第15話 フィールドボス戦
近況日記(2019/1/20)
今期アニメをポツポツと見るマン。
私のイチオシは盾の勇者の成り上がりでしょうかね。
やはりアニメは良いものです。心を豊かにしてくれる。
「BUROROッ、BUROOOOOOOOOON!!」
開戦の号砲と言わんばかりに、オーク・ザ・パラサイトローズのけたたましい咆哮が木々の合間を縫って周囲に木霊する。
まずオークが狙いを定めたのは、魔法を放つべく詠唱時間に入った蜜秀だ。この場にいる3人のプレイヤーの中で、オーク視点でのヘイト値が最も高い存在も彼女である。
蹄が地面にめり込んでしまうほどに、オークは力強く大地を踏みしめる。狙うは蜜秀。その長身ながら華奢な女体を抉り飛ばすべく、行動を開始せんとして──
「《プロボック》!」
コンピュータ上に形成されたAIであるにも関わらず、オークを構成する0と1の集合体は、騎士風の装いをした人間が放った「殺気」を的確に感じ取る。
体勢はそのままにオークの右目だけが、ギョロリという擬音が発生しそうな動きで以て騎士めいた人間──オケアノスの姿を認識した。
相対するオケアノスもまた、自らを睨みつける遥か「格上」の存在から一切目を離す事なく、虚勢混じりに笑ってみせた。彼のラウンドシールドを握る強さが増しているのは、決して錯覚などではないだろう。
頬を伝う汗の感触が、「冷や汗まで再現しなくていいのに」という雑念を彼にもたらす。
小さく息を吸い込む。酸素を仮想の肺に巡らせて、大きく歯を剥きながらオケアノスは咆哮した。
「──来いっ!!」
「BUROOOOOOOOOOOOOOO!!!」
果たして彼の挑発通り、オークは常人を恐怖させる唸り声を上げながら大きく方向転換。巨体に似つかわしくない速度で走り出した。
その標的は、当然ながらオケアノス。
まるで両手持ちの大剣のように太く、硬く、大きな2本の牙。オークの下顎から生えたそれは、オケアノスという初心者プレイヤーに「死」を感じさせるには十分なものだった。
しかし彼は、決して逃げなどしない。大地を揺るがして疾走する緑の暴威を前に、オケアノスはしっかりと地面を踏みしめた。
彼の思考を読み取ったシステムは、彼が望むモーションを《防御マスタリー》によって実現せんとする。
「BUROッ、BUROッ──BUUUOOOOON!!」
着弾。そう形容するのが相応しいほどに、茨まみれの猪は砲弾めいていた。
下手な防御など簡単に蹴散らしてしまいそうな、否、確実に蹴散らしてしまえる圧倒的暴力を前に、オケアノスが取った選択は──
「──今ッ! 《ロック・ガード》!」
受け流しである。
半身を左へとずらして直撃コースを回避しながら、彼の防具を粉砕せんとする牙は斜めに構えたラウンドシールドで受け流す。
標的を失ったオークはそのまま眼前の木に激突して、轟音を上げながら木を薙ぎ倒した。
《防御マスタリー》の派生スキルである《受け流しマスタリー》のパッシブスキルであれば、もっと確実なモーション修正で完璧な受け流しを実現できただろう。
然れども、今の彼が習得しているのは《防御マスタリー》。受け流しの為のモーション修正は多少であれば機能するが、決して完璧ではない。
現にオケアノスは、オークの突進による衝撃を完全に受け流す事ができず、《ロック・ガード》によって上昇した防御力の上からダメージを受けている。
「痛ッ……上位スキルの《ロック・シールド》を早く習得したいものです」
オケアノスのぼやきは、オークの衝突による轟音で誰の耳にも届かなかった。現に彼のHPバーは、2割ほどが減少しているのだ。
しかし、2割のHPを代償として勝ち取ったものは決して小さいものではない。目線を向ければ、蜜秀の上部に出現している詠唱バーは全体の3割ほどが黄色く染まっている。
当の蜜秀はMPポーションを嚥下しているようだった。SLOにおける魔法は発動時にMPが消費される為、例えMPが足りなくても詠唱時間中に回復すれば問題無い。
然れども詠唱中である事には変わりなく、オケアノスが注意を惹き付けなければ、オークの標的は蜜秀のままだっただろう。
オークのヘイトを蜜秀から引き離せた。それだけでも、この場で彼ができる事は十二分である。
蜜秀と一瞬目線が交差する。オケアノスが彼女へ向けて頷きを返している内に、ようやく木の破片を振り払えたらしいオークが彼へと殺気を向けていた。
身体の全てが「お前を殺す」と物語っているように、オケアノスには感じられた。ゴクリ、と喉を鳴らして唾を飲む。しかし、彼は知っていた。
「今です──ヤエ!」
