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10/19

第10話 「オケアノス」

近況日記(2019/1/15)

昨晩はダブルクロスのキャンペーンシナリオ第2話。

クールなPCを演じてますが、当のPLである私がボンクラなので中々難しい。

そして初めてのFS判定、難しいですが楽しいですね。

「じゃあ、今日はこの辺で、って感じかな?」

「ええ。これ以上は現実(リアル)にも響きそうですし」


 プレイヤー達が一番初めにログインした噴水広場にて。少しの疲れと、溢れ出る達成感の混じった表情を浮かべながら、ヤエザクラとオケアノスが言葉を交わしている。


 初めて経験した、2人での戦闘の後。彼らは東の平原でウサギ玉やハウンドを相手に繰り返し戦闘を──狩り(レベリング)を行っていた。

 とはいえ戦闘を行えばダメージを受けてHPは減少するし、スキルの使用によってMPも消費する。

 その為に2人は、お互いがゲーム開始時点から所持していた回復アイテムを、3分の2ほど使ったところで狩りは切り上げようと決めていた。


 そうして取り決めた数の回復アイテム(苦味のある水薬(ポーション)だった)を使い切り、街まで戻る為に必要な最低限の数値までHP・MPを消耗した辺りで、2人は街へと帰還した。

 敵MOBを倒した事で入手(ドロップ)したアイテムの確認をして、互いに欲しいアイテムが無いかを相談。そして不要なアイテムは売却し、得たお金は等分。そういった後処理の確認(リザルト)を終えたのが今しがたである。


「でも、良かったの? あたしがこんなにもらっちゃって」


 ヤエザクラが言及しているのは、ハウンドのドロップアイテム「ハウンドの牙」の事である。牙はハウンドの希少(レア)ドロップであり、戦闘の過程で入手したその全てを、オケアノスは彼女へと譲渡していた。

 ハウンドは序盤の強敵とでも言うべき存在であり、オケアノスのフォロー無しでは決して勝てなかったとヤエザクラは考えている。その為、オケアノスが自分にそのレアドロップを全て譲ってしまった事を気にしていた。


「予め、βテストを基に建てられたwikiには目を通してましたので、ハウンドの牙が武器の作成や強化に必要な素材である事は調べてありました」


 なので。そう続ける彼の表情はいたって平静。ヤエザクラが気に病まないよう、笑みを浮かべていた。


「ヤエはアタッカーでしょう? ですので、武器の強化素材は貴女に優先して渡すべきです」

「それはそうだけど、さ。オキーの取り分はいいの?」

「ええ。僕は僕で、ウサギ玉やハウンドの毛皮を頂きましたし」


 事実だ。戦闘でドロップした「ウサギ玉の毛皮」「ハウンドの毛皮」といったアイテムは、オケアノスが多くもらっていた。

 ハウンドの牙が武器に関する素材であるように、毛皮系のアイテムは防具の作成・強化に必要な素材である。それ故にヤエザクラも反対はしなかった。


「では、こう考えましょう。ヤエ、貴女が所持していた毛皮を、僕が自分の持つ牙と交換してもらった。そういう事で」

「うーん、そういう事ならいいのかな……?」


 頭を掻くヤエザクラ。レアドロップという単語を気にしていたが、例えば牙と毛皮を1対3の割合(レート)で交換したのならば、言うほどおかしい事ではないのだろう。

 頭の中でそう結論を出し「うん!」と強く頷いた。


「ごめんね、ちょっと気にしちゃって」

「いえいえ、謝る事ではありませんよ」

「そう? じゃあ……あ、そうだ!」


 忘れてた忘れてたと言いながら、ヤエザクラが自分の目前にウィンドウを出現させる。10秒ほどフリックやタップを繰り返した後、オケアノスの目の前にもウィンドウが出現した。

