第14話 オーク・ザ・パラサイトローズ
近況日記(2019/1/19)
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皆さんの期待に応える為にも、はよ書き溜め進めろや私。
──それはまさしく、偶発的な遭遇と言うべきだろう。
夜に再びログインして、広場で合流したヤエザクラ、オケアノス、明智 蜜秀の3人。彼らは昼と同じように徒党を組み、街を出て冒険へと繰り出した。
物理アタッカーである前衛のヤエザクラ、タンク型かつ前衛のオケアノス、後衛にして魔法アタッカーの蜜秀。3人は順調に平原を進み、いよいよ森の中へと踏み込んだのだった。
「ヤエザクラちゃん、魔法攻撃はいるかしら!?」
「いーや、この程度ならっ……!」
蜜秀がくるりとワンドを回す。彼女が目前の敵へと向けようとしていたワンドを、ヤエザクラが駆け出す事で制止する。
彼らの目の前に佇むMOBの名称はジャイアント・スパイダー。その名の通り、大型犬ほどの体躯を持った蜘蛛の怪物である。
「SIRARARARA……!」
ジャイアント・スパイダーは常人には理解できない奇怪な呼吸音を発しながら、大きく跳躍。刀を振り上げんとしていたヤエザクラへと飛び掛かった。
対するヤエザクラはその場で足にブレーキをかけて急停止。今まさに下段から振り抜く筈だった刀の動きをも止める。そのまま体勢を整えたヤエザクラへと、スパイダーが持つ長い8本の足が襲い掛か──らなかった。
ヤエザクラとスパイダーの間へと割り込んだ鉄の塊、それこそがオケアノス。《防御マスタリー》スキルは敵の攻撃からヤエザクラを庇う為の最適な動作を導き、オケアノスの左手に握られたラウンドシールドで以てスパイダーを迎え撃った。
「SIRAッ?!?」
「損傷──軽微!」
勢いよく落下してきたスパイダーがラウンドシールドに組み付き、その衝撃でオケアノスのHPバーが僅かに減少する。左腕に巨大な虫が組み付いた事で、彼の表情が僅かに嫌悪を示しているようだ。
盾を握る左腕を左へ水平に振り抜く事で、樹木の幹にスパイダーを叩きつける。何かが潰れたような音と共に、スパイダーの足が盾から離れて地面へと落ちた。
「ううっ、蜘蛛はあんまり好きじゃないんですけど……ねっ!」
ショートソードが垂直に振り下ろされる。スパイダーの柔らかな腹部を切り裂いた剣の一撃は、スパイダーの弱点を突いた事でそのHPを大きく削り取った。
すかさず追撃を試みたオケアノスだったが、スパイダーの予備動作(MOBが攻撃の直前に行う動作)を察知して後方へと飛び退いた。
次の瞬間、彼がいた位置へとスパイダーの口から勢いよく放たれた真っ白の何か。それはホースから飛び出る水のような勢いであり、無防備なオケアノスが受ければ小さくないダメージを受けただろう。
「これは……蜘蛛糸ですか!」
「そうよオケアノスくん!」
後方から声を荒げたのは蜜秀だった。ワンドを1回転させた彼女はその先端を、いつでも切り込める位置に立っているヤエザクラへと向ける。
「ジャイアント・スパイダーの吐き出す糸は魔法攻撃の扱いだから、物理防御力では防げないワ!」
「それじゃあ、早く勝負を決めないと!」
「だから貴女がやるのよヤエザクラちゃん! 《スペル・セット》!」
音声入力による魔法行使の準備。蜜秀の頭の上に出現した詠唱バーは、【ファイヤー・ボルト】を行使する時よりも数段早い速度で上昇していき、ほんの3秒で黄色く染まり切った。
声には出ない快哉が蜜秀から上がる。彼女はヤエザクラへと向けたワンドの状態を維持しながら、そのままの体勢で魔法名を発声した。
「【ファイヤー・エンチャント】!」
ワンドから放たれた赤色の光弾はヤエザクラ目掛けて真っ直ぐに飛来する。一瞬驚く様子を見せたヤエザクラだったが、蜜秀とのアイコンタクトを経て問題無い事を認識。
パッシブスキルによって誤射する事の無い光弾はヤエザクラの背中に着弾すると、彼女に一切のダメージを与える事なく、彼女の全身を舐めるように拡散していく。
最終的にヤエザクラの持つ刀へと収束した赤い光は、その刀身を大きく炎上させた。
「貴女の攻撃に火属性を付与したワ! ジャイアント・スパイダーの弱点だから──」
「成る程──分かった!」
