第11話 「明智 蜜秀」
近況日記(2019/1/16)
積んでたラノベを何冊か消化。
最近ロクに本とか読んでなかったので、たまには活字読むのも大事ですね。
インプットも増やさねばならないしなぁ。
「すみません。待たせてしまいましたか、ヤエ」
自分へ向けて手を振るオケアノスの姿を見て、ヤエザクラは可憐な笑顔をより一層綻ばせた。
あらん限りの元気を以て両手をブンブンと振り、彼の言葉へと反応を返す。
「いーやー? あたしも今来たトコだもん!」
「そうですか? なら良かったです」
どうやら時間を間違えた、という事は無いらしい。ホッと息を漏らすオケアノス。
そんな彼の様子を見て、ヤエザクラはサムズアップをしてみせる。
「待ち合わせの10分前に来るなんて、オキーは真面目だねぇ」
「それは貴女にも言える事じゃないんですか、ヤエ?」
軽く微笑みつつ、人差し指を1本立てる。彼の指摘と仕草を受けて、たははと頭を掻いたのはヤエザクラだ。
その些細な仕草でさえもコミカルにやってみせる彼女の姿は、見ていて不快感を覚えない魅力を宿しているとオケアノスは胸中で評していた。
さて、と前置きを切る。腰に靡いた刀の具合を確かめるヤエザクラと、同じくショートソードを検めつつ、盾を持ち直すオケアノス。
2人と、ただSLOで会う為に待ち合わせをした訳ではない。
確かに、互いに相手と会えて嬉しいという感情があるのは事実だ。しかし、本題は徒党を組んでのレベリングである。まずはNPCの商店で回復アイテムなどを補充し、その後に街の外へと駆り出す。
事が順調に進めば、今日中にレベル10には到達できるだろう。オケアノスはそう考えていた。前回のログアウト前に話し合ったところ、ヤエザクラも概ね同意見だった。
SLOには「メインクエスト」と呼ばれる、「スターライト・オンライン」のストーリーに沿ったイベントが存在する。最初のメインクエストは、最初の街アインシアから少し離れた森の中の教会から始まるという。
故に狩りで経験値を稼ぎ、可能ならば森の教会まで進む。それが今回の予定だ。
「まずは、ショップで回復用の水薬を補充しましょうか。武器の耐久度は、まだ余裕があるみたいですし」
「りょーかいりょーかい。……あのポーション、あんまり美味しくないんだけどなぁ」
「オプションから味覚設定を弄れば問題ないと思いますよ? その代わり、普通の料理も効果だけ得て、味はオミットされますが」
「うーん、屋台の串焼き美味しかったしなぁ。このままでいいや」
そんな他愛の無い会話を経て、さて行動しようと2人が動き出した矢先だった。
「ハァイ、そこの2人。見たとこカップルかなにかかしら?」
唐突に、聞き慣れない女性の声が背後から2人の耳へと飛び込んでくる。これがただ話しかけられただけならば、ヤエザクラもオケアノスも、普通に振り向いて返答した事だろう。
しかし、その女性が放った言葉は「カップル」。当然ながら、2人を指した台詞である。
その4文字の単語の意味を理解した瞬間、2人は自らの後頭部を殴られたような衝撃が走った。
「「──ッ!?」」
バッ、と慌てた様子で振り返るヤエザクラとオケアノス。その顔は赤く染まっているように見えた。
前提として、2人は(SLO上では)昨日初めて会った者同士である。その上で、互いに(相手の正体を知らないが)相手を「信用できる良い人」と考えていた。
しかし、それと恋愛だなんだは別問題である。
海斗も桜も、SLOでは実際の性別を逆転させた振る舞いを行っている。故に(相手の正体を知らないが)相手の事は、内心では自分と同じ性別として認識しているのだ。
そもそもそれを抜きにしたって、リアルで顔を合わせた事の無い(実際は毎日顔を合わせているのだが)相手と、どうしてネット上で恋愛関係になれるものか。2人の認識は概ねそのようなものだった。
しかし、その上で。
「なっ──はっ、あぁっ!?」
「えっ、えっと、どどど、どうかしましたかっ!?」
「カップル」という単語は、そんな2人を著しく動揺させるには十分な一言だった。
両手をバタバタとさせて戸惑うヤエザクラ。対するオケアノスもまた、普段の彼ならば想像もできないような狼狽えぶりだ。
