第13話 「あちら」と「こちら」
近況日記(2019/1/18)
ポケットモンスター ウルトラサンを久々に起動してポケパルレするマン。
DQMとかメガテンもパルレ実装しないかなぁ。
いや、配合や悪魔合体で失う事考えると難しいか。
「──やぁっ!」
「ピギュウ!?」
ヤエザクラが放った刀による一撃は、ウサギ玉の身体を下段から空中へとかち上げた。彼女の鋭い斬撃によって、ウサギ玉のHPバーは1割を残して黒く染まっていく。
宙を舞いながらも、足をもがかせて何とか体勢を立て直そうと試みるウサギ玉。今まさに草の上へと着地せんとしていたウサギ玉の目の前に、迫ってくるのはオケアノスだ。
彼はラウンドシールドを持った左手を後方へ、右手に持ったショートソードを水平に構えている。
「トドメです! せいっ!」
「ピギュゥゥゥ……!?」
振り抜かれた両刃の剣はウサギ玉の胴体を切り裂き、HPバーを削り切る事に成功。確実に倒せた事を知らしめるべく、ウサギ玉はポリゴンの欠片と果てた。
しかし戦闘はまだ終わってなどいない。ヤエザクラが手早くバックステップすると同時に、オケアノスは彼女を庇える位置に立ってラウンドシールドを前面に構えた。
2人の目線の先にいるのは1匹のハウンド。牙を剥いて威嚇する猟犬を前にして、油断するほど2人は阿呆ではない。
しかし。
「蜜秀さん!」
「オッケー、たった今詠唱時間が終わったワ!」
この場には明智 蜜秀も存在していた。彼女は習慣的な動作めいてワンドを1回転。そうして先端に施されたルビーの装飾を水平に向けて、ハウンドに狙いを定める。
「行っくわよ──【ファイヤー・ボルト】!」
ワンドから閃光と破裂音を伴いながら、炎の矢が撃ち放たれる。矢は前方にいたオケアノスを避けるように、あり得ざる軌道でハウンドへと迫る。
本来、弓やボウガンなどの射撃武器の誤射を抑制する《射撃マスタリー》スキルは、炎の矢を放つ【ファイヤー・ボルト】の魔法にも適用されていた。
「ギャウンッ!?」
故に回避は不可能。元よりHPが2割ほど減少していたハウンドは、燃え盛る矢を肩に受けて炎上。そのまま火の粉と共に爆発四散していった。
これにて戦闘は終了。戦闘に参加していた3人のプレイヤーへと経験値、そして倒したMOBのドロップアイテムが配布される。
「フー……」
「ハァ……疲れた」
荒い呼吸音が、平原の中に四散していった。各々が力を抜いて、戦いの緊張感を和らげようと試みている。
血を払うように刀を素振り、鞘へと収めるヤエザクラ。彼女の頬に、ヒヤリと冷たい何かが当てられた。
「ひゃうっ!?」
「ハァイ、お疲れ様。MP枯渇しかかってるでしょ? これ飲んで一息つきなさいな」
ヤエザクラの頬に当てられたのはMPポーションの瓶、そして瓶を彼女の頬に当てたのは蜜秀だった。彼女はしてやったりといった表情で、ケラケラと笑ってみせる。
まったくこの人は。蜜秀へ向けてクスリと小さな笑い声を返したヤエザクラは、そのまま頬に当てられたポーション瓶を受け取る。
ガラス瓶の中身を満たす青色の液体を見て、ヤエザクラが僅かに眉をひそめる。
「これ効果は良いけど、あんまり美味しくないよねぇ」
「そうネェ。個人的には、蜂蜜を混ぜてみたら美味しいんじゃないかと思うんだけどネ。いつかは挑戦したいワ」
「へぇ、蜜秀さん《調薬》スキルを持ってるの?」
「まだレベル1だけどネ。キャラメイクでは諦めたけど、近い内に《料理》スキルも習得しようと思ってるの」
人差し指でクルクルと宙に何かを描く蜜秀。彼女の言葉に興味を示したヤエザクラは、手元のポーションを弄びながら「へぇ」と声を出した。
「それは楽しみね。その時はあたし達もごちそうになっていいかしら?」
「勿論! 私からお願いするくらいだワ」
ピンと指を立ててそう言う蜜秀に対して、ヤエザクラは「言質取ったわよ」と笑いながらポーションへと目を向ける。
瓶に封をしていたコルクを親指で弾き飛ばし、勢いよく開封。ポーン、と音を立てて飛ばされたコルクは放物線を描き、草原に落ちる直前に消滅していった。
ヤエザクラはコルクに一瞥もする事なく、なんの躊躇いもなくMPポーションに口をつけて飲み始める。薬草特有の苦みが口内を支配して、そのまま喉の奥へと流れゆく。
現実では好き嫌いの無いヤエザクラだが、この苦味には少々思うところがあった。先の蜜秀の言葉を思い出しながら、ゴクゴクと喉を鳴らして嚥下していった。
ぷは、と可愛らしい声を出しながら瓶を口から離すヤエザクラ。空になった瓶が手の内で消滅していくのを見ていると、横からオケアノスが話しかけてきた。
どうやらタイミングを見計らっていたらしい。先ほどまでヤエザクラは蜜秀と話していた為、そこで話しかけるのは確かに難しいだろう。