すぐさまに意図を理解したヤエザクラは、蜜秀の言葉が終わらない内に駆け出した。ひっくり返っていた体勢を整えたスパイダーが彼女の姿を認め、顎を大きく開いて糸を射出する。
しかし、ヤエザクラが走りながら刀を振り抜けば、刀身に宿る炎が蜘蛛糸を焼きながら断ち切った。
驚愕に染まるスパイダー。蜘蛛の感情など読み取れる筈もないヤエザクラだったが、恐らく驚いているのだろうと考える。
「やぁ──あぁっ!!」
一閃。燃え盛る刀はスパイダーの弱点である腹部を的確に切り裂いて、HPバーを完全に破壊した。
ポリゴンの欠片として弾け飛ぶジャイアント・スパイダー。それとほぼ同時に、ヤエザクラの刀に宿っていた火属性の光が淡く消え去っていく。
ふぅ、と戦闘終了を認識して溜め息をつくヤエザクラ。そこへオケアノスが駆け寄り、労いの言葉をかけようとする。少し離れた場所の蜜秀もまた、仄かな達成感をその整った顔に宿している。
ここが未知のフィールドであるとはいえ、3人はたった今、初見の敵MOBに勝利したばかり。加えて3人は廃人という訳でもなく、戦闘に慣れている訳もない。
ここで3人が隙を晒している事を、一体誰が責められようか。故にこそ──
「……何か、来る?」
──それはまさしく、偶発的な遭遇と言うべきだろう。
ズシン、と。森を揺るがすような重量を持った「何か」が、3人へと迫り来る。それは巨体でありながら周囲の樹木を薙ぎ倒す事もなく、しかし地面を揺るがしながら歩みを進めていた。
3人の背中に、ひりつく何かが感じられる。VRであるにも関わらず、否、VRだからこその緊張感。
強敵を前にした緊迫感と、強敵が発する殺気。VR上で表現されたそれを感じ取った3人の顔は強張り、自然と戦闘の構えを取っている。
しかし、それは永遠ではない。やがて、木々の隙間を縫うように迫り来た「それ」が、3人の目の前にその姿を露わとする。
「──BU、BURURURURURURU…………!」
それの見た目を一言で形容するならば、「猪」以外にはあり得まい。それはまさしく猪だった。付け加えるならば、体高4mを超す巨体を持った猪である。
その猪が他の猪と違う点はその巨体だけではない。猪の全身を覆い尽くす、おびただしい数の茨。まるで緑の鎧とさえ思えるほどに、無数の茨が猪の身体を覆っていた。
その頭頂部に輝く三角形のアイコンは漆黒。緑色ならばプレイヤー、黄色ならばNPC、赤色ならばMOBモンスターである中、黒色のアイコンが示すものとは即ち──
「フィールドボス……!」
ストーリーを進めるに従い、特定のエリアで戦う事になる強力なモンスター、それがボスモンスターである。しかしボスでありながらストーリーには直接関わらず、フィールドを徘徊するモンスターが存在する。
それこそがフィールドボスであり、3人の目の前に立ち塞がる巨大な猪。
アイコンの上部に表示されたその名称は「オーク・ザ・パラサイトローズ」。
「BURURURURU──BUOOOOOOOOOON!!!」
そのけたたましい咆哮に、思わず耳を塞いでしまうヤエザクラ。気が付いた時には、オーク・ザ・パラサイトローズはヤエザクラの眼前にまで迫ってきていた。
「危っ……ない!!」
その事にいち早く気付き、行動に移したのはオケアノス。彼はヤエザクラを突き飛ばすと同時、スキルの効果で瞬時に計算された最適なモーションによって、オークの突進を迎え撃つ。
が、しかし。現在レベル9であり、それなりにステータスもスキルも成長しているオケアノスであれど。
「《ロック・ガード》──ぐ、がっ!?」
突進を受け止められるほど、フィールドボスは弱い存在ではない。
ラウンドシールドに追突する瞬間、オークは顔を大きかち上げ、その分厚い牙で以てオケアノスを吹っ飛ばした。
まるでボールのように吹き飛ばされ、背後の木に叩き付けられるオケアノス。防御力を上昇させる《ロック・ガード》を以てしても、彼のHPが半分以下になる事を阻止できなかった。
「──蜜秀さん! 魔法の準備!」
突き飛ばされながらも受け身を取り、素早く体勢を立て直したヤエザクラ。彼女は相棒が吹っ飛ばされた事の衝撃を寸でのところで飲み込み、後方の蜜秀へと声を荒げる。
困惑したのは蜜秀だ。彼女はワンドをギュッと握り締めて、ヤエザクラの言葉の意図を確かめられずにいた。