それを見た女性(声をかけてきた当人である)は、口に手を当てて「あら」と口に出す。
「思った以上の反応で少し罪悪感……ごめんごめん、お姉さんが悪かったから運営への通報はやめて頂戴ネ?」
「えっと……まぁ、はい。すみません、取り乱してしまって」
「ええ……っと、うん。こっちこそ、ごめんなさい?」
「いやいやいや、今のはお姉さんが悪かったのよ。あなた達が謝る事じゃあ無いワ」
ごめんなさいねと手を振る彼女の姿は、明らかに年上であるように2人には見えた。
整った顔立ちに真っ赤なロングヘアー。眼鏡の向こう側では、瞳がキラリと黄金色に輝いている。推定190cmと大きい体躯に見合うグラマラスな体型が、薄手のローブマントの下から強く主張しているようだ。
短杖をクルクルと片手で弄ぶ女性の頭頂部には、プレイヤーである事を示す緑色の三角形アイコンと、彼女のプレイヤーネームがポップアップしている。
「ああ、ごめんなさい。まだ名乗っていなかったわネ。私は明智 蜜秀。こんなHNだけど、一応女性よ」
「それで、明智さん?」
「蜜秀、で頼むワ」
「蜜秀……さん? 僕達に何かご用でしょうか?」
えっとね。そう言葉を切った女性プレイヤー──蜜秀は「んー」と声を出しながら人差し指を下唇へと当て、視線をやや上へと向けた。考えているポーズ、というよりは発言を迷っているように受け取れる。
「実は私、今日が初めてのログインなのよ」
「へっ? 蜜秀さん、昨日のサービス開始の時はログインしてなかったの?」
「まぁネ。ちょっとリアルで用事が挟まっちゃって、間に合わなかったの」
「あぁ、成る程。リアルなら仕方ありませんよね。その辺は詮索しませんよ」
「ありがとネ。それで、私の言いたい事も何となく分かると思うだろうけど……」
蜜秀の言葉にコクリと頷くオケアノス。口を開き、彼女が言わんとしている事を当てる。
「僕達のパーティに入れてほしい、という事ですね?」
「そそ! まさにそういう事よ」
「でも、どうして僕達に? 他のPLの方が強いと思うのですが」
「んー、それには理由がいくつかあってネ」
そう言い、蜜秀は指を3本立ててみせた。まず1つ目、その言葉と共に薬指を折る。
「既に、他のPLにも何人か声をかけたんだけどネー。断られちゃった。まぁ、今の私はレベル1だもんネ」
「あー……寄生と見做されちゃったのね」
「そゆことそゆこと。だから、まだレベルの近いあなた達に声をかけたの。それで2つ目」
次は中指を折ってみせる。残りは人差し指の1本のみ。
「あなた達、見たとこ物理アタッカーとタンクよネ?」
「ええ、僕は騎士志望です。職業については分かってない部分も多いので、実際にそういう名前かは分かりませんけどね」
「あたしは侍志望よ。刀と和風の服装があるなら、きっと侍って職業もあるでしょうし」
「だからこそ、よ」
ピッ、と2人の前に、立ててあった人差し指をそのまま突き出した。
やや面食らう2人を他所に、指を引っ込めた蜜秀は右手の中で転がしていたワンドを見せるように前へと出す。
「見た目で分かるかもだけど、私は魔法使い系の構成でネ。丁度、あなた達の隙間産業できるかもなのよ」
「成る程……魔法の種別はなんです? 火力特化か、それとも敵の阻害型?」
「火力も火力! 火属性の魔法でガンガン行っちゃうわよー?」
得意げな顔でニヘラと笑う蜜秀。見る者に元気を与える喜びに満ちたヤエザクラの笑顔とは違い、彼女の笑顔は「大人の余裕」めいたものを宿していた。
「そして3つ目!」
蜜秀が立てた3本の指、その最後の1本である人差し指が遂に折られる。そこから流れるような動作でウィンドウを呼び出した彼女は、ヤエザクラとオケアノスの前にウィンドウを出現させた。
やや訝し気な表情の2人がウィンドウを覗いてみれば、それは物品交換を行う画面。
そこに提示されていたアイテムは、MPを回復させるMPポーション。それも半ダース。
2人が顔を上げてみると、目の前で蜜秀が「やってやった」という表情を浮かべていた。
「キャラメイクの時に準備してたの。さっきの会話はチラリと聞いてたのだけど──」
先端にルビーの装飾が施されたワンドが、蜜秀の手の内でくるりと1回転する。
「入り用なのでしょう? 今なら、私との臨時パーティに付属してくるわよ」