「お疲れ様でした、ヤエ。ぶっ通しで戦闘してきましたから、火力担当の貴女もだいぶ疲れたでしょう」
「いやいや、このくらいどうって事ないよ」
ヤエザクラは、自分が元気である事を示すようにカラカラと声を上げて笑う。何でもないよと、自分を心配しているパーティメンバーへと向けて、軽く手を振ってみせた。
それでも此方を労わろうとしている事を認め、「それより」と言葉を紡ぐ。
「貴方こそ大丈夫? あたしや蜜秀さんの事をずっと庇ってたでしょう?」
「言葉を返すようですが、僕は大丈夫ですよ。何せ、盾ですから」
そう語るオケアノスの姿は、どこか誇らしげであるようにヤエザクラは認識していた。胸を張ってみせる彼の姿が、本心からのものであるのか虚勢であるのか。その判断をし難いように首を傾げる。
そんな2人の間に割って入ってきたのもまた、蜜秀だ。
「はいはい2人共。ここで一旦休憩する、というのはどうかしら?」
「でも、もう少しで森の教会まで行けるかもしれませんよ?」
オケアノスがチラリと街道の先を見てみれば、森はもう目と鼻の先まで来ていた。情報によれば、教会は森に入って比較的直ぐの場所にあるという。
そう言って僅かに焦りの感情を見せていたオケアノスに対して、「こーら」と指で彼の鼻先を撫でてみせる蜜秀。
「『まだいける』は『もう危ない』。現にポーションもそろそろ少なくなってきたでしょ? まずは街に戻って戦利品の確認しましょう」
「確かにそうですね。……すみません、少し焦っていたのかもしれません」
「まぁね、オキーの気持ちも分かるよ。あたしだって、今蜜秀さんに言われるまで同じ感じだったもん」
そう言ってオケアノスの背中を叩くのはヤエザクラだった。照れ臭そうに頬を指で掻き、てへへと笑う彼女の姿に、オケアノスの表情もまた弛緩する。
それに。そう切り出したヤエザクラは、右手で上を指差してみせる。その「右」を強調するようなジェスチャーに首を傾げるオケアノスだったが、その意味を理解して「あっ」と声を上げた。
「もうこんな時間でしたか……」
「うん、あたしも今気付いたの。そろそろログアウトした方がいいわよね?」
ヤエザクラのジェスチャーの意味、即ち視界の右端に表示されている時刻。その表記は17:18。3人がSLOの世界で狩りを繰り返している間に、現実では夕方になっていたのだ。
ボサボサの髪をポリポリと掻くオケアノス。彼の仕草を見て、ヤエザクラもまた頭を掻いている。そんな2人を見た蜜秀が、ウンウンと頷いている。
「それじゃあ街に戻りましょうか。ちょっと急いだ方がいいかしらネ?」
「いえ、その心配はないですよ」
そう言いながらウィンドウを呼び出したのはオケアノスだ。彼は道具袋の項目を操作すると、煌びやかな宝石を1つ取り出した。
しげしげと興味深そうに見つめるヤエザクラと蜜秀。それを見かねて、オケアノスはアイテムの説明を始める。
「これは帰還の宝珠です。使い捨てですけど、最後に立ち寄った街へと一瞬で戻る事ができるそうですよ」
「へぇ……そんなアイテムがあるんだ。これもキャラメイクの時に?」
「ええ。尤も、ゲーム内で購入しようとすると結構高いみたいですよ。僕がキャラメイクで購入できたのもこれ1つだけですし」
「そんな貴重なものを使っちゃっていいの?」
「いいでしょう。こういうものは使ってこそ意味があるのですから」
うーん、と考え込むヤエザクラ。そういうものよ、と納得した様子の蜜秀。彼女の様子を見たヤエザクラは「うん」と頷いてオケアノスへと向き直る。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。このお返しは必ずするわ」
「別に構いませんよ、パーティメンバーですから。それじゃあ……」
手に持った宝珠を天高く掲げる。光を帯びた宝珠は音を立てて砕け散り、内部に宿していた光を解き放つ。
光に包み込まれた3人は、光が収まった時には既にその場にはいなかった。
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くつくつ、と鍋を満たすシチューが穏やかに煮えている。
鶏肉や色とりどりの野菜(特にブロッコリーが圧倒的に多い!)が所狭しと入れられた真っ白なスープを前に、火の番をしているのは当然ながら海斗だ。
時々お玉で掻き回し、小皿に少量掬って味見をしてみる。数秒ほど口の中でホワイトソースを転がす海斗。やがて、その味に満足がいったのか「うん」と快哉を上げた。
現在の時刻は18時30分。もうじき夕飯時であるからして、海斗はオケアノスや蜜秀と別れてSLOをログアウトした後、現実にて一家の夕食を用意していた。