「──分かったわ、オキー!」
自分には頼れる相棒がいる事を。
オークのヘイトが完全にオケアノスへと向けられたタイミングを狙い、ヤエザクラは勢いをつけて跳躍する。
彼女と彼女の刀が狙うべき部位はただ1つ。オーク・ザ・パラサイトローズの臀部──全身を包み込んでいる茨の起点となっている、1輪の真っ赤な薔薇の花。
それに気付いたオークが、身体を動かそうとするも既に遅し。閃光めいた速さで抜き放たれた刀は、ヤエザクラの音声入力と共に薔薇の中心部へと吸い込まれていった。
「《スマァァァァァッシュ》!!」
例え低レベルであろうとも。例えスキルの熟練度が低くても。
《刀マスタリー》によって軌道を修正され、《スマッシュ》によって威力を強化された刀による一撃は、オーク・ザ・パラサイトローズの弱点たる臀部の薔薇を確実に狙い撃つ。
果たしてヤエザクラの目論見通り、刀は薔薇の花を切り裂き、その花弁を1枚引き裂いた。
──そう、たったの1枚である。
「……ッ! やっぱり、今のあたしじゃこんなもの──!?」
然れども弱点を狙った攻撃には変わりなく、オークのHPバーは1割も減少している。
それは即ち、オークから見た3人のプレイヤーへのヘイト値が再び変動しつつある事を意味していた。
電脳世界である筈なのに、明確に感じ取れた「殺意」。自らを殺し得る気配を察知したヤエザクラは空中で身体を大きく捻らせるが、遅い。
緑の鎧の隙間から放たれた鞭めいた一撃が、彼女の脇腹に襲い掛かる。薔薇と茨で覆い隠されていたオークの尻尾が、ヤエザクラの身体を奇襲したのだ。
「が、ぁっ……!?」
ヤエザクラはしなる尻尾に打ちのめされ、木の幹という壁に全身を強打する。VRの設定により痛覚は軽減されているものの、大きな衝撃が彼女を襲った事には変わりない。
全身を襲う威力を逃がすように、大きく開かれた口から酸素を吐き出すヤエザクラ。見れば、彼女の上部に表示されているHPバーの残量は、残り3割ほど。
空中で身体を捻らせた事が功を奏したのか、効果的な一撃は免れたのだろう。しかし、すぐさま立ち上がれる状態ではなかった。
のっしのっし、と蹄を踏み鳴らすオーク。その目線が捉えている対象はヤエザクラだ。
木にもたれかかる彼女からは、オークの牙の隙間から高温の吐息が噴出しているのがよく分かった。同時に、オークが自らに対してどのような行動をするのかも。
だが、それで良かった。勝つ気で戦っていたとはいえ、元より勝機はあって無いようなもの。自分もオケアノスも、ただ「逃げる」のが何となく気に入らなかっただけ。
他人が逃げる事にはとやかく言うつもりは無い。それはそれぞれの遊び方だからだ。故にこそ、強敵を前にして逃げるのは自分の遊び方に反する。ただそれだけの理由だった。
「──!」
しかし、ヤエザクラは決して勝利を諦めた訳ではない。彼女の目線の先にいるのは、今まさに自分へとトドメを刺さんとするオークではなかった。
彼女が見つめる先。そこにいるのは、ゲージの9割が黄色く染まった詠唱バーを持つ蜜秀。
オケアノスが《プロボック》で注意を惹き、ヤエザクラが弱点を攻撃する。この連携によって、オークから蜜秀に対する注意は逸れていたのだ。
「BUッ、BUッ、BURURURURURURU……!!」
だから後は、オークが自分に攻撃したタイミングを狙って、蜜秀が【エクスプロージョン】を叩き込めればいい。
どのくらいの痛打になるかは分からない。それで倒せる確証も無いが、臀部の薔薇を狙い撃てば多少なりとも効果的だろう。
ただ、惜しむらくは。
(あいつがどのくらいのダメージを喰らうか、この目で見たかったな……)
そう内心で溜め息をつきながら、ゆっくりと立ち上がるヤエザクラ。せめて、最後の瞬間まで立っていよう。
そう考え、刀を杖代わりに足を踏みしめて──
「──《プロボック》!!」
ヤエザクラの耳に届いた言葉は、紛れもなく相棒のもの。彼の爽やかな、しかし力強さもある声が森の中に木霊する。
アクティブスキル《プロボック》は、相手モンスターから自分に対するヘイト値を上昇させるスキルである。
つまるところ自らの弱点を攻撃したヤエザクラではなく、たった今自らを挑発したオケアノスへと、オーク・ザ・パラサイトローズの攻撃対象は塗り替わった。
後は、蜜秀が【エクスプロージョン】の魔法をオークに放てばいい。その為には、弱点である薔薇を蜜秀の前に露わとする、つまりオークが蜜秀に背を向けている必要がある。
故に、オークの攻撃対象はヤエザクラとオケアノスのどちらでも問題無いのだ。それは理解できる。理解できるが故に、理解できない。
