
仕方ない、と言わんばかりに溜め息を吐き出す。
顔面に「恥ずかしさ」や「照れ」を貼り付けたオケアノスは、ポリポリと頬を指で掻きながら、ゆっくりと口を開いた。
「僕は盾、ですからね。味方を守るのが僕の役目です。だから、その……」
「その?」
「自分よりも先に仲間を死なせてしまうのは、騎士失格です。僕は騎士志望ですもの。相棒1人守れないで、何が騎士ですか」
そう言ったオケアノスの表情は照れが混じっているものの、どこか誇らしげでもあった。
「尤も、自分が先に死んでしまった事で結果的には貴女達を守れなかった……って?」
そんな彼の発言と表情に、(恐らく、彼女の自身でさえも)予想外の反応を見せたのはヤエザクラだった。
「え……あ……」
彼女の頬は、誰から見ても明らかなほど朱色に染まっている。瞳は潤い、その赤みを帯びた輝きがうるうるとぼやけている。
口はパクパクと開いたり閉じたりを繰り返し、一般的に「冷静」と言える状態ではないだろう。
要するに、今のヤエザクラは顔を赤らめているのだ。
それはまるで、イケメン俳優を前にした女性ファンのようでもあり、想い人を前にした少女のようでもあった。
「……ヤエ?」
「えっ、あっ、う、うん!? なっ、ななな、何でもないよ!?」
顔を紅潮させたヤエザクラへと対し、オケアノスから声がかけられる。ハッと我に返ったヤエザクラは、自分がなんでもない事を必死に伝えようと、両手をバタバタさせて状況を誤魔化そうとする。
然れども、そんな有様の彼女を見て、誰が「なんともない」と判断できるだろうか。
不思議そうな表情を浮かべて戸惑うオケアノス。そんな2人の様子を見て、あらあらと微笑むのは蜜秀だ。
「初めて会った時に2人に言ったコト、案外間違ってなかったのかもネ」
ボソリと呟かれたその言葉は、慌ただしい様子の2人には聞こえる事は無かった。
助太刀するべきか、もうちょっと眺めているべきか。それを10数秒かけてじっくりと考えて、彼女が選んだのは助太刀。
パンパンとあからさまに手を叩き、「はいはい」と言いながら2人の間へと割って入った。
「そろそろ戦利品の確認をしましょうネ。今回は皆初めての死亡だったから、デスペナルティは無いんでしょ?」
「えっ……ええ、まぁはい。確かSLOのデスペナルティは、所持しているアイテムからランダムで2種類紛失ですし」
「そっ、そうね! 雑魚を倒して入手したアイテムの確認とかしなきゃだしねっ!」
若干ではありながらも、冷静さを取り戻したオケアノス。未だに声が上ずっている様子のヤエザクラ。
そんな2人を見て、「若いわネ」と呟く蜜秀。幸いにもその呟きが聞かれる事はなく、彼女はそのまま言葉を続けた。
「じゃあ、道具袋の中を確認しましょうか。ドロップアイテムは徒党の誰かにランダム配布されるしネ」
「うん、分かったわ」
ようやく落ち着いてきたらしいヤエザクラが、ウィンドウを呼び出してインベントリの閲覧を始める。
オケアノスもまた自分のインベントリの確認を進めるが、やがて変なものを見つけたのか怪訝な顔をし始めた。
首を傾げるヤエザクラと蜜秀。2人とウィンドウ越しに目が合ったオケアノスは、自分が開いたウィンドウの一部を2人にも見せる事にした。
「これです。僕達が倒したモンスターの中には、こんな名称のつく存在はいなかった筈なのですが……」
オケアノスが提示したインベントリ。そこには「ハウンドの牙」「スパイダーの糸玉」など、彼らが今回の冒険で倒してきたMOBのドロップアイテムに混じって……
「『茨猪の薔薇飾り』……?」
こてん、と可愛らしい仕草で首を傾げたヤエザクラ。そこに表示されていたのは、確かに倒した覚えのない「何か」由来のアイテムの文字。