シチューの味に満足した海斗は、付け合わせの用意をするべく周囲をキョロキョロと見回している。
「シチューはこれで良いですね。後はパンとサラダを──」
「ああーっ、寒い寒い!」
台所にいる海斗の耳にまで届く慌ただしい声。声の主を目線で追って探してみれば、たった今ドアを勢いよく開けて部屋の中へ入ってきた女性の姿。
もこもこのコートを脱ぎながら「寒い」を連呼する見た目40台の女性の様子を見ながら、海斗は小さく溜め息をついた。
女性は台所にいる海斗の存在に気が付くと、18年前からずっと変わらない彼の呼び名を口にする。
「ただいまカイ君! 今晩はシチューかしら?」
「おかえり母さん。そうですよ、僕特製のブロッコリーゴロゴロシチューです」
海斗の言葉に対して「やったぁ!」と声を上げる彼女こそ、海斗と桜の母親である田野 七海だ。
役所勤めであるという彼女は、その多忙さ故に海斗達を構えない事をよく嘆いている。しかし海斗からしてみれば、そんな状況であるにも関わらず自分と桜に対してしっかりと愛情を注いでくれた両親の存在には感謝しかない。
僅かに雪の付着しているコートを手に持った七海の姿を見ながら、海斗はそんな事を思いつつ小さめの皿を1枚取り出した。
お玉でシチューの幾ばくかを鍋から掬い上げ、小さな皿に盛りつける。コンロの火を止めつつ台所を離れた海斗は、取り出したスプーンと共にシチューの皿をテーブルの上に置いてみせた。
「良かったら、先に味見してみます?」
「いいの!? やったやった、カイ君のシチュー一番乗りだぁ」
ウキウキとした様子で席に着いた七海は、もう辛抱たまらんという様子でスプーンをがっしと握り締めた。
真っ白に染まったブイヨンにスプーンを沈み込ませて、ゆっくりと持ち上げる。そうすれば、しっかりとホワイトソースの絡み付いたブロッコリーを掬い取る事ができた。
期待と共にシチューを口に運ぶ七海。よく煮えたブロッコリーがゴロリと口の中に入り、十数秒間の咀嚼。ゴクリと飲み込んだ時には、彼女の表情は喜びに満ち満ちていた。
「──美味しいっ! さっすがカイ君、我が家のコックさん!」
グッと、力強いサムズアップ。そんな七海の様子を見た海斗の顔が、思わず綻んでしまう。
クリームシチューはブロッコリーを美味しく食べる為の料理。それが海斗の持論だった。
「お褒めに預かり恐悦至極、っと。ところで父さんは?」
「んー? 家の前でお隣の宮田さんとお話ししてたし、そろそろ入ってくるんじゃ──」
「だから、なんでもないってば……」
そこで、ドアを開け放ちながら入ってきたのは桜だ。彼女は困った様子で、後ろにいる誰かと会話しているよう。
怪訝な顔をする海斗と七海。次いで部屋に入ってきたのは、身長190cmもあろうかという大男だった。
「最近、というか昔からですけどネットは怖いものですからね。付き合いを完全に無くせとは言いませんが、何事も程々にしないと」
「分かってるわよ父さん……その人達とは本当に何でもないから」
溜め息と共に席につく桜。彼女に追随して部屋に入ってきた大柄な男性は、田野家の大黒柱──即ち海斗と桜の父親、田野 蓮である。
桜を見ながら心配そうな表情を浮かべる彼もまた銀行マンであり、中々多忙な身であるらしい。それでも七海同様、海斗と桜にたっぷりの愛情を抱いている。
「あらら、さーちゃんどうしたの? いつもの蓮君の心配症?」
「何でもないよママ。ちょっとゲームで知り合った人の事で、ちょっとね」
尤も思春期の少女である桜にとって、父親である蓮の心配症や、その血を継いだ兄たる海斗のお節介焼きには少々複雑な感情があるのだが。
「僕の時代はまだVRなんてありませんでしたからねぇ……VRMMOが流行し出すと、従来のネットゲームよりも知らない人との関わりも多くなるでしょうし」
「大丈夫よ蓮くーん。さーちゃんはしっかりした子よー? 母親の私が言うんだから間違いないったら!」
「それは分かってますけどね……どうにも、心配なんですよ七海」
気軽な様子でニヘラと笑う七海に、「心配」という言葉をそのまま人間にしたような表情の蓮。
対照的な様子の両親を見ながら、サラダを冷蔵庫から取り出す海斗。彼はふと、先の連の発言が気になって桜の姿を見た。
──VRMMOが流行し出すと、従来のネットゲームよりも知らない人との関わりも多くなるでしょうし。
机に座り、ふぅ、と溜め息をついている桜。その表情には一家の男衆に向けた複雑な感情に混じり、何か「別のもの」を思い返すような仕草も見えるように海斗は感じていた。
ひょっとして。誰にも聞こえないくらいの声色で海斗は呟く。
「桜もSLOをプレイし始めたのでしょうか……?」