 まだ交換(トレード)するものがあっただろうか? そう考えるオケアノスがウィンドウに表示されている文字を見ると……


『プレイヤーネーム:ヤエザクラがあなたにフレンド申請をしました。受理しますか?』


 成る程。オケアノスは心の中で頷いた。確かにこの事は自分も忘れてしまっていた、と彼女の顔を見やる。


「ほら、あたし達これからも徒党(パーティ)を組むのでしょう? なら、フレンドになっておく必要もあるんじゃないかしら?」

「確かにそうですね。では」


 なんの躊躇いも無く、オケアノスは『YES』をタップ。2人のウィンドウが掻き消え、ヤエザクラとオケアノスは正式にフレンド関係となった。


 プレイヤー同士がフレンドになると取得できる機能は2つ。相手が現在ログインしているかの確認と、秘匿回線での会話(ウィスパーチャット)の導入である。

 その場限りのパーティを組む分にはあまり必要無いが、継続してパーティを組むならば必要になってくるものであろう。


 「よし」と自然に声が出た。お互いに目を見合わせ、コクリと頷き合う。

 最初に口を開いたのはオケアノスだ。


「次の狩りはいつにしましょう?」

「あたしはいつでもいいよー?」


 手をヒラヒラと振りながらヤエザクラ。こういった場面でも、彼女の笑顔が絶える事は無い。ニッカと歯を見せながら、明るい笑みを浮かべている。

 ふむ、と声を漏らすオケアノス。顎に手を当てて、数秒ほど思案する。


「では、明日……といっても今日ですが。今日の14時にこの噴水広場に集合、という事でどうでしょうか?」


 そう言いつつ、オケアノスは自分の視界に表示されている時刻を見る。

 視界の右端に映り込む「RT(リアルタイム)00:02」という文字。SLOの内部では、現実の2倍の早さで時間が流れている。その為21時にログインしたヤエザクラは、SLO内の時間で凡そ6時間ほど過ごしていた計算になる。


 オケアノスの言葉を受けて、ヤエザクラもまた自分の視界右端をチェック。「うん!」と声を発した。


「良いと思うわ。じゃあ14時間後にまた、かしら?」

「ええ。では、また」


 ウィンドウを呼び出して、「ログアウト」の5文字を見つけ出すヤエザクラ。オケアノスに手を振りつつ、その文字をタップしようとした矢先。


「ヤエ」

「……? どうしたの、オキー?」


 彼女の問いかけに対して、オケアノスは深呼吸を1つ。そうして、明るさと爽やかさを宿した、力一杯の笑顔をヤエザクラへと見せた。


「今日は、本当にありがとうございました。貴女とパーティを組めて、とても楽しかったです」


 目をパチクリとさせるヤエザクラ。

 その意味を理解した彼女もまた、満開の花のような笑顔を浮かべて、自らが抱く喜びを表現した。


「うんっ! あたしもオキーとパーティを組めて本当に楽しかったわ! ありがとう!」


 見る人を元気にさせるような笑顔。それを見て、オケアノスは再度微笑んだ。彼の表情もまた、見る人が見れば心を惹かれるものであろう。


「じゃっ、おやすみ!」

「はい、おやすみなさい」


 ヤエザクラは今度こそ、ウィンドウに浮かび上がる「ログアウト」の文字をタップ。

 「スターライト・オンライン」の仮想世界(バーチャル)を離れ、現実世界(リアル)へと帰還を果たした。



────────────



 7時間後、つまり午前7時過ぎ。現実世界にて、ヤエザクラ──田野 海斗は、朝食の準備をしていた。

 トースターに食パンを突っ込み、スイッチオン。そのまま流れる動作で、油をひいたフライパンの上に鶏卵を割り入れた。チラリと、隣のコンロを見れば、鍋に張られたお湯の中でウインナーソーセージが舞っている。


 ふぅ、と自然に溜め息を1つ。まだ眠気の残る頭でボンヤリと海斗が考えているのは、当然ながらSLOでの事だった。


「楽しかった、ですね」


 自らの手に握られた刀の感触。襲い来る敵MOBのビジョン。敵の攻撃を受けた時の痛み。平原の草の香り、土の匂い。噴水の水の冷たさ。澄み切った空の青さ。串焼きの美味しさ。