うーん、と頭を押さえて思考する彼女を他所に「あっ!」と声を上げたのは蜜秀だった。
「ひょっとしてこれ、フィールドボスのドロップアイテムじゃないかしら?」
「ほへ? ……あー、茨猪ってそういう事なの、かな?」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ」
パン、と手を叩きながら「スッキリした」と言わんばかりの表情を見せる蜜秀。
ヤエザクラは彼女の言葉に納得したような仕草を見せるが、そこへオケアノスが突っ込みに入った。
「僕達、あのボスは倒せてないじゃないですか。どうして倒してもいないモンスターのドロップ品が……」
「んー、それは多分だけどね。アイテムの説明を見たら分かると思うワ」
まだ推測だけどね。そう言う蜜秀の言葉に、これまた納得し難いといった様子のオケアノス。
彼はウィンドウに表示されている「茨猪の薔薇飾り」という文字をタップして、アイテムの説明文を呼び出した。
果たしてどんな事が書かれているのかと、ヤエザクラと蜜秀もまた、彼のウィンドウを見るべく顔を覗かせる。
『茨猪の薔薇飾り:オーク・ザ・パラサイトローズの核である薔薇を模ったアクセサリー。造花だが、美しさと生命力を感じさせるものがある』
『オーク・ザ・パラサイトローズの薔薇に一定以上のダメージを与えると入手可能。』
『装備効果:STR+5』
成る程、と頷く一同。どうやらこのアイテムは、所謂「部位破壊ボーナス」というものであるらしい。
確かに思い返してみれば、ヤエザクラはオークの薔薇に攻撃を加えていたし、蜜秀の魔法【エクスプロージョン】も薔薇の至近距離で行使した。
総合するとオークのHPを5割も削り取るダメージであるからして、部位破壊ボーナスのアイテムがドロップする事はそうおかしなものでもないだろう。
「そしてドロップアイテムはランダム配布だから、オキーのインベントリに入っていた、と」
「確かに、wikiにもそういった記述があったような気がします。βテストでは、ドラゴンの尻尾を切り落としたボーナスがあったとか」
顎に手を当ててそう発言するオケアノス。彼は先ほどのヤエザクラのように「んー」と声を漏らしながら、何かを思考するかのようにその動きを止めた。
まるで彼だけ時間が止まったかのような様子に、ヤエザクラが心配そうな顔を見せる。
何となくオケアノスの考えている事が分かった蜜秀は、ニヤリと笑いながらその様子を眺めていた。
「……オキー?」
「…………よし」
10数秒が過ぎて思考の海から浮上してきたオケアノスは、滑らかな動作でウィンドウをタップ。やがて満足のいく結果になったのか、独りでにウィンドウが消失していった。
その次の瞬間には、どこからか出現した1輪の薔薇が、彼の手の内にふわりと舞い降りる。よく見てみれば、それは精巧に作られた薔薇の造花のアクセサリーであるらしい。
それが件の「茨猪の薔薇飾り」である事を理解したヤエザクラ。そんな彼女の目の前へと、オケアノスの持つ薔薇飾りが差し出される。
「これ、ヤエにあげます」
「……へっ?」
ポカン、と口を開けてヤエザクラが硬直する。そんな彼女をスルーするかのように、オケアノスは自分が持っていた薔薇飾りを彼女の手に握らせた。
ヤエザクラの手中に伝わる、薔薇飾りの柔らかな感触。然れども、例え握り締めたとしても潰れる事は無いような、造花ならざる生命力すらも感じられるよう。
今いち状況を飲み込めていないヤエザクラに対して、オケアノスは爽やかさを感じさせる笑顔を向けた。
「この中で一番筋力が高いのは貴女でしょうし、きっとこれからの冒険にも役立つでしょう」
「えっ、あ、そういう事──」
「それに」
