開幕
かつて、この島で人と鬼が争う戦があった。未だこの地を彷徨う骸達の数を思えば、それは壮絶な戦いだったのだろう。
それは物語のように退治される鬼の征伐だったのかもしれない。はたまた、異種族間の交われぬ確執か、欲に目の眩んだ人間達の侵略か。
何にせよ、結果この地は呪われた島となった。いや、魔王城とかあるならピッタリの土地だけどさ。案外元からそうだったのかもしれないけど。
兎に角、まだまだアンデッド業務から退職出来ないままの彼らを見れば、その物語は終わっていないのだろう。
で、そこに現れた俺って……一体何なの? 先生方に襲われて、骨コンビに襲われて、人骨達にも襲われて。完全な部外者っぽい。この一本角がいけないのか? 分っているのは、俺が荒野で目覚めたことで、この島の因果が目を覚ましたってことだ。
なら、それを引き受けようと思う。他にやる事無いし、暇だし、ココから出たいし。解決したら呪いが解けて環境が良くなるかもしれないし。
――決着をつけよう………喧嘩両成敗である。皆砕けて成仏せぃや!
ま、それしか俺に摂れる手段はないわけで。それで解決出来るかは別として、俺が自分の身を守るのも、希望を探して探索するのも間違ってはいない。その過程でいくら過去の怨嗟をぶつけられても知らぬ存ぜぬだ。ただ砕く、砕く、砕く。
荒野を彷徨う鬼を砕く。かつては一族の戦士だったのかも知れない。山の近くは激戦区だったのだろう、狂う程の激しい戦意は何の為か。守る為か、憎悪の為か。
山間の町を訪ねて山を登る。かつて栄えたであろう空虚な広場は女子供で埋め尽くすされる。その生活はどんなものだったのだろうか。今はもう分からない。
亡者を閉じ込める海辺に佇む。かつて大海を越えて鬼に挑んだ戦士たち。その成れの果てに、彼らの願いは叶ったのか。何を思い、沈んだのか。
犬骨と出涸らし。ヤツらは何の為に未だに戦っているのだろうか。アイツらは鬼を憎み、俺を憎む。人骨達にも大して思い入れは無い様で、便利だから利用しているって感じだ。
何度も何度も俺に挑んでくる。レベルアップを繰り返し、隙きを突いて、戦闘に乱入して。でも、俺だってレベルアップしているわけで、そう簡単にはヤラれない。魔力感知も上達して、最近では俺も隙を見せなくなった。
それでもヤツらは諦めない。その眼窩は燃えている。忘れ得ぬ情念と憎悪が滾っている。声無き声で叫んでいる。憎い…憎い…オマエが憎いっ!
――いや、知らんし。巫山戯んなっつの……
正直に言って、ヤツらのぶつけてくる感情は鬱陶しい。アンデッドになってまでも抱き続けるその思いの丈は凄いと素直に感心するが、俺はアイツらの思い通りになってやるつもりはない。ヤツらが一生懸命なのは分かるが、それでも死んでやらないし、その思いも汲んでやるつもりはない。フフフッ、永遠にアンデッドとして働き続けるがいい!
そんな思いを胸に、今日もせっせと骨を砕く。大概に広いこの島も、何ヶ月も渡り歩けば大体行き尽くしてくる。先生方も人骨も最近めっきり少なくなってきた。
もう終焉間近だろう。心なしか闇が晴れてきた気がする。呪いが解ける前兆か。さて……この先に何が起こるのか。
何かが起きる。それを期待していたのだが、目の前に差し出された現実は、少しだけ想像と違っていた。
先生方を成仏させるべく荒野をテクテク歩いていると、視界の端にその影を捉えた。近頃は珍しくなった先生方の集団だ。今のところ魔力感知よりもまだ目視の方が範囲は広い。
ラッキーだ。少なくなった先生方は見付けるのに苦労する。バラける前に一網打尽にすべく走り寄る。しかし、ある程度近付けば先生方が興奮しているのが見てとれる。これはお決まりのパターンだ。チッ、アイツらいんのかよ。
予想通りに、空に浮かぶ白い骨が見える。骨コンビに先を越されたのだ。アイツらは順調に強くなって、先生方でも余裕で狩れるまでに成長している。
だがしかし、それに遠慮する俺ではない。横からブン獲ります、ええ、いつかの仕返しです。先生方の経験値をみすみすヤツらにくれてなるものかっ!
――ひゃっはぁーー! 獲物は頂きだーー!!
骨コンビに気を取られていた先生方を外から強襲する。元から先生方より強かった俺のスペックは、今や基礎値の二倍強。魔力感知で後ろからの攻撃もだいぶ備えられるようになっている。いや、未だに殴られるけどね? 強くはなってんのよ?