 どれを取っても、虚構(バーチャル)とは思えないほど現実味(リアリティ)に溢れる世界だった。海斗はそう考える。


「まるで、本当(リアル)の世界のようでした」


 現実よりも素晴らしい(ベター・ザン・ライフ)。どこぞの評論家がそう題してバッシングを受けたという、いつかのニュースの内容を思い出す。

 海斗にはその是非は分からない。あんまり興味が無いと言い換えてもいいだろう。


 彼にとって重要な事は、初めて降り立った「スターライト・オンライン」の世界は、とても素晴らしく楽しいものだった。それだけである。

 平原は広々としていて美しかった。戦闘はひりつくスリルを感じられて白熱した。NPCのおじさんから買った串焼きは美味しかった。


 それこそが、海斗に──ヤエザクラにとって重要な事である。


「に、しても……」


 訂正しよう。SLOで経験した事は当然大事なものである、それは事実だ。しかし、それよりも重要な事柄が、彼にはあった。


「ヤエザクラ、か……」


 ポツリと、呟く。

 海斗のSLOにおける姿、プレイヤーネーム:ヤエザクラ。彼女は、海斗が自分の妹である桜をイメージして作ったものだった。

 それに関しては、今はあまり重要ではない。そこに関する悩みは、彼が昨日散々頭を抱えたからだ。


 では何が今の海斗の頭を悩ませているのか。

 それはズバリ──ヤエザクラの口調(ロール)に関する事だった。


「なんで、あんなにスラスラと出てきたんでしょうね……」


 ヤエザクラの口調もまた、桜のそれを真似たものだった。にも関わらず、なんの躊躇も抵抗もなく、ヤエザクラはいたって自然に桜の口調を真似(トレース)する事に成功していた。

 それだけではない。一度桜の口調をトレースすると決めて以降は、独り言でさえも自然と真似た口調になっていたのだ。

 SLOでの体験を思い出しながら、海斗は自分が異常なのではないかと頭を悩ませる。


 様々な考えが浮かんで消える。ひょっとしたら、案外。


「僕の本質は、桜と同じなんでしょうかね……?」

「あたしが、どうかした……?」

「ひょえっ!?」


 男らしからぬ素っ頓狂な声が海斗の口から発せられる。その拍子に、フライパンの上から目玉焼きが滑り飛んだ。

 我に返った海斗が慌てて、目玉焼きの着地地点にフライパンを滑り込ませて事なきを得る。


 ホッと一安心。顔を上げてみれば、パジャマ姿の桜が目を擦りながらダイニングへと入ってきていた。


「桜、ですか。どうかしましたか?」

「兄さんの方がどうかしたの? あたしの名前を呟いてたけど」


 低血圧気味の桜は、ややトゲのある口調で海斗へと言葉を発する。それを自覚して、自室で頭を抱える事になるのだが、それはまた後の話である。

 その事を知る由もない海斗は、桜に対して何か言葉を紡ごうと試みる。然れども、言語として発する事ができない。誰にも聞こえないように小さく溜め息をついた。


「いえ……何も」

「そう……」

「それよりも、父さんと母さんはまだ?」

「いつも通りよ。夜中に帰ってきたから、まだ寝てるんじゃない?」


 くったりと、テーブルの上に顎を乗せる桜。普段ならしないような行動に、朝食の盛り付けをしながら海斗が怪訝な顔をする。

 フライパンから皿へと目玉焼きを降ろし、鍋で煮沸していたウインナーを盛り付けながら口を開く。


「大丈夫ですか? また夜更かしでもしていたんでしょう」

「兄さんには関係ないでしょう? ……ちょっとゲームしてたの」

「そんな事だろうと思ってました……ゲーム好きの僕が言えた事じゃないですけど……」

「やりすぎもよくない、でしょ。言わなくても分かってるわよ」


 いつもの会話。いつものような、微妙な雰囲気。お互いに相手の事を嫌いではないのだが、お互いに相手との距離を測れずにいた。

 はぁ、と小さく息を吐き出す海斗。桜へ向けて声をかけようとした矢先、彼はある事に気付いた。


(あれ……?)


 ぐったりとした様子で、テーブルに寝そべるように頬をつけている桜。彼女の口元が、僅かに笑っているように見えたのだ。

 見間違いかもしれない。そう考えて再度目を凝らしてみれば、意識が半分寝ているようである妹は、確かに笑みを浮かべていた。


(何か、ゲームで良い事でもあったのでしょうか……?)