「で、も。早く逃げた方が……っ!」
「無理だよ蜜秀さん。あたしの直感が言うんだ」
震える手に力を籠め、必要以上に刀を握り締める。しっかと見定めた目線の先には、2人の女性プレイヤーをジロリと睨むオークの姿があった。
ニヤリと笑みを浮かべているのは、きっと虚勢だろう。自分の事でありながら、ヤエザクラはどこか他人事のように考えていた。
「今のあたし達じゃ、多分逃げられない」
「じゃあ、どうするの?」
「あたしがアイツの気を引く。だからその間に、でっかいの1発! 見るからに植物っぽいから火属性は有効だと思うんだ」
「でも──」
「大丈夫、ですよ」
蜜秀の言葉を遮ったのはオケアノスの声。ポリゴンとなって消えゆくポーション瓶を踏み潰しながら、オケアノスが立ち上がっていた。
ヤエザクラとオケアノス、2人が挟み込むような立ち位置にいる為、オークはどちらを攻撃するべきか逡巡している様子。
ヤエザクラは刀を、オケアノスはショートソードと盾を構えて、それぞれの形でオーク・ザ・パラサイトローズに対峙していた。
「説明書は読むタイプでして。もしHPがゼロになって死んでしまっても、最初の1回は死亡時の罰則が免除されますから」
「それじゃあ、あなた達は……」
「ええ」
「うん」
一瞬たりともオークから目を離せないが故に、お互いの顔は分からない。然れども、相手がどのような顔をしているかは、確信に近い予想がついていた。
「今なら、オキーが何を考えているかが分かるわ」
「奇遇ですね、僕もです。ヤエが何を言いたいかを理解できる」
「あたしは──」
「僕は──」
真っ直ぐにオーク・ザ・パラサイトローズを見据え、それぞれの武器を構える。
すぅ、と深く深く息を吸い、ヤエザクラとオケアノスは同時に叫ぶ。自分と相手が思っている事は全く同じ。そんな確信が2人にはあった。
「「例え倒せなくとも──アイツと戦うっ!!」」
それは決意に満ちた叫びだった。
勝てない事は分かり切っている。3人の平均レベルは8。今の3人では到底勝てる相手ではない。
しかし、それがどうしたというのか。勝てないからと逃げろとでも言うのか。
──否、断じて否。
「スターライト・オンライン」の世界にログインしてから、ヤエザクラとオケアノス、2人の意志はただの少しも変わっていない。
それ即ち、「ゲームを楽しむ」事である。
「ごめんね蜜秀さん。嫌だったら、今の内に逃げてもいいのよ」
「僕達が守ってみせます。蜜秀さんに追撃させるような真似は決してさせません」
立ち尽くす蜜秀。彼女から見た2人は、背中越しに「このゲームを楽しみたい」と語っているようだった。
数秒。2桁にも届かない秒数だが、彼女にとっては1時間にも等しく感じられる。それほどまでに蜜秀は思考していた。
やがて結論を出したのか、蜜秀が徐に顔を上げる。その顔に宿す表情は……呆れにも似た笑み。
「まったく……まだまだ子供なんだから」
溜め息混じりの言葉。しかし、蜜秀の表情は決して暗いものではない。
道具袋から素早くMPポーションを取り出す。彼女の手の内でワンドがくるりと1回転。もう1度、くるりと1回転。
「《スペル・セット》!」
発声によるコマンド入力。蜜秀の頭頂部に詠唱バーが出現するが、そのチャージ速度は極めて微々たるものだった。
瞬間、オーク・ザ・パラサイトローズの内部で3人のプレイヤーに対するヘイト値が大きく変動する。
「BU──ROOOOOOOOOOOOOOO!!!」
咆哮。それによって周囲の木々が大きく揺れ動いた。
ワンドの切っ先をオークへと向けている蜜秀は、たらりと頬を伝う冷や汗を感じながらも、笑みを崩しはしていない。
まったく、そこまでゲームに熱くなれるなんて。そんな憧れにも似た感情を心の中に宿し、蜜秀は2人のゲーマーへと向かって声を荒げる。
「お姉さんにまっかせなさい!! デカいの1発、期待しちゃっていいわよー!」
「分かりました! 防御は僕に任せてください!」
「それじゃ、攻撃はあたしに任せなさい!」
「BUOOOOOOOOOOOOOOON!!!!」
唸り声を上げながら、遂に行動を開始したオーク・ザ・パラサイトローズ。それを迎え撃つは、まだまだ未熟な3人のプレイヤー達。
彼らは戦う。ゲームを楽しむ為に。




