たっぽい、転生11話
・・抜ける様な青い空だった。
何処までも続く青い空に白雲がたなびく・・。
いつもと何も変わらない、暖かい春の空気。
アリスは4年前に両親を病で亡くして以来、この辺境のハダルの町で、孤児として妹のダナと二人暮らしていた。
ダナはまだ8歳で、11歳のアリスが親代わりとして、子守り、畑仕事、荷運び、水汲み、何でもして生きてきた。
親を無くした寂しさは癒せないが、この辺境の町では自分の食い扶持を自分で稼いでいる以上は、特に差別やいじめ等を受ける事もない。・・良くも悪くも余裕が無いのだ。
ある日町の北門に、近くの開拓村の人々が沢山やって来た。普通では無い空気はアリスにも感じ取れた。
「盗賊が出た。凄い数だ!メルガの村はやられたらしい。」
北の開拓村が盗賊に襲われ、近隣2村の開拓民が市
壁のあるハダルに逃げてきたのだ。
・・・盗賊自体は珍しくない。
5年前、南のブントの港町の一つが放棄される前までは、アリス自身が見た訳では無いが、町の人の噂には良く上っていた。
「まあ大丈夫だよ、此処には300からの男達が居るし、壁もある」
いつも余り物を呉れたりするサボネさんが言う。
サボネさんは、畑で取れた物を町で売って居る人だ。
余った食べ物を呉れたり、困った時は何暮れと無く助けてくれる。
・・優しいサボネさんはもう居ない・・
今、アリスの隣に積まれている死体の山の中で、虚ろな視線でアリスを見ている。
・・・町の男達は広場の西側にある集会所で、慌ただしく持ち場を決め、北門と南門を中心に防備を堅めている様だった。
・・盗賊達はその翌日の未明に押し寄せてきた。
激しい戦闘の音、怒鳴り声、北側に見える火の手。
アリスは何が起きているかもわからず恐怖に怯えながらも、幼いダナを抱える様に人込みの中、逃げ惑う。
「北側に来てるから、南に逃げなきゃ!」
そう考え、必死に逃げた。
南門の前には人込みが出来ていた。
その日も昇り掛けた頃・・・・・
「北門が破られた!」
何処からか、その声が聞こえると群衆の中から悲鳴があがる。
「駄目だったんだ。」
アリスも絶望的な気分に泣きそうになる。
南門を守っていた男達が慌ただしく行き交い、薄闇に怒号と悲鳴が響く。
「俺達は北に向かって可能な限り敵を防ぐ、女子供は今の内に南門から出て、森へ向かえ!」
そう言って門を開ける。門から駆け出る人々・・その時に
「駄目だ!回り込まれている!」
開いた門から見えるのは、門を出て必死に逃げる町の人を、追い掛ける盗賊達だった。
さらに南門に向かって来る盗賊達。
一部の人は門の中に逃げ帰り、南門付近は混乱を極めた。
「こっちに来る!駄目だ駄目だ、門を閉めろ!」
アリスの目前で門は閉じられた。
間一髪に閉じられた南門を巡り、すぐに激しい戦闘が始まる。
行き場を無くして、アリスは広場の集会所に行こうとするが、戦闘に阻まれ辿り着けない。
近くの家の裏、立て掛けてある板を見付け、その裏に身を隠す。
「ここに居れば、大丈夫だから、ねっ?」
震えながらも、幼いダナを抱き締めて息を殺す。
日射しから、お昼頃だろうか?
外での喧騒はまだ続いている。泣き声、叫び声。
・・そして遂に幼いダナの緊張の糸がきれる。
肩を震わせ、しゃくりあげたかと思うと、
「うあああーん!うあーん」
恐怖と緊張からついに泣き出したダナ。
「ダナ、大丈夫だから、大丈夫だからね。」
アリスと懸命に宥めようとした。
だが、その日の緊張は大人でも耐えられない程であり、8歳の女の子なりに必死にこらえて来たのだ。1度切れれば堪えようも無い。
「居るぞ!こっちだ!」
絶望に捕らわれながらも、ひょっとしたら町の人かもしれない・・・そんなアリスの願いもむなしく、盗賊達の手がアリスの髪を掴み、物陰から引き出される。
泣き叫ぶダナも、盗賊達に捕まり髪を掴まれたまま広場に連れていかれた。
広場には、捕まった町の人々が兵士に囲まれて座らされていた。その中には顔見知りも大勢いる。
向の家に住むセデラがこちらを見る。
「アリス・・・」
心配そうな表情。だが、盗賊を気にして呟くように言う。アリスは捕まっている人達の隣に有る山の中から、ザボネさんが顔を虚ろに此方を見ている事に気付いて、恐怖の余り身を竦ませるが、盗賊に乱暴に投げ出され
「大人しく座れ!」
そう、怒鳴られてのろのろとダナを抱き締め腰を降ろす。
恐怖に怯えながらもアリスは希望をさがして辺りを見渡す。ダナは、泣きつかれてアリスの腰にしがみついて怯えている。北門周辺からは煙があがっている。
広場の西に有る集会所ではまだ激しい戦闘が行われているようだ。捕まって髪を振り乱し打ち拉がれる人達・・・死体の山。
・・私も殺されるのかなぁ?
・・その時ふと、アリスの鼻に風が薫る。
何時もと変わらない暖かい春風の香り。
その薫りに誘われる様に、空を見上げるアリス。
・・・・そこには、抜ける様に何処までも続く青空と白い雲
朝からの戦闘も、喧騒も捕まった人達も・・・そして積み上げられた死体も・・
まるで何事も無い様な麗らかで暖かい春の日射し。
・・こんなに何も起こりそうに無い、のどかな春の日に人は死ぬの物なの?
不思議に思うほどに現実感が無い。
今、明るく笑えば目の前の惨劇全てが無くなり、何時もの日々が、変わらない毎日が戻って来る様にさえ感じる
ふと、アリスの目の端に揺らめく光・・北門の焼け崩れた家の煙りの向こう、風を受けて日射しを浴びながら舞い散る桜の花びら。
・・・突然叫び声が聞こえて、急に辺りの盗賊達の動きが慌ただしくなる。
・・・そんな事にも気付かず、アリスは舞い散る桜の花びらの行方を、ぼんやりと見るとも無しに目で追う。
舞い落ちる薄紅の花びらが、ゆらゆらと光を受けながら、地面に着くかと思われたその瞬間、フワリと舞い上がり、つられる様にアリスは顔をあげた。
・・・麗らかな春の日射しの中、降り注ぐ桜吹雪の中・・・
大地を、花びらを舞い立てて、まるで今そこに降り立った様に現れた、異形な騎馬の戦士達!
・・まるで、時が止まった様な夢うつつの中、アリスの瞳の中でその姿が絵画の様に写り込む。
・・その先頭に立つ、狂える様な漆黒の馬。巨大なその馬体に跨がった戦士。
槍を構え、見た事も無い黒づくめの鎧。
辺りの空気を歪める様な、その圧倒的な威風。
凶猛で精悍な面立ちに宿る、けぶるような黒い瞳。
恐ろしくもあり、神話的でもあるその眼差しが、驚愕に見開いたアリスの瞳と交わったその刹那、戦士の瞳に微かな焔が揺らめく・・・。
戦士はアリスとの視線を切る様に、後ろを振り返り、兵に向けて怒号を上げると馬首を巡らせ、広場の盗賊達に向けて、異形の戦士と共に黒い暴虐となって襲い掛かる。
その虐殺の始まりも終わりも、何時もとかわらぬ麗らかな春の日差しの中、アリスは幼い瞳に神話を焼き付けた。