 首を傾げる海斗。

 その背後では、トーストが焼けた事を、トースターが音を鳴らして知らせていた。



────────────



 時刻は朝食前の出来事より更に針を進めて、午後。

 桜は自分の部屋で、ベッドに腰かけていた。彼女の手元には、ピンク色のデザインが施されたバーチャリングギアが抱えられている。


 ずっしりとしたそのゲームハードに何がインストールされているのか。それは、彼女の机の上に置かれた空のパッケージが示していた。満天の星空を仰ぐ2人の男女。そのイラストは、紛う事なく「スターライト・オンライン」のものである。

 桜もまた、SLOのプレイヤーとしてログインしていたのだ。


 彼女は、これからSLOにもう1度ログインしようとしている。然れども、その顔はやや陰りを見せていた。


「はぁ……」


 可愛らしい声と共に溜め息が1つ。チラリと壁掛け時計に目を向けてみれば、現在の時刻は13時45分を少し過ぎた頃。約束していた()()()()()の時間は14時。

 つまるところ、待ち合わせの時間まで残り10分ほど。早くログインしなければならない……のだが。


「もう1度同じ(ロール)、できるかな……?」


 彼女が思い返す光景。それは昨晩、SLOで体験したいくつかの事。そして初めてログインするより前の、キャラクターメイキングでの事。


 キャラメイクの時点で、桜は自分が()()()()()と思っていた。

 中々しっくりくるデータが作れないと頭を悩ませた中で、つい衝動的に作ってしまったビルドとアバター。それは我に返った桜に頭を抱えさせるものだった。

 しかしその時、21時のサービス開始はとっくに過ぎていた。これ以上時間をかける訳にはいかないと、桜はそのアバターでログイン。


 2つ目の失敗はそこからだ。案の定、他のプレイヤー達が広場を出た後だった為、自分とパーティを組んでくれそうなプレイヤーを探していて見つけたのが『()()』。

 まだ冒険に出ていなかったのか、レベル1のままだった『彼女』へと声をかけようとして、桜の口から飛び出したのは──


『すみません、少しよろしいでしょうか?』


──兄の口調。


 そもそもアバター自体、何を血迷ったか兄である海斗をイメージして作ったものだった。

 その姿で普段のような話し方をする事に違和感を覚えるからといって、そのまま兄の口調を真似るものがどこにいようか。内心でそう自虐する桜。


 結果的には相手に違和感を抱かれる事なく、上手く交流する事に成功。それだけではなく、継続してパーティを組む事になり、おまけにフレンド登録までしてもらえた。

 『彼女』は接していて非常に好感を抱ける人物(プレイヤー)だった為、この結果は桜にとって大勝利と言ってもいい。


 だが、だからこそ。


「これがバレたら、なんて思われるかなぁ……?」


 桜の頭を悩ませているのは、まさにそれだ。自らの兄の姿と口調を真似たネナベプレイヤー。桜がそうである事を知られたら、『彼女』はなんと思うだろうか?

 背伸びした子供? それとも……。


 『彼女』だけではない。最近気まずい関係の続いている当の兄に、この事を知られたらおしまいだろう。桜はそう考えていた。


「はぁ……そろそろ時間ね。考えてても仕方ない、か」


 意を決した桜はバーチャリングギアを被り、スイッチを入れると共にSLOへとログインした。


 1秒にも満たない浮遊感の後、気が付けばログアウトした時と同じ噴水広場。

 自然と、キョロキョロと目線が左右を行き来する。待ち合わせの相手を探すべく、1歩、2歩と歩き出した矢先だった。


「──おーい! オキー!」


 こちらに気付いた『彼女』が、ブンブンと力一杯に手を振りながらこちらへと向かってきていた。

 自分を見つけて嬉しかったのだろうか。満面の笑みを浮かべるその姿は、見る者に元気を与えるものだった。


──ああ。やっぱり、あの人の笑顔は好きだな。


 心の底から、強くそう実感する。


「すみません。待たせてしまいましたか、ヤエ」


 そうして桜──オケアノスは、待ち合わせの相手である『彼女』──ヤエザクラへと手を振り返した。

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