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カリカリ、と靴で砂利を踏みしめる音が鳴る。
アインシアの街で唯一開いている東の門。その外には東の平原が広がっているのだが、何も街道が無い、という訳ではない。
街の中に敷かれたレンガの道ほど立派ではないが、多くの馬車や旅人が通過してきたからか、草の無い砂利の白色を帯びたラインが草原の真ん中に伸びている。
その上を、砂利を踏みしめながら歩くヤエザクラとオケアノス、そして明智 蜜秀の3人。
途中、ふと何かを思い立ったヤエザクラがその場に座り込み、足元の砂利を手で撫でた。砂のザラザラとした感触が指に伝わり、徐に手を放してみれば、指先には数粒の砂が付着している。
彼女はそれをまじまじと見つめ、指同士を擦り合わせながら、その感触を確かめつつ砂を擦り落とす。
うん! 快哉を上げるヤエザクラ。
「こういったところまで再現されてるのねぇ。さっすがSLOだわ」
「そうよネー。私も初めてログインした時はとってもビックリしたものよ」
うんうん、と何度頷きながら同意するのは蜜秀だ。
そのやり取りを見て、オケアノスはボサボサとした自分の茶髪へと手を当てる。ヤエザクラが一挙手一投足の度に周囲を興味深く観察し、それに蜜秀が同意する流れはもう4回目だった。
すっかり打ち解けてしまったな、と蜜秀のコミュニケーション能力に舌を巻く。
結果として、ヤエザクラとオケアノスは蜜秀を自分達のパーティへと受け入れた。自分達に魔法攻撃の要素が欠けている事を自覚していたのが理由の1つ。何より、何度か話していて、蜜秀は信用できそうな人物であると2人は判断した。
親しみやすい口調で、物腰も柔らかい。そして言葉の端々からは、彼女が自称する「お姉さん」めいた頼もしさを感じる。
彼女が、寄生目的で他のプレイヤーに取り入ろうとする人物にはとても見えなかった。ウィスパーチャットでも相談し、2人が出した結論である。
「やー、街の外ってこんな風になってたのネ。都会じゃ滅多に見れない綺麗な青空! これだけでもログインした甲斐があるってものよ」
「でしょ! 蜜秀さんもそう思うよね!」
人懐っこい笑顔を見せながら、ヤエザクラが歯を見せながらVサイン。それに「イェイ!」とサムズアップで返答する蜜秀。
短い間で随分仲良くなったみたいだ、そう考えるオケアノスだった……が。
(……なんでしょうか)
何となく、微妙な感情を覚えていた。蜜秀に対して猜疑心を抱いている訳ではないし、当然ヤエザクラは頼りになる女性だと思っている。
なのに2人が仲良く話していると、何となく不快さにも似た不可思議な感情を抱いている事を、オケアノスは自覚していた。
(……普通のやり取りに見えますし、パーティメンバーの仲が良いのは善い事です。なのに……)
自分でも訳の分からない感情。歩きながら、暫し思考の沼へと沈まんとするオケアノス。
説明する事のできない、意味不明の気持ち。これはひょっとして──
(嫉妬? そんな馬鹿な。誰に対しての感情なのか──)
「──キー! オキー! 何ボーッとしてるの!?」
ヤエザクラの声と、背中を叩かれた衝撃でハッと我に返る。顔を上げると、街道の向こう側から、こちら側へと走ってくる敵MOBの姿が。
その見た目と、アイコンに表示された名前から、それはハウンドであるようだ。それも……
「ハウンドが2匹!?」
「そうよ、ちょっとヤバいかも! とりあえず陣形を……」
「ねーねー」
そこへ言葉を挟む蜜秀。彼女は手中で1回転させたワンドを、ハウンドへと向けていた。
ニッと歯を剥いて笑う彼女の姿は、1度も実力を見ていないにも関わらず、確かな頼もしさを感じさせる。
「私が1発当ててみるけど、良いかしら?」
「え、ええ。良いですけど……僕より前には出ないでくださいね?」
「分かってるよー。ちゃんと庇ってちょうだいネ? それじゃあ──」
すぅ、と静かに深呼吸。そうしている間にも、2匹のハウンドは今まさに3人へと迫ってきていた。
いつ飛び掛かってくるかも分からない。そんな状況で。
「《スペル・セット》!」
蜜秀は一切慌てる事なく、音声入力を行った。