真剣な眼差し。力に満ちた、意志溢れるオケアノスの瞳が、ヤエザクラの姿を真正面から捉える。
ヤエザクラとオケアノス。2人の目線が交差して、やがてオケアノスはハッキリとした口調で、心からの言葉をヤエザクラへ贈った。
「これはきっと、貴女に似合うと思うんです」
「────」
パクパクと。まるで酸素を求める金魚のように、ヤエザクラは口の開閉を繰り返す。その頬は先ほどの比ではないほど真っ赤に染め上げられて、瞳は熱さえ帯びているようで。
その姿は誰がどう見ても、恋を夢見る年頃の少女のようだった。唐突に風が吹き、彼女のポニーテールがふわりと舞う。
「つけてみてください」
「……うん」
恐る恐る、薔薇飾りを自分の髪へと近付けるヤエザクラ。丁寧に、まるで割れ物を扱うかのような慎重さと繊細さを以て。
彼女の桃色の髪に、真っ赤な薔薇のアクセサリーが飾り付けられた。
そろりそろりと、ヤエザクラの震える手がアクセサリーから離されていく。手を離された薔薇飾りはポトリと地面に落ちる……なんて事は無く、確実にヤエザクラの髪を彩っていた。
「……どう、かな?」
「……ええ」
照れを前面に押し出したヤエザクラの言葉に、オケアノスは力強く頷いた。
彼女の姿、特に髪。桃色の髪を飾り立てる赤色の花飾りをまじまじと見つめて、快哉の声を上げるオケアノス。
「似合ってますよ、とても」
「──! うん、ありがとう!」
ヤエザクラの笑顔は、まるで大輪の薔薇が咲き乱れたかのような美しさと可愛らしさ、そして元気に満ちていた。
2人の様子を見ていた蜜秀もまた、うんうんと頷いている。2人の世界に入る事を躊躇ったのか、ワンドをくるくると手の内で弄びながら、少し離れた位置で2人を眺めていた。
しかしそれも直ぐに終わった。彼女は意を決すると、2人のいる場へと歩み寄っていく。
「イチャついているところ悪いけどネ。残念ながら、お姉さんは今回のリザルトが終わったらパーティを抜けようと思うワ」
「イチャッ……!? いや、それよりも……どうしてですか?」
「勘違いしないで欲しいんだけどネ。あなた達に何かある訳じゃないのよ。単に、お姉さんの現実事情」
蜜秀の「イチャついている」発言に顔を赤くしながらも、彼女へと向き直るヤエザクラとオケアノス。
2人は彼女がパーティを抜けると言った時こそ驚いたものの、リアル関連と聞いて残念そうな表情を浮かべた。
「そうですか……いえ、仕方ありませんよね。リアルを優先するべきですから」
「まぁ、そうよねぇ……『リアル大事に』はネットの不文律だもの」
先ほどまでとは打って変わって、明らかに落ち込んだ様子の2人。
それを見た蜜秀は大きく溜め息をつくと、2人の額を軽くデコピンする。
「「あ痛っ!?」」
「こーら、そんな世界の終わりみたいな表情しないの。確かに今回はパーティを抜けるけど、今後一切組めないとは言ってないでしょう?」
蜜秀の発言にハッとしたヤエザクラとオケアノス。
その可能性に気付かなかったと言わんばかりに驚く2人を見て、蜜秀はもう1度の溜め息。
まだまだ若いんだから。そんな感情と共に、2人へと笑いかけた。
「また都合が合ったら呼んで頂戴な。お姉さんがとっておきの魔法パワーで手伝ってあげるわよー!」
「うん……うんっ! その時はよろしくね蜜秀さん! 次はあたしの凄いトコ、たっくさん見せちゃうんだから!」
「ええ、その時はよろしくお願いします。今度こそ、完璧に盾の役目を務めてみせましょう」
笑う合う3人。
その中心に立つ蜜秀は、大人の魅力溢れる笑顔を見せながらウィンドウを操作し、2人へ向けてフレンド申請を送るのだった。
それを受けたヤエザクラとオケアノスの返答は、勿論「YES」である。