奇襲からの有利を崩さず、先生方をバッタバッタと薙ぎ倒す。カンフースターに…俺はなったのだ。
――ほわあああ〜〜〜っ!!
共感のないボッチな悦に浸っていると、おかしな事に気付く。何やら、感知で覗う骨コンビの動きが悪い。ありゃ、劣勢なの?
骨コンビの戦いは速さが信条。そのスピードにモノをいわせた奇襲、強襲、一撃離脱。小さい身体は捕まらないし当たらない。ゴキブリみたいなヤツらである。
そんなヤツらが先程から余り動いていない。一点を中心にして行ったり来たり。お陰で四方八方からの包囲戦に曝されている。アホな、完全に長所を殺している。走り回って相手を引っ掻き回さなきゃ後が無いのに。
――なんだ? まるで何か守っている、よう、な……?
確かに、ヤツらの動く中心には一点の魔力を感じる。それを二匹は必死に守っているようだ。……興味あり有りです。いっちょ健気なヤツらの勇士を拝んでやるか。
ニヤリ。そんな感情に衝き動かされたて先生方の壁を押し開く。その中心へ進みながらも、悪どい思考を巡らせる。
――ヤツらは絶体絶命の大ピンチッ。そこに突如現れる不倶戴天の俺! 大事な何かを奪っちゃうぞ〜。クククッ、ヤツらの慌てふためく姿が目に浮かぶ
まぁ、状況的に言って最後の仲間の猿だろう。不意を突いてスルッと攫ってサッサと逃げる。完璧ですね。人質を取られたヤツらは、もう俺に手出し出来ない!
邪悪な未来へ向けて最後の壁を吹き飛ばす。飛び散る骨先生の向こうに見える空間。
――居たっ! 犬と、鶏ガラ。それに……猿っ!
突然起こった包囲網の崩壊に骨コンビは固まっている。その隙を逃さず素早くその防衛圏へと身を滑らせる。そして、掬い上げるように、猿をゲット!
あんぐりと顎を開いて驚く骨コンビ。それを尻目にグッと身体を沈める。そこからの、大ジャンプッ!
先生方の包囲を軽々と飛び越えて、俺は一目散に逃げ出した。
――やった! 俺はやってやったぞーー!!
遂にヤツらに一泡吹かせた。その思いにスキップしそうになりながらも荒野を駆ける。しかし、油断はしない。全力でその場から離れなければ、直ぐに追い着かれる。勢い込んで山間の街跡まで走り通した。そこで漸く息を吐く。
思い付きで猿を攫いはしたが、俺も鬼ではない……オーガだけど。別に骨コンビを殺したいほど憎んでるわけじゃないし、要は俺が島を離れるまで平和裡に、余計な争いをせずに過ごしたいのだ。やってる事めちゃくちゃだけど。
ま、その時になったら開放してやるさ。それまでは俺、人質取ってドヤ顔するけどね!
――と、いうわけで、ごたぁいめ〜ん!
手に捕まえた猿を覗き見る。………あれ? 猿っぽくない。
深々と覗き込む俺の手の中で、猿(仮)はカタカタ震えるだけで抵抗らしきものはない。……頭蓋骨が人間なんですけど……。
手の平を開いて、その上へ乗っけてみる。それに収まるほど、骨格は未熟だった。うん、子供っす。へたり込む姿は女の子座り。めっちゃアワアワしとる。
――………命名、スケルトン・ロリータ………
あかん。これ、あかんヤツや……。事案発生、犯人は私です。
これは予想外の事態です。軽い出来心だったんです。ちょとした悪戯だったんです。本気じゃなかったんです。私はロリコンではありません。てか何でこの島にいる、スケルトン・ロリータッ?!
骨少女と骨巨人が向かい合ってアワアワする。互いに震えるだけで考えが纏まらない。どうすんのコレ? 俺、ドウすんの?!
そこで事態は待ったを許してはくれない。俺の感知が猛スピードでこちらに近付く魔力を捉えた。うん、こんな感じでいっつも襲ってくるヤツらである。
もの凄い勢いの風と砂煙を起てて街跡へ滑り込んできた骨コンビは、可哀想に傷だらけ。無茶しやがって……俺の所為だね。
身体を低くして威嚇する犬骨と、俺の上を旋回する出涸らし。視線だけで人が死にそうな殺気で、俺を射抜く。今にも飛び掛からんばかりである。もうゴメンで許されない雰囲気だ。
――う、動くなっ!!
俺は咄嗟に骨少女を自分の肋骨の中へ投げ込んで手で塞いだ。
………どーすんの俺っ!?