「どうして──」
「BUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
ヤエザクラの呟きが、オークの咆哮によって塗り潰される。突然の事に呆然としている彼女を他所に、オークは地面を蹴り穿ちながらオケアノスへと猛進していった。
対するオケアノスもまた、ラウンドシールドをしっかと左手で握り締め、自らの身体を隠すように盾を前へと突き出している。その目は確実にオークを睨みつけ、その口は発声するべく空気を吸い込んでいた。
「《ロック──ガァァァァァド》ッ!!」
「BUROOOOOOOOOOOOOOON!!!」
激突、否、爆発と言うべきだろう。まるでダイナマイトを起爆したかのように、オークはオケアノスの背後にあった樹木ごと彼を吹き飛ばした。
樹木が破裂するように四散し、周囲の雑草や砂利が粉々になって砂埃を生み出す。怒涛の勢いで吹き荒れる砂埃に、咄嗟に顔を防御するヤエザクラ。
その時、彼女は確かに聞き取った。
「今、です────!!」
オケアノスの声だ。砂埃の向こう側からオケアノスの叫びが聞こえてくる。
そしてその直後、ガラスが割れるかのような音と共に、ポリゴンの欠片が霧散するエフェクトが僅かに見えた。
ヤエザクラは直感的に知る。それは即ち──
「オキーが、死ん──」
「──分かったワ!」
同時に、彼の断末魔の叫びは、この場にいるもう1人のプレイヤー──明智 蜜秀にも確かに届いていたのだ。
彼の死を無駄にはすまい。こうなったらせめても一矢報いてやる。
いつの間にか、2人の若いプレイヤーに感化されていたのだろう。蜜秀もまた、オーク・ザ・パラサイトローズというフィールドボスに真っ向から挑まんとする。
そんな彼女の頭頂部。蜜秀がプレイヤーである事を表すアイコンの上部にて輝く詠唱バーは──たった今、チャージが終了した。
1回転などとは言わず、まるでガンマンが拳銃を回すかのように、蜜秀の手の中でワンドが激しく回転する。
そうして回転が止まったワンドは、先端に嵌められたルビーの装飾で以てオークの臀部を捕捉した。
「信長捉えたり! 【エクスッ──プロォォォォォジョン】ッ!!!」
蜜秀の叫びにも等しい音声入力でさえ、SLOのシステムは確実に認識する。
ワンドの先端、赤く輝くルビーの中心部に光が収束して、やがて光をまき散らすように破裂。
それとほぼ同時に、オーク・ザ・パラサイトローズの臀部に咲いている薔薇の花、その少し上を起点として──
ドッ──ゴォォォォォオオオオオン!!
森の一角に火柱が噴き上がった。それは周囲の木々を吹き飛ばしながら轟音を上げたが、一瞬の内に消え去った事で、森に延焼などをもたらす事は無かった。
火柱が消失した直後、もうもうと煙が充満している空間の隅っこにて。
「すっ……ごい、わね……」
あまりの衝撃に、ヤエザクラはその場に座り込んでいた。焼けてへし折れた木にもたれかかると、ボロリと落ちた消し炭が彼女の和風めいた衣装に付着していく。
そんな状況でも刀を手放さないのは流石と言ったところか。呆然とした様子の彼女は、ぼんやりと今の状況を把握せんとしていた。
オケアノスがオークに倒されて、その隙に蜜秀が【エクスプロージョン】を撃ち放った。MPを全て消費するほどの爆発とは、まさに必殺であろう。
その為に周辺の木が吹き飛んでしまった事は、致し方ないと考えるべきだろうか。そこまで考えて、ヤエザクラはふと思い出した。
「そうだ、蜜秀さんは──」
必殺魔法をオークに叩き込んだ蜜秀。まずは彼女の無事を確かめなければならない。
ヤエザクラがそう考えて、立ち上がろうとした時だった。
「──へ?」
周囲に立ち込めていた煙。その一切合切を吹き飛ばして、ヤエザクラの眼前に現れた緑の巨体。
それは、あまりにも突然の出来事だった。それ故に放心しかかっている彼女の意向を無視せんと言わんばかりに、茨の暴威はその牙でヤエザクラの身体を大きくかち上げる。
鳩尾に痛恨の一撃した牙による振り抜きは、呆然としたままのヤエザクラを空中へと投げ出すには十分な一撃だった。
状況を飲み込めずにいるヤエザクラ。彼女の視界は目まぐるしく変転していく。青い空、白い雲、緑一色の森に、まるで隕石が衝突したかのように円形に形成された爆発跡。
そして──今まさに地面へと激突せんとする自分を睨みつける、オーク・ザ・パラサイトローズの巨体。その頭頂部に表示されているHPは、残り5割。
「あらら……」
それが、死に戻る前にヤエザクラが見た最期の光景だった。