異世界廃墟探訪記(短編)~兎の棲む街で~
カツン───
カツン、
カツン、
カツーン、
反響する足音に耳を馴染ませていると、ふと空気が変わる。
水の匂いと、苔の湿った匂いだ。
ここも屋内のはずだが、と天を仰げば光が射しこみ視界を突いた。
長年の風化で天井を覆う屋根の一部が崩れたのだろう。
まるで、空間に色どりを与えるのが役目と言わんばかりの陽光は柔らかく、僅かに生い茂る植物もその光を喜んでいるようだ。
ふと振り返った通路は暗く沈んでおり、腐った木とドロドロになった水の、生臭い匂いが立ち込めていた。
この廃墟と化した街ではどこもかしこも腐った建材と溜まった水の匂いに満ちているが、時折こうした新鮮な空気に満ちた空間がある。
私こと──廃墟探訪家はこんな空間を好んで旅する変わり者だ。
別に仕事というわけでもない。
余暇の楽しみにすぎないわけだが、これがまた、どうしてどうして…実に面白い。
かつて栄えた町の栄枯盛衰をこの目で追憶しているようで───中々、中々。
こうしてふと立ち止まると、どこからともなくかつての賑わいを聞いた気がして──何ともいえないジンワリとした気分が味わえる。
もとはアーケードかなにかだったのだろうか。
店のような、通路のような、暗い空間がところどころ顔をみせているが、そのどれもカラフルな屋根の名残と店主たちの拘りの意匠が見える。
かつて街を貫いていた水路は今も現役で、汚水の流れのない今は…美しい流れを伴い、それは昔の姿よりもきっと綺麗なのだろう。
だが、それは本来の用途ではない。
夢想するかつての姿は、きっと騒がしくも暖かな街並みをここに見せていた。
私はそれを想像し、ここで足を止めてかつての店舗の後を覗き込みながら楽しむことにする。
目を瞑れば、瞼を焼く柔らかな陽光を感じ───
そして、周囲を騒がしい雑踏が埋め尽くしている様をありありと見ることができた。
雑多な人種が行きかい、エルフもドワーフも獣人もない。
ただ皆が日々の糧を求め、それを仕事にした職人たちと弟子が──騒がしくも楽しげに奏でられる街の喧騒を生み出していたのだろう。
あぁ、この空間───
この空気───
空の下───
美しきも寂れ征く街並みよ…
例え、今は住む人がいなくとも、その営みは決して失われない。
姿は美しく…
輝き、
瞬き、
煌き、
それは、苔むし緑に沈んでも尚、人々の意志と営みをここに燦然と示している。
廃墟よ、遺構よ、虚街よ───
寂静に沈む君は──人を待ちつつも、それが叶わないことを知っている。
だから、今は彼らを育んでおくれ…
緩々と街を覆う自然の営みを目を細めてみる。
きっと、そう長くないうちにココは完全に緑に沈むのだろう。
苔むし、草に覆われ、木々が繁茂する。
私は、その時にまたここに来るだろう。
彼らの成長と、彼らの老衰をみるために───
キキキィ!!
と突然のけたたましい鳴き声に一瞬、警戒し──手に持つ護身用の鉄パイプを構える。
廃墟は美しいが…
治安なんてものは存在しない。
こんなところに住み着く奇特な人間も稀にはいるのだ。
ならず者、社会不適合者、犯罪者、そして私のような変人だ。
狼藉を働かれないとも限らないので、見た目からして物騒なこのパイプを持ち歩いているわけだが、どうしてこれまたこの空間にマッチしていて、悪くないと思う。
引き摺れば、石畳を跳ねて擦れて───カラカラカラン……コォォォーーンと涼しげな音を立てるのだ。
そして、私の目の前には白い生き物が…
あぁ、君たちがここの今の住人なんだね。
「こんにちわ」
私の声に反応したのか、長い耳をピクピクと動かしたそれらが、ピョンピョンと飛び跳ねて周りを楽しげに踊る。
アハハハハハ
思わず零した笑い声に、一匹、また一匹と増えるそれらと共に私も跳ねる。
ランランランと、鼻歌交じりに跳ねる。
かつての喧騒を一瞬だけ取り戻したかのような街角に、陽光がスポットライトの様に差し込み───
ワァァァァァ!!
パチパチパチパチ!!!
と、私と、現住人《兎たち》の踊りを見て、どこからともなく───店舗、路地、街路から拍手が沸き起こった気がして思わず見上げる。
あぁ、ごめんなさい。
自己紹介が遅れました、
私は──────